NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「はしか対策を考える」(視点・論点)

川崎市健康安全研究所 所長 岡部 信彦

今年3月、海外からの旅行者が沖縄ではしかを発症し、沖縄の人々に感染、さらに沖縄に行った人、沖縄から来た人が国内の各地でまた感染を広げるという、まさに人の動きが感染症の広がりに一致するという状況が明らかとなりました。日本の国内ではようやく少なくなったはしかのどこに今の課題があるか、まとめてみることにしました。

江戸時代には、麻疹、いわゆるはしかは「命定めの病気」として人々から恐れられていました。
「はしかにかからないと一人前ではない」などと言われていた時もありました。はしかから肺炎、脳炎、そして死亡、角膜炎による視力障害、中耳炎による聴力障害など、生命を絶たれ、後遺症に苦しむ人が周りには多数いたはずです。

s180522_01.jpg

はしかの治療薬はいまだに見つかっていないものの、予防のためのワクチンが発展してきました。わが国もワクチンの開発を行い、1978年には、国産のはしかワクチンによる定期接種が開始されました。
ワクチン接種によって国内のはしかの患者さんはかなりの減少を見ましたが、珍しい病気にまで減少、とは言えない状態が続きました。

s180522_02.jpg

2000年前後、世界ではこの重症な感染症から子どもたちを守ろうという機運が高まりました。南北のアメリカ大陸、ヨーロッパの一部やオーストラリアなどでははしかはコントロールされた感染症となってきましたが、それには、はしかなどの感染症の届け出制度の充実とワクチン接種の徹底が功を奏しました。

当時のわが国のはしか患者は年間20~30万人、推定死亡者数100~200人というものでした。私にとっては「ついこの間のような出来事」ですが、すでに20年近く前の出来事で、今の大学生が生まれたばかり、若手の医師が保育園とか幼稚園に行っていた頃の出来事であって、彼らにとっては過去の歴史の話にしかすぎないでしょう。
では10年前であれば、多くの人にとってまだ記憶として残っているかもしれません。わが国もはしか、合わせて風疹対策にも本腰を入れるようになりました。2006年、はしかと風疹の混合、MRワクチンをもちい、諸外国と同様に1歳になった時と、小学校入学1年前、の2回接種の導入が行われ、現在にまで続いています。

s180522_03.jpg

2回接種の意味は、1回の接種で97~98%くらいの子どもに免疫すなわち抗体ができますが、そのうちの1、2割の子どもたちは次第に免疫が落ちてくるので、もう一度刺激を与えて長期に免疫力が保てるようにしようということが一つ、2~3%とはいえ、免役ができ損ねている子どもたちがいるので、2回目の接種で免疫を与えようということが2つ、そして何らかの理由で受け損ねたままでいる子どもたちに2回目のワクチン接種の機会を作ろうということが3つ目の理由です。

しかしこの2回のワクチン接種を受けていない世代である中学高校大学での集団流行が全国各地で生じました。世界各地を旅行する日本の若者が日本で感染して海外で発病ということをきっかけに、現地ではしかが小流行するということが相次ぎ、海外から「日本ははしかも輸出するやっかいな国」などという有り難くないレッテルを貼られたのもこの頃です。国内でも修学旅行先ではしかに感染した中学生が旅行から戻ってきて発病、死亡した、というようなニュースが流れたのも、つい10年前の出来事です。

s180522_04.jpg

これらを受けて2008年度より5年間、中学1年相当年齢の3期、高校3年相当年齢の4期接種がスタートしました。5年後には1歳から大学を卒業するくらいの年齢の若者はすべてはしかの免疫を持つことができるという戦略で、これによって子どもたちのみならず中学から大学でのはしかは激減しました。また少数となったはしかには、はしかウイルスの検査、そのウイルスは国内のものか海外のものかなどの遺伝子検査をきちんと行い、時たま発生するはしかは海外から持ち込まれたもので、国内で流行していたウイルスは駆逐されたということが証明できたのです。
そして2015年、日本はWHOから麻疹を排除した国であると認定されました。

s180522_05.jpg

はしか対策についてはビリ集団にいた日本は、世界のトップグループに追いついたことになります。ワクチンの接種については、多くの方がきちんと定期接種を受けていただき、それは現在も続いています。

その様な中で一昨年は関西方面から関東方面、昨年は山形県から全国数個所へ、そして今回沖縄県から全国数か所ヘ飛び火をし、そこでまた小流行が見られていますが、現在のところ、去年、一昨年よりも少ない数で、「今の数程度での大騒ぎはなんだ・・・・!」という声がないわけではありません。確かに現在は、10年前とは比較にならない少数の発生で、決して大火事ではありません。しかし油断の中から、数十例が数百例、数千例になれば重い合併症例や死亡例も出てくることになります。そして海外から来たウイルスであっても、日本は住みやすいと居座ってしまいだらだらと感染が持続すればはしか排除は解消となってしまいます。

マスクや手を洗うことなどは感染症予防の基本中の基本で、はしかに対しても一定の効果はあるでしょう。しかし、はしかから身を守るためには、ワクチンを受けるのが一番です。はしかにかかったことがなく、一度もはしかのワクチンを受けたことのない方は、早めにワクチンを受けることをお勧めします。はしかにかからなければ、はしかによる肺炎にも、脳炎にも、中耳炎にも、角膜炎にもなることはありません。まだ1回しか接種していない方は、今の状況が落ち着いてからで良いので、忘れずにもう一度受けて頂ければ、そこから先のはしかの心配がなくなります。MRワクチンを使えば風疹の予防も強固になります。しかし今、1回接種を受けた方や心配性の2回接種の方、あるいはすでにはしかにかかったことのある50代以上の方々などがワクチンを求めて急に殺到しては、最も必要とされる0回接種の方、もっとも守るべき子どもたちへのワクチンがいきわたらなくなります。

10年前の流行に戻るようなことはあり得ませんが、流行が収まればワクチン接種など忘れてしまうということではなく、ふだんからの予防接種が大切です。多くの人がぜひ子どもの時の接種回数を含めて合計2回のワクチンを受けていただきたいと思います。それぞれの個人のために、地域のために、国全体、そして世界のために。ワクチン接種を受けてください。

まだ小さい子どもたちは、大人が守ってあげなくてはいけません。以前、成人した息子さんがはしかにかかって脳炎を起こし重い障害を残してしまったという事例がありましたが、子どもの時に定期接種を受けていませんでした。その親御さんは、「息子を守ってやれず、自分は親としての義務を果たしていなかった・・・」と小声で語っておられたのが印象に残っています。
予防接種を1回していてもはしかにかかることはまれにありますが、症状は格段に軽くなります。2回接種を受けているにもかかわらず、微熱が出たり軽い発疹が出たりする人もさらに稀にはいますが、ワクチンを全然受けていない人に比べれば、症状は比べようもなく軽く、ほかの人にうつすこともほとんどありません。
なお、もしはしかの人に接触したかもしれず、発熱や発疹が出た時には、診察前の最初の受付の段階、あるいは医療機関に行く前に電話で、医療機関に伝えてください。他の患者さんと少し離れた所で待っていただく、診察の順番を早める、別の場所で診察をするなど、早い発見、医療機関内での他の人への感染を防ぐ工夫が行われます。

火が広がらぬよう、ぼやのうちに消し止めなくてはいけません。
「マッチ1本火事の元! 火の用心、火の用心」です。

キーワード

関連記事