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「平和構築 新たな展開と日本の役割」(視点・論点)

上智大学 教授 東 大作

 シリア、南スーダン、アフガニスタン、イエメン、リビア、ソマリア、マリ、中央アフリカなど、世界中で軍事紛争が続いています。こうした紛争が主な要因となり、現在、6500万人を超える人たちが、難民や国内避難民となり、自らの家を離れ、戦火から逃れる生活を余儀なくされています。また毎年、数十万人ともいわれる人たちが命を奪われています。今日は、こうした紛争解決に何が必要なのか、そして日本の役割は何かについて考えたいと思います。

今年1月、グテーレス国連事務総長は、「平和構築と平和を持続させるための方針」と題するリポートを世界に向けて発表しました。そのリポートでは、国連が行う平和活動を改めて整理し、「持続的な平和を維持・創造すること(Sustaining Peace) 」がその目標だと明言しました。そして平和を持続させるために、平和な国が紛争に陥らないように仲介する紛争予防、紛争に突入してしまった国の紛争当事者を仲介して紛争を終結させるよう努力する和平調停。そして、紛争終結後に、永続的な平和を作るために国家再建に向けて努力する、国連PKO活動を含めた平和構築のそれぞれについて、国連が途切れなく関与し、「持続的な平和」に貢献することを目指すとしています。

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 こうした一体的で途切れない国連の平和活動を通じて、少しでも多くの国や人々が、平和で豊かな暮らしを享受できるよう、国連としても最大限の努力をしたいという、グテーレス事務総長の考えが、このリポートに込められています。
 そしてこのリポートの中で、和平調停や平和構築を行う上で最も重要視されているのが、包摂性いわゆるInclusivity の問題です。包摂性というのは日本語では聞きなれない言葉ですが、一定の人たちを排除することなく、なるだけ多くの人が意思決定やその後の事業に参加することを意味しています。
 平和構築の文脈では、2001年以降、アフガニスタンやイラクに米軍が攻撃を行い、政権を転覆した後、新たな国家づくりが行われました。しかし、アフガンではタリバンを、イラクでは多くのスンニ派の人たちを排除した国づくりが行われた結果、排除された人々の反発を招き、紛争が再発してしまった教訓があります。私自身、2008年にアフガニスタンや東ティモールで現地調査を行って以来、これまで出版した日本語や英語の本の中で、「政治的な排除」こそが、平和構築を破綻させ、再び紛争に後戻りしてしまう最も致命的な要因になると主張し続けてきました。2014年には、国連日本政府代表部の公使参事官として、和平調停に関する国連総会決議に、和平合意の実施段階における包摂性の重要性を強調する文言を入れることを、日本政府として提言し、各国との激しい交渉の後、その文言が決議に盛り込まれました。その後、国連加盟国による平和構築に関する再検討会議が継続的に行われ、2016年に加盟国が採択した平和構築に関する国連総会決議の中にも、このInclusivity (包摂性)の重要性が、正式に盛り込まれました。

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このように国連決議や国連事務総長報告の中に、包摂性の重要性が語られるようにはなりましたが、実際にそれを紛争の現場で実現するのは極めて難しい現状があります。こうした現状を打開するため、先月6月12日、ニューヨークの国連本部の向かいにある国際平和研究所(IPI)で、「平和構築における包摂性の重要性」に関するセミナーが開催されました。150人が参加したセミナーには、私が基調となる講演を行い、現地調査を行っている南スーダンやシリアを例に、包摂的な和平プロセスを阻害する要因について報告しました。セミナーには国連事務総長の最高意思決定機関である幹部会議を取り仕切るホスチャイルド国連事務次長補や日本の国連大使、この分野の世界の専門家が参加し、どうすれば包摂的な平和構築が可能か、活発な議論が行われました。

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 例えば南スーダンでは、2011年に独立を果たしたものの、2013年にキール大統領がマシャール副大統領を解雇したことをきっかけに、両者の間で軍事衝突が勃発、内戦に突入しました。

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2015年8月に一度、両者は和平合意し停戦が実現しましたが、翌年7月に、二人が会談している最中に、双方の警護隊が衝突。再び内戦になりました。その後紛争は南スーダン全土に広がり、現在、国外に逃れた難民が200万人、国内避難民が200万人、あわせて400万人以上が家を追われ、アフリカ最大の人道危機となっています。先月終わり、両者は再び会談し、停戦に合意しましたが、これから本当に持続的な平和を達成できるのか、全く予断を許さない状況です。またシリアでは、政府軍がロシアやイランの支援を受け、領土の大部分を回復しつつ今も軍事攻勢を続けており、対話ではなく、一方的軍事勝利を目指しているのではという観測が強まっています。
 そんな中、私は今年2月、外務省の講師派遣により、イラクのバグダッドに行く機会を得ました。常に防弾車で移動する三日間の滞在でしたが、イラクの主な宗派である、シーア派、スンニ派、そして世俗派を代表する3人の副大統領、それにクルド派を代表する政治家にお会いし、一人1時間ずつ、イラクの平和構築の課題について懇談する機会を得ました。

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また、バグダッドで行われた「ISIS後のイラクの平和構築」のセミナーで基調講演を行い、イラク人の専門家と議論する機会にも恵まれました。イラクでは昨年末、ISISとの戦闘に勝利したとアバデイ首相が宣言しましたが、シーア派、スンニ派、クルド派という三つの宗派の違いをどう乗り越えて国民和解を達成できるかが大きな課題になっています。
 こうした交流や懇談を通じて強く感じたのは、イラクの政治家や専門家の人たちも、シーア派、スンニ派、クルド派という宗派の壁を乗り越え、「イラク国民」としての和解を達成し、色々な宗派に属する人々が、幅広く国家の再建に参加できる枠組みを作ることが、持続的な平和作りのためには決定的に重要だと認識していることでした。それは、今後のイラクの光、希望のように思えました。
イラクでは、今年5月12日に総選挙が行われましたが、投票の数え直しなどもあり、今後新たな政権の枠組みを作っていく必要に迫られています。
 このように世界中には、紛争に苦しみつつ、民族や部族、宗派の壁を越えて国民和解を実現し、持続的な平和を達成しようと苦闘している国がいくつもあります。そして、世界中の紛争地で調査を行って私が強く感じるのは、日本がアフリカ、中東、南アメリカなどの国から得ている、平和国家としての信頼です。今回イラクでも、3人の副大統領が個別に面会して懇談してくれたのは、私が、過去に一度もイラクを攻撃したことのない日本人であること、そして日本の企業に、将来イラクの復興のために戻ってきて欲しいという期待の表れだと感じました。
 こうした戦後70年かけて培ってきた平和国家としての信頼を活かして、日本はこれから、「グローバル・ファシリテーター=世界的・対話の促進者」になるのが、一つの外交指針になるのではと考えています。答えをこちらから押し付けるのではなく、紛争当事者が対話を行う機会を作り、そこから解決策を共に見出していくのを手助けするような役割です。南スーダン、イラク、アフガニスタンなどの国では、日本が対話の促進者として果たせる役割は大きいと考えています。
 またこのことは紛争解決に留まりません。感染症対策、地球の温暖化対策、地震や津波、台風など自然災害からの防災対策、などなど、一つの国では解決できないグローバルな課題が数多く存在します。日本が、その解決策を他者に押し付けるのではなく、多くの国々や専門家、NGOなどが集まり、お互いの経験や知恵を出し合い、教訓を見つけ、将来の方策を共に考えていく。そんなグローバルな対話のプロセスを作っていく促進者になることは、平和国家としての信頼を培ってきた日本の在り方にふさわしいと、私は考えています。

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