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「サッカー日本代表の今」(視点・論点)

法政大学 教授 山本 浩

FIFAW杯サッカーロシア大会の日本代表メンバーが発表されました。ガーナ戦の敗北のあとの会見では、経験豊富な選手が目立つ選考だったと見る記者が多かったようです。今日は、私たちにとっての第一戦まであと2週間となった日本サッカーのこの夏を考えてみたいと思います。

日本代表を巡るW杯前の最大のショックは、本大会が間際になってきた中での監督交代でした。
前任のハリルホジッチ監督の更迭に関しては、内外から多くの意見が表明されました。ここではその善し悪しを語るのではなく、
西野朗新監督と選ばれた選手たちがいま何をすべきか、監督交代の背景と絡ませながら見てみましょう。

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世界のメディアも、ハリルホジッチ監督の更迭を予想外の出来事として伝えました。私が研究で滞在しているドイツでは見出しに特定のキーワードを使って伝える論調が目立ちました。その一つが、「慌ただしい交代」であったこと。もう一つが、更迭の理由のひとつ「コミュニケーション不足」をいぶかしがった点です。
 慌ただしい交代であったがゆえに、日本代表のハンディキャップは、なんと言っても新監督の下での再スタートで本大会までに時間の少ないところです。
 元来、代表チームではクラブチームと違って、選手同士の接触の時間が限られます。そこでは、経験の少ないポジションやプレーを要求されることもあれば、全く初めての仲間とボールをやりとりすることもあります。たがいに何度か試合を重ねていればそれなりに意思疎通ができるでしょうが、久しぶりの顔だったり急成長を見込まれて呼ばれた選手となると、初めのうちはなかなかコンビネーションがとれないのです。
 今回、若い選手が少なかったのは、けがの回復もさることながら、この「時間が足りない」ということと強い関連があるように見えます。「若い選手を試している暇がない」「意思疎通やスムーズな連携に時間が足りない」何かそんな声が聞こえてきそうなのです。本番までに現段階で相手が公表されているものは、すでに終わったガーナ戦を含めわずかに3試合です。
 監督は監督で、それぞれの個性を見極めた上で選手を招集します。スピード、巧みさ、持久力、利き足、戦術眼、積極性のあるなし、爆発力、気持ちの強さ、フリーキック、チームをまとめる力。それぞれの選手が要素をなにがしか持ち合わせているにしても、そこには濃淡があり、しかも全員が、万全の態勢で来るとは限りません。けがをしている選手、疲労が抜け切れていない選手、かつての切れ味が戻らない選手。一方で、経験を積んで大きくなってきた選手、新しい技術を身につけてきた選手。そこで監督が頭を悩ますのがその招集、組み合わせです。チームの中心を構成すべき選手が誰もかも90分、3試合すべてにわたって働けるとは限りません。誰と誰をどう組み合わせるのか。これまでのやり方が日本代表にもっともふさわしい形なのか。違うと考えるならば、時間のない中でどこまで方式をひっくり返せるのか。新監督の悩みはつきないのです。
 四面楚歌、救いようのない状況かと言えば、西野監督には前監督とは違ったアドバンテージがあります。

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日本のサッカーで生まれ育ち、育ててきた点は、新たな外国人監督が来たのとは訳が違うのです。技術委員長の立場で、ある期間日本代表をサポートしてきたからには、選手の特徴や個性をそれなりにわきまえ、自分なりの構成案は持って働いてきたはずです。
 もう一つが、コミュニケーションです。コミュニケーションは、ただただことばや文字を介した、戦術や技術のやりとりだと理解されると日本では直ちにそうでもありません。一つはなるほど、相手の情報だったり、味方のやり方だったりを分析、伝達、指示というルートをたどるものですが、もう一つは選手自身の身体や心の声を聞けるか、伝えられるかの問題も含んでいます。心身の状態がどうなのか。一人の動きが、チーム全体の動きにどう影響するのか。日本では、口に出して言わない、身体で表現しない選手も少なくありません。チームを預かる者にとって日本での選手を巡るコミュニケーションは、その選抜と同じレベルできわめて重い要素なのです。
 日本国外で初めて決勝トーナメントに出場した、南アフリカ大会。大きな期待で出掛けていって、期待外れに終わったブラジル大会。南アフリカでは、ベンチを預かるメンバーのコミュニケーションが内部でぎりぎりまで詰められて、高い成績につながった一方、ブラジルではイタリア人指導者と日本側との間に多少のずれが生じて成果につながりませんでした。ここ二つの大会を見るだけでも、日本代表はコンディションの大切さ、状況を理想に近づけるためのコミュニケーションの重要性を嫌と言うほど思い知らされています。その遺産が、今の代表に受け継がれれば、時間が足りないハンディキャップをいくぶんでも軽くすることができるのではないでしょうか。
 他の競技にも言えるが、現代サッカーの勝敗に関わる要件の中では情報戦の占める割合が非常に高くなっています。前回大会で優勝し、国内では連覇が声高に語られているドイツにしても力の入れようが違います。ドイツの代表チームを率いるのは、ヨアヒム・レーブ監督。そこで重視されている柱の一つが分析です。分析には、日本もかなり昔から時間と力を割いてきました。〝ドーハの悲劇〟で知られるハンス・オフト監督の時代にすでに、当時のサッカー協会・ナショナルコーチングスタッフをしていた今の西野監督が自ら偵察活動に従事した歴史があります。アトランタオリンピックのブラジル戦勝利は、西野監督たちの情報分析によるところが少なくありませんでした。昔は肉眼と双眼鏡で取っていた情報が、やがて映像で集められ、そこにコンピューターを組み合わせた動きのトレース、得られた数値のデジタル処理などかなり高いレベルにまで進んできています。
 ドイツ代表は、膨大な対戦相手を調べるにあたり作業の途中経過でケルン体育大学の大学院生を動員しながら、きわめて緻密に仕事をさせているといわれます。W杯で対戦の可能性のあるすべてのチームのさまざまな映像をベースに、スローインのありよう、フリーキック、コーナーキックなどはどんなパターンを使ってきたのか、状況に応じた整理が進んでいます。それを読み込むのに力を尽くしているスイス人コーチの存在も指摘されています。
 日本でも情報収集は高いレベルで進められています。大切なのは、それをどう手短に焦点をあやまたず伝えるか。情報を受けた選手がそれをいかに処理し対応するか。どちらかが欠けても、力を発揮することにはつながらないのです。
 日本サッカーがプロ化に転じて25年。選手の海外への移籍情報に、さほど驚くことはなくなりました。その分、代表に戻ってきた選手には欧州のサッカー観、世界観を背負ってプレーする者も生まれています。25年前なら、監督の一声で全員が右を向いたのが、今は必ずしもそうでもないでしょう。考えが違えば意見を言う、練習の時から容赦なくチームメイトに向かっていく。そうした思想や行動に慣れてきた選手が、個々の力の最大限を必要なポイントで一致して発揮するにはどうするのか。身体のメンテナンス、心の落ち着きと共に、持てるものを最大限に組み合わせて動員する必要があります。
 大事にしたいのは、これまでのような上意下達の「指導」に頼ったサッカーを、代表の内部はもちろん、応援に回る私たちも目指さないことです。もちろん監督の決断、方針、要求を二の次にしてはチームとしては成り立ちません。ベンチの要請を十分に尊重しながら、経験豊富な選手はその場その場の変化に的確に対応し、ピッチの中で自ら不利な状況を有利なそれに変えていく力を持ち合わせているはずです。だからこそのベテラン中心の戦力構成ではなかったかと私は考えています。
悔いの残らない試合をするには、西野監督とそのスタッフとの間だけでなく、選手も忌憚なくものを言う十全のコミュニケーション環境が鍵を握っています。

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