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「『慰霊の日』を前に 沖縄の今と平和教育」(視点・論点)

沖縄大学 客員教授 新城 俊昭

沖縄の6月は鎮魂の月です。わが国は第二次世界大戦において、多くの尊い生命を失いました。激しい地上戦が展開された沖縄では、県民の4人に一人が犠牲となりました。このような悲惨な体験をした沖縄県では、日本軍の司令官指揮による組織的戦闘が終結した6月23日を「慰霊の日」と定め、戦没者の霊を慰めるとともに、戦争による惨禍が再びおこることのないよう恒久平和を誓う日としているのです。

県内の小・中・高校ではこの日に向けた特設授業が行われ、二度と同じ過ちを犯さないよう悲惨な沖縄戦の継承に努めています。しかし戦後70年余、慰霊の日の平和教育が形骸化しているのではないか、との指摘もあります。

沖縄本島中部の読谷村に、沖縄戦で83人の住民が「集団自決」に追い込まれたチビチリガマとよばれる自然洞窟があります。昨年9月、この洞窟内の遺品が県内の少年4人によって破壊されるという事件が起こったのです。彼らは「心霊スポットでの肝試し」という遊び心で洞窟にはいり、動画も撮影していました。驚いたことに、この場所が集団自決のあった戦跡だと知らない少年もいました。このような、彼らの行為は、「平和教育が心に届いていないことを意味しているのではないか」と、波紋を呼んだのです。
なぜ、そのようなことが起こったのでしょうか。2015年に沖縄県高等学校の教職員組合と沖縄歴史教育研究会が実施した、高校生「平和アンケート」をもとに考えてみたいと思います。

まず、沖縄戦について学ぶ意義をどう思うか、の高校生の回答を見てみましょう。

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「とても大切」「大切なことである」を合わせると、94.1%と高い数値を示しています。一般的に、過去を語り継ぐことに対する若者の意識は、年々下降線をたどるものですが、沖縄戦に関してはずっと90%台を維持し続け、この年は過去最高となっています。何がそうさせているのでしょうか。戦後70年、戦争体験者が減少していくなか、多くの若者が「悲惨な沖縄戦の実相を後世へ伝える継承者」としての自覚を強く抱くようになったからではないでしょうか。また、過去の「教科書検定」における日本軍の住民殺害及び軍命による「集団自決」の記述削除の問題や、名護市辺野古への普天間基地移設問題に見る沖縄への「安保押しつけ」などが、高校生に危機感をもたせているものと思われます。現代の高校生は、一般にいわれるほど沖縄戦に無関心ではないことが伺えます。

次に、今まで受けた平和教育に対する評価についてみてみたいと思います。

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これも思いのほか高い数値で、「とても有意義だった」「良かった」をあわせると、86.0%と過去最高を示しています。各学校における平和学習の成果といってよいでしょう。
では、なぜ少年たちが「チビチリガマ」を戦跡と認識せず、あのような破壊行為を起こす事態を招いたのでしょうか。
戦後70年余、沖縄戦の体験者も高齢となり、私たちの身近には悲惨な地上戦を直に語ってくれる人が少なくなってきました。ひめゆり平和祈念資料館では元学徒の高齢化を理由に、開館以来続けてきた体験講話を終了しました。

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「高校生平和アンケート」でも、「家族・親族で、沖縄戦について話してくれる人がいるか」との設問に、初めて「いない(43.1)」が「いる(39.7)」を上回っています。ただし、一方では未来の語り部として、戦争体験者の証言記録や資料館等の整備、戦争遺跡の保存も進められています。しかし、現在の学校における平和学習では沖縄戦の悲惨さは教えても、これらの施設等を利用した学習はほとんど行われていません。指導体制が十分でないうえ、時間と予算の確保が困難なためです。チビチリガマでの破壊事件も、こうした「慰霊の日」学習の在り方が背景にあると思われます。
悲惨な沖縄戦の実相を継承するには、学校まかせではなく、学校と行政・地域・平和資料館等が連携して指導内容や指導方法を構築する必要があるでしょう。

事件を起こした少年たちもガマの歴史を学んで深く反省し、彫刻家・金城実さんの指導で遺族らと野仏を制作して、チビチリガマの入り口周辺に安置しています。また、今年4月に行われた慰霊祭では、「人間としてやってはいけないことをしたと思った。本当に申し訳ありません」などと綴った謝罪文が読み上げられ、遺族会も彼らを「温かく見守りたい」と語っていることが報道されました。
戦争体験者が確実に減少していくからこそ、戦争遺跡での追体験を通し、なぜ「集団自決」という悲惨な状況が起こったのか、現在の問題とも結びつけて考えさせる「平和学習」が求められているのではないでしょうか。
こうした問題を含め、現在の「慰霊の日」特設授業については、教育関係者から次のような指摘がなされています。

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一つ目に、イベント的な学習になっており、「平和学習」の趣旨が十分に生かされていない。二つ目に、第二次世界大戦の全体像がおさえられていない。三つ目に、琉球・沖縄史が教えられていないため、「琉球併合」以後の日本への同化・皇民化政策を受け入れていった沖縄人(ウチナーンチュ)の内面が考察されていない、四つ目に、現在の問題と結びついた学習になっていない、ということなどです。
また、沖縄戦の実相をはじめ、戦後27年間の米軍支配から現在まで続く基地問題を本土へ発信し、沖縄の抱えている問題を、日本全体で解決しなければならないことを強く訴えるべきではないか、との意見もあります。近年、本土の人たちの無理解から、沖縄の平和教育に対する誹謗中傷が目立つようになっているからです。例えば、沖縄戦の被害については、広島・長崎をはじめ日本本土も大きな被害を被っているのに、なぜ沖縄は本土に対して戦争被害を強調するのかとか、普天間飛行場は何もないところに造られた、沖縄は基地経済で成り立っている、などと誤った情報が公然と語られていることなどです。沖縄戦の被害についていえば、必ずしも本土と同一に論じることもできません。沖縄は明治政府によって強制併合された県であり、元から日本の一部だったわけではないからです。そのため、沖縄は「外地」とみなされ、本土を防衛するために住民が根こそぎ戦場に動員され、血みどろの地上戦に巻き込んで十数万の命を犠牲にしているからです。現在の普天間飛行場のある場所は、役場や国民学校、郵便局、病院、旅館、雑貨店がならび、いくつもの集落が点在する地域でした。それを米軍が強制収用し、飛行場を建設したのです。沖縄経済に占める基地関連収入も5%程度です。
こうした問題を解決するには、どうすればよいのでしょうか。平和教育の意義を明確にし、全国共通の教育課程にしっかりと位置付けることが重要でしょう。沖縄の「慰霊の日」学習が不十分なのも、平和学習が正規の科目でないため、時間の確保と指導体制がとれていないことに原因があります。

戦後73年、私たち国民の意識から戦争の記憶が遠ざかっているからこそ、体系化した「平和学習」を学校教育に取り入れる必要があるのではないでしょうか。これによって、児童生徒の発達段階に応じた学習プログラムの構成が可能となり、沖縄戦や広島・長崎の原爆被害、そして沖縄の基地問題や安保法制、国際紛争など現在の様々な問題を考えさせる「平和教育」が可能になるのではないでしょうか。




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