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「米朝首脳会談後の4つのシナリオ」(視点・論点)

政策研究大学院大学 教授 道下 徳成

さる6月12日、アメリカのトランプ大統領と北朝鮮のキム・ジョンウン国務委員長は、シンガポールで初の首脳会談を行いました。会談後、両者は共同声明に署名し、朝鮮半島の非核化と、米朝両国の関係改善を誓いました。

今回の首脳会談をどう評価すれば良いでしょうか。私は、今後、情勢が良い方向に向かう可能性も十分ある反面、再び危機が高まることになっても不思議ではない。従って、現時点ではハッキリと評価することはできない、と考えています。
それでは、朝鮮半島の今後のシナリオには、どのようなものがあるのでしょうか。私は4つのシナリオを考えています。1つめは「悪くないシナリオ」、2つめは「危機再燃シナリオ」、3つめは「リスクをはらむ平和シナリオ」、4つめは「ゴルバチョフ・シナリオ」です。

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これらのシナリオのなかに「良いシナリオ」、がないのは、「短期間で完全な非核化が実現する」、という理想的なシナリオには、残念ながら現実味がないと思っているからです。

それでは、1つずつ、シナリオの内容をご紹介しましょう。
まず、1つめの「悪くないシナリオ」では、北朝鮮の非核化が進み、米朝が関係を改善します。アメリカは一定の圧力を維持しつつも、北朝鮮との関係改善、経済協力、制裁解除を段階的に進めていきます。北朝鮮が、短期間に核能力をすべて放棄することはなく、期待よりも時間はかかります。
ただ、先日、プンゲリの核実験場の坑道を爆破したように、核能力を段階的に放棄します。そして、このシナリオでは、北朝鮮は経済再建を本気で進めていきます。

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北朝鮮が速やかに核兵器を全面廃棄しないと、合意に対する批判も出てくるでしょう。しかし、少しずつでも、非核化のプロセスが前進していれば、「合意を破棄すべきだ」、との議論は出てきにくいでしょう。
第2は危機再燃シナリオです。このシナリオは、北朝鮮が約束を破って非核化を進めず、その結果、米国が態度を硬化させ、危機が再燃するというものです。
アメリカのポンペイオ国務長官は、2021年1月までに、北朝鮮の非核化を大きく進展させたい、と表明しました。

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しかし、北朝鮮が色々と理由を付けてこれに応じない場合、アメリカは態度を硬化させ、再び軍事オプションを検討し始めるかも知れません。

そこにアメリカの国内政治が絡んでくると、さらに危険度が増します。2020年にはアメリカで大統領選挙がありますが、再選を目指すトランプ大統領が、スキャンダルなどで窮地に追い込まれた場合、どうなるでしょうか。トランプ大統領が、朝鮮半島の緊張を高めることで、アメリカ国民の関心を逸らし、政治的苦境を打開しようとする可能性も排除できなくなります。

皮肉なことに、キム・ジョンウン委員長が外交の表舞台に登場してきた結果、北朝鮮に対する軍事オプションの有用性は高まっています。昨年までは、キム委員長は合理的な人物ではなく、アメリカが軍事行動をとった場合、米朝が全面戦争に陥るのではないか、と懸念されていました。

しかし、各国の首脳と会談をもつなかで、キム委員長は合理的な人物であることが分かってきました。このため、アメリカが限定的な攻撃を実行しても、北朝鮮が自暴自棄になって全面戦争を始めることはない、と考えることができるようになっているのです。
第3のシナリオは、「リスクをはらむ、平和シナリオ」です。これは、「朝鮮半島に平和が訪れた」ことを口実に、トランプ大統領が在韓米軍を大幅削減するなど、韓国の防衛に対するアメリカの関与を低下させる、というシナリオです。トランプ大統領は、以前から韓国の「安保ただ乗り」を批判し、在韓米軍の縮小を示唆してきました。

在韓米軍が削減され、米韓同盟が弱まれば、北朝鮮が韓国に限定的な軍事攻撃をかけるリスクは高まります。首脳会談でキム・ジョンウン委員長の隣に座っていたのは、キム・ヨンチョル、朝鮮労働党副委員長でしたが、彼は軍人でもあり、2010年に発生した、韓国の哨戒艦「チョナン」の撃沈事件や、韓国の離島である「ヨンピョンド」の砲撃事件などに関与していたとされています。今後も警戒が必要です。

また、在韓米軍の削減をめぐって、長期的に懸念されるのは、米韓同盟が弱体化した場合に、中国が韓国に対する影響力を増大させることです。今は、米韓同盟がしっかりしています。しかし、それにもかかわらず、昨年、韓国は、アメリカのミサイル防衛システムである「サード」の配備をめぐって中国から強い圧力を受け、主権を一部放棄するかのような約束をさせられました。

米韓同盟がしっかりしていても、こうなのですから、米韓同盟が弱体化すれば、韓国は一層、弱い立場になるでしょう。万が一、米韓同盟がなくなり、国民総生産で世界第11位の韓国が、中国の影響下に入ってしまうことになれば、東アジアの力のバランスに重大な変化が生じます。これは、日本にとっても憂慮される事態といえるでしょう。

なお、一部では、在韓米軍が削減されると、北朝鮮が朝鮮半島を統一するために、本格的な戦争を仕掛けるのではないかと、懸念する向きもあります。しかし、韓国の防衛力は一般に考えられているより遙かに高いので、そのような心配はない、とみるのが妥当でしょう。
韓国は、北朝鮮のものより射程は短いとはいえ、弾道ミサイルと巡航ミサイルを、合わせて1,000発以上ももっています。2017年の韓国の防衛費は392億ドルで世界第10位でした。

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これは世界第8位の日本の防衛費に迫るものです。また、韓国の防衛費は、過去10年間に29パーセントも増加しています。従って、在韓米軍が削減されても、本格的な戦争が起こることはないでしょう。
最後のシナリオは、「ゴルバチョフ・シナリオ」です。このシナリオでは、旧ソ連のゴルバチョフが取り組んだ改革のように、キム委員長が北朝鮮の経済や社会の改革を強力に推し進めます。キム委員長はスイスに留学した経験もあり、世界の現実や、北朝鮮の実情をよく認識しています。
キム委員長は、ミサイル発射の映像を世界に配信したり、歌手として活躍したこともある夫人を帯同して、外国を訪問したりしています。こうした背景には、自分の国を世界に認めさせたい、というキム委員長の思いがあるのでしょう。

しかし、北朝鮮の経済・社会改革にはリスクもあります。大胆に改革を進めていけば、政治の権力構造にも影響を与えるようになるでしょう。それが進めば、ソ連のゴルバチョフ大統領が改革を進めた結果、ソ連が崩壊したように、北朝鮮も不安定化するかもしれません。

それでは、これらのシナリオは、それぞれ、どのくらいの確率で起こりうるのでしょうか。過去の歴史を振り返りながら考えた私の判断は、第1の「悪くないシナリオ」が35パーセント、第2の「危機再燃シナリオ」が25パーセント、第3の「リスクをはらむ平和シナリオ」が35パーセント、第4の「ゴルバチョフ・シナリオ」が5パーセント、というものです。
米朝首脳会談を良い結果に結びつける努力は始まったばかりです。今後、朝鮮半島がどこに向かうのか。それは、アメリカと北朝鮮のリーダーの、意志と行動に大きく左右されることになるでしょう。

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