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「AEDと心肺蘇生 更なる活用への課題」(視点・論点)

京都大学 教授 石見 拓

 2004年7月に市民がAED(自動体外式除細動器)を使用できるようになって、まもなく15年目を迎えます。日本では、公共のためのAEDが50万台以上設置されていると推定され、 世界有数のAED大国になりつつあります。AEDによる救命事例が数多く見られるようになってきた一方で、心停止の現場にAEDが届かなかったり、AEDがあるにも関わらず使用されなかったという事例も報告されています。
今日は、設置が進みつつあるAEDを更に活用し、心臓突然死を減らすための取り組みについて紹介したいと思います。

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日本における心停止、市民による救命処置の現状をお示しします。日本では毎年12万人を超える方が病院の外で心停止となって救急搬送されています。そのうち約7割は心臓病が原因の心停止です。その中でも倒れるところを目撃された約2万4千人の方々はその場に居合わせた人が救命処置を行うことによって救命できる可能性が十分にあります。 心肺蘇生、AEDによる電気ショックを受ける人の数は年々増加していますが、未だに、心停止を目撃された方の半数近くは心肺蘇生を受けることができていません。AEDによる電気ショックが行われたのはわずか4.5%です。

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突然の心停止からの救命には、迅速な心肺蘇生、特に胸骨圧迫(心臓マッサージ)とAEDによる電気ショックが重要です。心停止の現場に居合わせた人が胸骨圧迫を行うことで約2倍、AEDを用いた電気ショックでさらに2倍、救命率が高まります。
心停止の現場で、胸骨圧迫とAEDを用いた電気ショックを行うと半数以上の人を救命することが出来るのです。
 
AEDを活用して心臓突然死を減らすためには、大きく二つのアプローチがあります。
AEDが素早く心停止の現場に届く仕組みの構築とAEDを使った救命処置を出来る人を増やすことです。

AEDを素早く心停止の現場に届けるためには、まず、AEDを効果的、効率的に配置する必要があります。AEDの設置に当たっては▼心停止から5分以内に電気ショックが可能な配置を目指すことがポイントです。

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心停止の現場に遭遇すると心停止を疑い、119番通報やAEDを要請するまでに2分ほど要することが多いとされています。そこからAEDを取りに行き、AEDが到着してから電気ショックに至るまでにも時間がかかることを考えると、5分以内の電気ショックを実現するには、片道1分以内の配置が目安になります。

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片道一分以内の配置に加えて階段やエレベーターなど多くの人が通る場所の近くに置くこと、AEDが設置してある場所に連絡することにより、その設置場所にいる人が現場に直行する体制を整えること、建物の入り口など分かりやすい場所へ配置すること、誰もが24時間アクセス可能な配置であることも大切です。運動場や体育館などの心停止のリスクが比較的高い場所への配置なども考慮してください。施設案内図へのAED配置図の表示や設置場所付近での誘導表示も重要です。

AEDはただ設置すればいいのではありません。いざという時に機能するように定期的に管理しておくことも大切です。
 
我々は、更に進んだ取り組みとして、心停止の現場と救命の意思を持った市民救助者、現場付近にあるAEDの情報をスマートフォンで繋ぐ試みをはじめています。突然誰かが倒れたときに、『使える』『近くの』AEDの情報をシェアする仕組み作りです。
愛知県の尾張旭市は、市内全てのコンビニエンスストアにAEDを設置するなど積極的にAEDの設置を進めています。コンビニエンスストアは目印になる上に、24時間開いているので特に有効な設置場所の一つです。

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この地域で心停止の疑い事例が発生し、119番通報されると、消防の司令センターから予め登録された心停止現場付近のボランティアのスマートフォンに、心停止事例の発生現場と付近のAED設置情報が表示され、行動可能なボランティアが付近のAEDを持って心停止現場に駆けつける実証実験を進めています。これまで、消防職員、消防団、市職員に徐々に登録を拡大し、運用上の課題を解決してきました。6月からは訓練を受けた市民ボランティアの登録が始まり、7月には本格運用が始まります。

すでに欧米ではこうした取り組みの効果が報告されています。AEDの設置が進む日本でこうした仕組みが普及すると、AEDの活用が更に進み多くの命を救うことができると考えています。いくつかの自治体でコンビニエンスストアへのAEDの設置が始まっていますが、こうした取り組みが全国に広がって欲しいと思います。
尾張旭市では地域の全てのAEDを消防機関が把握していますが、これは簡単なことではありません。現在、全国規模で多くのAEDの設置情報を網羅したAEDマップは存在しません。日本AED財団では、皆様からの情報を集めて全国規模でAEDの設置情報を集約しシェアする仕組みも構築し、その情報を元に尾張旭市で進めている登録ボランティアを現場に派遣するシステムの普及を目指しています。

AEDを使った救命処置を出来る人を増やすためには、体系的な教育・普及が欠かせません。AEDを用いた救命処置は命を守る基本的な知識であり、全ての国民が知っておくべきことです。他人を救うだけでなく、命の大切さを感じたり、周囲を思いやる心を学ぶことも出来ます。小学校、中学校、高等学校において、心肺蘇生とAEDについて実技を交えて繰り返し学ぶことが出来るようにすることで、心肺蘇生とAEDに関わる知識が定着し、いざというときに行動を起こすことが当たり前の社会が実現すると思います。

合わせて、突然の心停止の現場に遭遇したときのストレス反応に対する理解を広げることも大切です。救命の現場に関わった多くの人がストレスを感じていることが分かってきました。

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代表的なストレス反応には、呆然として何も手につかない、当時の場面が思い浮かび嫌な気分になる、眠れないなどがあります。こうした反応を認めたら、早く気づいて、経験を受け入れてくれる方に話をする、専門家に相談をするなどの対応をすることが重要です。
救命に関わった方々の多くにストレスが残ってしまってはこうした取り組みが広がっていきません。ストレスを生じうるので、救命処置に関わるのは負担だ、広げすぎない方が良いという考えをお持ちの方々もいらっしゃるかもしれません。しかし、突然の心停止の現場は、救命処置を行う、行わないに関わらず誰でも遭遇する可能性があります。救命処置を行なわなかったことが、大きなストレスになることも考えられます。ストレス反応とその対策についても理解を広げつつ、AEDの活用を更に進めていく必要があります。

救命の現場は想像以上にストレスのかかるものです。救命処置の結果ではなく、大きなストレスがかかる現場で人を助けようと行動を起こす勇気をたたえる社会、文化が大切です。現場に居合わせた全ての人が、救命処置の必要性と負担感を共有し、共に行動を起こすことが出来れば、救命の可能性も高まると共に、関わった人々の負担感も軽減されるのではないかと思います。
 
一昔前は、一旦心停止になった人を救うことは困難で、救命は奇跡でした。しかし、AEDが普及してきた現在、こうした取り組みを通じ、突然心停止となってしまった方の多くを救命することができる社会の実現は夢ではなくなりつつあります。

AEDと心肺蘇生の普及を通じて、救いうる命を救える社会、誰もが倒れてしまった方に手を差し伸べることの出来る思いやりのある社会の実現を目指しています。

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