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「理想の『在宅医療』を求めて」(視点・論点)

日本在宅ホスピス協会 会長 小笠原 文雄

超高齢社会を迎えた日本において、人生最終段階をどのように生きるのかというエンドオブライフケアのあり方は重要な論点です。「死は敗北」という視点を「死の質」へと変更することが医療者・国民にとって重要であり、その鍵は「在宅ホスピス緩和ケア」です。

「在宅」とは、暮らしている“処”。
「ホスピス」とは、いのちを見つめ、生き方・死に方、看取りのあり方を考えること。
「緩和」とは、痛みや苦しみを和らげること。
「ケア」とは、人と人とが関わり、暖かいものが生まれ、生きる希望が湧き、力がみなぎること。こころのケアです。

生活の質(QOL)を高め、死の質(QOD)も満足できる在宅ホスピス緩和ケアなら“なんとめでたいご臨終”が叶います。
“臨終”とは「終わりに臨むこと。死を意識してからの生き方」で死ぬ時ではありません。

“なんとめでたいご臨終”の実例を紹介します。

入院中、鬼のように怖い顔をして「痛い、助けて」と苦しんでいる母親を見た娘は、私のクリニックの相談外来に来ました。私が「在宅ホスピス緩和ケアなら、笑顔で長生き、ぴんぴんころり」と話をすると、緊急退院しました。
在宅ホスピス緩和ケアを始めると、家族でお花見に行ったり、かつ丼を食べたり、笑顔で暮らし、ぴんぴんころりと旅立ちました。

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旅立ちの3分後、ご遺体の前で写真を撮ると、娘が涙を浮かべ、“笑顔でピース”をしました。
“お母さんが亡くなって嬉しいの?!”
私がびっくりして尋ねると、
「病院にいたら、母は苦しんだまま死んでいったでしょう。家に帰ってからは昔の優しい母に戻ったんです。この1ケ月間は、母にとっても家族にとっても幸せでした」と、娘が教えてくれました。

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看取った後に“笑顔でピース”をしているこれらの写真の中には、“一人でも最期まで家で暮らせるなんて100%満足”と喜ぶ母を見送った家族、「子どもたちが死を見つめることで、いのちの大切さに気づいてくれた」と喜ぶ家族、独居の看取りをした家族もいます。

人生最終段階において最も大切なことは、“本人の希望をかなえること”です。
そのためにはアドバンス・ケア・プランニング(ACP)を繰り返し行うことが必要です。ACPとは本人の希望をかなえるために、本人・家族やケアチームが「ああしようか、こうしようか」とプランを立てるプロセスです。

咽頭がんが肺に転移したひとり暮らしの女性は、不安になると苦しくなって救急車を呼び、何回も何回も入退院を繰り返していました。

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困り果てた病院からの紹介で、在宅ホスピス緩和ケアを始めた時、18人でACPを行いました。「苦しくないなら家にいたい」という本人の希望を確認し、不安なことを話し合うと、女性は安心して笑顔になり、その後は救急車を一回も呼びませんでした。
2ケ月後、歩けなくなると弟が「入院しないとダメだ」と言ったので、弟と一緒にACPを行いました。

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・「最期まで家にいたい」と本人が強く希望した。
・トイレに行けないので、巡回型介護と尿道留置カテーテルを提案すると、カテーテルを希望した。
・薬が飲めなくても、モルヒネの持続皮下注射ができる。自分の意思でボタンを押すと苦痛が取れる装置(PCA)を使えば安心。
・夜眠れない時は、「夜間セデーション」という「夜間の精神安定剤の使用」をすると、夜は眠り、朝は目が覚める。
・何かあっても救急車を呼ばないで、すぐ訪問看護ステーションに電話する。

ACPで安心した女性が旅立ったのは、遠方の妹が会いに来た、その時でした。

私は独居の患者61人を看取りましたが、一人の時に亡くなったのは4人でした。
独居の93%が、誰かいる時に旅立った。
「一人で死にたいの」と希望した2人は、2人とも一人の時に死にました。
「人は死ぬ時を選ぶ」
その「いのちの不思議さ」がわかれば、死ぬ時に一人だとしても孤独死ではない。

生まれる所は決められないが、死ぬ処は自分で決める。
ところ定まれば、こころ定まる。だから穏やかに死ねる。
その人らしい暮らしの中に“希望死・満足死・納得死”がある。

私自身、平成元年に開業し、在宅ホスピス緩和ケアのスキルがなかった頃の在宅看取り率は50%以下でしたが、スキルを身に付けた結果、昨年1年間の在宅看取り率は98%、在宅看取り数は88人でした。また、昨年1年間の独居の在宅看取り率は100%、独居の看取り数は7人でした。
在宅看取り率とは、在宅で最期まで支えきれる割合のことです。これまでの経験から、在宅医療のスキルが向上すると在宅看取り率も上昇することがわかりました。

私は、平成22年の内閣府他省庁合同会議「健康・医療のまちなかづくりに関する有識者・実務者会合」に出席した際、エンドオブライフケアの課題についても話をしました。

1つ目はACPを行うこと。
“最期まで家にいたい”という患者の願いを叶えるためには、“死ぬ時に立ち会えなかったら…”、“一人の時に何かあったら…”と反対する家族に対し、死ぬ時を選ぶいのちの不思議さ(ホスピス)を説明してACPを行うことが重要です。
2つ目は、トータルヘルスプランナー(THP)を育てること。

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THPはACPや多職種協働のキーパーソンで、名古屋大学医学部保健学科や日本在宅ホスピス協会が育成しています。
その後、多職種とともに家族も患者情報を共有できる「THP+」というアプリを開発したことで、医療・介護のシームレスケアが充実しました。THPケアシステムは、医療・ケアを効率よく提供し、お金がかからず笑顔で暮らせるので、地域包括ケアのモデルケースとなります。

3つ目は、緩和ケア診療所を増やすこと。
緩和ケアの基準は、「苦痛を緩和し、希望が湧くケア」です。

4つ目は、テレビ電話を使ったオンライン診療を行うこと。
外来診療中などに在宅患者が急変した時にも、訪問看護師の協力があれば、往診とほぼ同じ効果があります。

5つ目は、教育的在宅緩和ケアを行うこと。

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教育的在宅緩和ケアとは、患者を支えきれない医師と一緒に往診同行しながら実践教育をすることです。在宅看取りという体験をした医師は、その後、自らも在宅看取りができるようになりました。遠方の患者に、教育的在宅緩和ケアをするには、オンライン診療が特に有用です。

6つ目は、5つの課題を解決した在宅緩和ケア拠点センターを設置すること。
教育やかかりつけ医の支援もできるので、質の高い在宅医療が点から面へと日本中に広がります。

医学界のオリンピックとして4年に一度開催される日本医学会総会が、来年4月に名古屋市で開催され、エンドオブライフケアのあり方も議論されます。
さまざまな課題を克服して、QOLからQODへのシームレスケアが実現可能なシステムを構築することで、「日本に生まれてよかった」と思える質の高い在宅医療が日本中に広がることを願っています。

笑顔で長生き。ぴんぴんころり。
「なんとめでたいご臨終」。
さあみんな、“笑顔でピース”


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