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「米朝首脳会談 近景と遠景のバランス」(視点・論点)

慶應義塾大学 名誉教授 小此木 政夫

 6月12日にシンガポールで開催された米朝首脳会談について、日本でも、アメリカでも賛否が割れているようです。
 この首脳会談の大きな特徴は、近くから見た会談の風景と遠くから見た会談の風景、すなわち近景と遠景があまりにも異なることです。近くから見れば欠点が目に付いて悲観的にならざるをえないが、遠くから見れば歴史が大きく前進しているように見えます。

まず「近景」から見てみましょう。

 会談前に、トランプ大統領は「本当の取引(Deal)をする」と意気込み、ポンペイオ国務長官も「CVID(完全で検証可能かつ不可逆的な非核化)が米国の受け入れられる唯一の結果」と語っていました。したがって、発表された共同声明を見て、驚いたり、失望したりした人が少なくなかったと思います。

 事実、共同声明は非核化の内容やプロセスについて何も言及していません。申告、査察、実施、検証のプロセスがどうなるのか。いつ始まって、いつ終わるのか。非核化には弾道ミサイルが含まれるのか。それは戦略ミサイルに限られるのかなど、あまりにも多くの疑問が残されたままです。

 ただ、共同声明には、「米朝首脳会談の成果を実行に移すために」、ポンペイオ国務長官とそれに相応する北朝鮮高官が「できるだけ早期に後続の交渉に取り組む」と約束されただけです。

 トランプ大統領が、「最大限の圧力」と称して、戦略爆撃機や航空母艦を派遣して軍事的な圧迫を加え、さらにいくつもの国連決議によって強力な経済制裁を課した結果ですから、そこには、米国による「力の行使」の限界さえ感じられます。

 この間、キム・ジョンウン委員長は核兵器や米本土に到達する大陸間弾道ミサイル(ICBM)の開発能力を誇示してきました。たとえトランプ大統領がシンガポールでの米朝首脳会談を決裂させても、朝鮮半島情勢は一年前に戻るだけです。トランプ大統領はキム・ジョンウン委員長に対等の立場を認めて、交渉するしかなかったのではないか─そんな疑問が頭をよぎりました。これが会談を近くで見た「近景」であり、悲観論です。

 次に「遠景」から見てみましょう。

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 第一に、何と言っても、朝鮮戦争以来70年近くの間、軍事的に敵対してきたアメリカと北朝鮮の最高指導者が2人だけで会談し、合意文書に署名したのだから、それだけで十分に歴史的な出来事です。

 しかも、第二に、両首脳が署名した共同声明において、トランプ大統領は北朝鮮に「安全の保証」を提供することを約束し、キム・ジョンウン委員長は「完全な非核化」の決意を表明しました。両者がそれぞれ望むものを交換するという意味で、トレードオフ(Trade-off)方式が明記されたのです。

 第三に、両者は「新しい米朝関係の樹立が朝鮮半島の平和と繁栄に資する」ことを確認し、「相互の信頼醸成が朝鮮半島の非核化を促進する」という共通認識に到達しました。この文書によれば、「新しい米朝関係」が非核化を促進するのであって、その逆ではありません。そのことが確認されたのです。

 2人の指導者は対等の立場に立って、「安全の保証」と「完全な非核化」を交換するための交渉に入ることを宣言し、そのスタートラインを固めたのですから、遠くから見れば、米朝首脳会談は大きな成果を挙げたことになります。そう思えば、それはそれで、将来性のある美しい絵柄だということになります。

 さて、二つの風景が重なるのですから、前途は多難でしょう。それを展望するために重要なことを、二つだけ指摘しておきたいと思います。

 その第一は、トランプ大統領もキム・ジョンウン委員長も「後戻りできない」し、「前進する」しかないということです。先ほど申し上げたように、後戻りするということは、一年前の戦争瀬戸際の状態に戻るということです。これは世界を危険にさらして、大国が小国の術中に陥るようなものです。
 あるいは「立ち止まる」ことは可能だと考えるかもしれません。しかし、その場合には、北朝鮮の非核化も停止してしまいます。したがって、北朝鮮の非核化を進めるためには、前に向かって進むしかありません。それについて、北朝鮮側は「善意の対話に基づく信頼醸成措置」だとか、「段階的な同時行動の原則」と表現しています。

 たとえば、米国では、さきほど申し上げた今年8月の米韓合同軍事演習、UFG(ウルチ・フリーダム・ガーディアン)を中止する方針が固まったようです。
もしそうなれば、北朝鮮側も善意の非核化措置をとるということになります。
 もっとも、「善意の措置」と言っても、米朝が何と何を対応させるのかは、それほど容易に決まることではありません。たとえば北朝鮮がICBMとその核弾頭を海外に搬出する場合、米国は経済制裁の緩和に応じるのでしょうか。それとも、完全な非核化が完了するまで何もしないのでしょうか。
 北朝鮮の非核化がある程度まで進展し、米国がそれに満足して、それ以上の「善意の措置」を示さない場合はどうなるのでしょうか。北朝鮮の非核化も途中で停止してしまいます。それこそ、我々にとって困惑せざるをえない事態です。

 第二に重要なのは、米朝交渉と南北対話が並行して進展するということです。安全の保証と非核化のための米朝交渉が進展すれば、南北間でも軍事的な信頼醸成措置がとられるでしょう。他方、米朝交渉が停滞すれば、南北対話の進展も難しくなるでしょう。そのような形で、両者は連結していると見るべきです。

 今月14日にパンムンジョムで開催された将官級の南北軍事会談で、韓国は北朝鮮が非武装地帯の北側に前進配備している長射程砲を30-40km後方に移動するように要請しました。これらの信頼醸成措置が実現するか否かは、米朝交渉の進展次第だということになります。

 今後、米朝交渉と並行して南北対話が進展して平和が定着すれば、朝鮮半島にも「南北共存+米中均衡」、すなわち「2+2」というデタント(緊張緩和)の輪郭が見えてくるかもしれません。事実、もし9月9日の北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国建国70周年に韓国のムン・ジェイン大統領がピョンヤンを訪問すれば、1970年代のドイツと同じように、南北朝鮮は互いに、朝鮮半島にも「一民族二国家」が存在すると認めることにならないでしょうか。

 最近の安倍晋三総理大臣の姿勢の変化、すなわち日朝首脳会談を想定するかのような言動が何に由来するのかはわかりません。しかし、ピョンチャンオリンピック以後、米朝首脳会談の可能性がクローズアップされてから、南北首脳会談が2回、中朝首脳会談が2回、そして米韓首脳会談を経て、米朝首脳会談が開催されました。遠からず、プーチン キム・ジョンウン首脳会談も開催されることでしょう。

 そのような中で、日朝首脳会談が開催されても少しも不思議ではありません。むしろ、それなしには北東アジアに新しい国際システムは誕生しないと考えるべきでしょう。

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