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「医療と街づくり」(視点・論点)

ねりま健育会病院 院長 酒向 正春

現在の日本は世界一、安全で安心できる国の一つです。全国民が平等に世界最先端の医療サービスを受けられる国民皆保険を有する、世界でも稀な国家です。そのため、世界に先駆けて超高齢社会が急激に進行しました。
そうした日本で、立派に生きて、立派に死ぬためには、何が必要でしょうか。今日は、これからの医療が果たすべき、ひとつの役割についてお話したいと思います。

まず、日本の年間の社会保障給付費をみてみましょう。
厚生労働省によると、2018年で121兆円、2025年にはおよそ140兆円になるとされています。8年間で医療と介護の費用が、およそ20兆円の増加になると示されています。この費用がどれほど莫大であるかというと、日本の防衛費と公共事業費の総額が、それぞれ5兆円台であることを考えれば、あきらかであり、日本における深刻な問題となっています。これからの日本は、医療と介護にかかる費用をスリムにコントロールしながら、いかに健康医療福祉の体制を構築していくかが重要になります。

ここで、日本の医療と介護の流れを簡単に説明します。

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病気になる前は予防の時期にあたります。病気や怪我をおうと、救急病院で急性期治療。約2週間の治療で、治癒すると自宅退院です。しかし、運動麻痺や言語障害、嚥下障害、認知機能低下などの後遺障害がでると、回復期リハビリテーション病院で2カ月-6か月間の人間力を回復させる治療が必要になります。病気が安定し、障害が軽快すると、自宅退院です。しかし、病気の管理や介護が多いと、自宅退院は難しく、慢性期病院や療養施設への入所が必要になります。

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回復期リハビリテーション病院を退院してからは、慢性期医療と呼ばれます。その後の一生に渡り、病気や障害の悪化を予防する暮らしが必要になります。
この慢性期には3つの時期があり、まだ回復していく生活期、高齢で介助が増加する介護期、亡くなる前の約2週間の終末期があります。

人間が自分の意志で暮らし、「何かを行いたい」と考える時期は、適切な医療で回復や維持を目指す必要があるでしょう。しかし、その人の意志がなくなり、全介助になった状態で延々と医療管理を続けるのは、考え直す時が来たのではないでしょうか。人間は立派に生きて、立派に死ぬことが大切です。今、その立派な生き方を支え、立派に看取る医療・介護の体制が必要となっています。

75歳を過ぎて病気になったり、障害が生じた時は、若い時とは異なり、残念ながら、病気も障害も元通りには治りません。すなわち、病気や障害とは上手につきあっていく考えが必要になります。障害を負っても、社会参加して、社会貢献することで、生き甲斐が生まれて、自分の役割が自覚できます。この活動は、病気や認知症の予防になります。そのため、活動を実践する環境、つまり、居場所が必要になります。そこで、医療が街づくりとかかわる視点が大事になってきます。

超高齢社会で、超高齢者、障害者、認知症患者や幼少者を含めたすべての人々が生き生きと暮らすためには、どのような街づくりが必要でしょうか。
まず第一に、健康が害された時のための急性期・回復期・慢性期の医療連携が必須になります。第二に、自宅退院した後に、家で閉じこもりにならないような、社会参加ができる環境整備(ハード)と社会参加を支援する活動整備(ソフト)、さらに、社会参加を手伝う市民の心(ハート)が必要になります。

これらが整備されると、それぞれの地域に、居場所ができ、生き甲斐が生まれ、楽しい役割も育ってきます。
私達は、この慢性期における社会参加の活動をタウンリハビリテーション、すなわちタウンリハと呼んでいます。これからの日本では、医療保険や介護保険でなく、このタウンリハ、つまり、地方自治体を核にした、地域で実践される社会参加支援活動を強化することで、病気や認知症を予防して、医療と介護の費用を抑える取り組みが必須と考えます。

実例として、具体的な街づくりの取り組みを3つ紹介します。
一つは、初台ヘルシーロードです。

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これは、私たちが東京都の山手通りの整備事業に協力した時にできた歩道です。この初台ヘルシーロードは、どの時間帯でも明るく24時間365日安心、安全、快適に散歩ができる、渋谷区から豊島区に及ぶ8.8kmの公園的歩道空間です。24時間安心、安全、快適に歩ける道は、世界の中でも日本にしか存在しません。

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これは、道を基本にした線のアプローチです。障害者を含めた多くの人々が好きな時に散歩し、交流する社会参加の環境が誕生しました。ここでは、ヘルシーウオークという定期的なウオーキング活動を開催しています。
急性期・回復期・慢性期の医療連携も整備され、山手通りの沿道環境は整備前後で全く変わり、洗練されて進化中です。

二つめは、二子玉川ヘルシーロードです。

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二子玉川大規模開発による街づくりで、すべての世代の人々が、楽しく、おしゃれに散歩し、コミュニケーションを楽しめます。みんなが憩えるアーティスティックな環境づくりがなされ、楽しさをくすぐるお店や自然環境もたくさんあり、定期的なイベントも行われます。これは、社会参加と社会貢献ができる面のアプローチです。急性期・回復期・慢性期の医療連携も完備しました。地方都市では、富山市のコンパクトシティも同様に素晴らしい、面のアプローチによる街づくりです。

三つ目は、私たちが現在とりくんでいる、大泉学園ヘルシーロードです。

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東京都練馬区大泉学園町地区は、医療過疎地で、陸の孤島の状態でした。そこに、2017年回復期リハビリテーション病院と介護老人保健施設を開設し、練馬区が核となり、急性期・回復期・慢性期の医療連携を実現しました。

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この新病院にはこのような工夫もあります。
病院の周囲は300mのガーデニングゾーンがあります。ここには34種類の花があり、365日どこかに必ず花が咲いています。ご覧のような地図をつかって今日の花を地図から探しに行くのが、脳活のリハビリテーションで、楽しく歩ける第一歩となります。

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病院外も街並みを楽しめるように、「チャイ旅」マップがつくられました。既存の歩道や公園、公的な社会資源を利用し、市民活動の協力を得て、地域のコミュニティを再生しています。
地方自治体が核となり、医療連携整備に加え、道や市民活動など街の社会資源を、お金をかけずに、成長させていく3次元的アプローチです。これからの全国の地方自治体のモデルとなる街づくりだと思われます。

超高齢者、障害者、認知症患者がまだ増え続ける現代において、認知症を予防し、病気や障害を負っても、人間力を回復させ、社会参加を支援する街づくりが世界から注目されています。今後は、医療を適切にスリムに行い、タウンリハで地域住民の社会参加と健康促進、知的活動を支援して、社会保障に無限に頼らない街づくりが必須になります。

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また、大都市部においては、大規模ビルのワンフロアーに、人間回復の病院をコンパクトに置き、タウンリハで街と市民の活動を活性化し、災害時には健康医療福祉を管理する司令塔となる街づくりが必要です。
これらの街づくりは日本の品格であり、アジア諸国や世界の街づくりのモデルとなるでしょう。

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