NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「日本経済 『雪の世界』からの転換」(視点・論点)

みずほ総合研究所チーフエコノミスト 高田 創

5月16日に発表された日本の2018年の1-3月期のGDP国内総生産は、▲0.6%と9四半期、2年3ケ月ぶりにマイナス成長に転じました。要因としては、GDPの半分以上を占める個人消費が、大雪の影響や野菜の高騰で、マイナスになったほか、企業の設備投資も、1年半ぶりにマイナスに転じたこと。また、輸出も、アジア向けの電子部品の需要が落ち込んだことから、大幅に鈍化したことなどが挙げられます。
実は日本だけでなく、2018年1-3月期の世界の経済は、2017年10-12月期の世界的高水準の回復と比べ、景気の減速感が世界各地にみられました。

s180521_01.jpg

世界のGDP成長率の推移を見てみると、中国は昨年末から横ばいで底堅さを維持したものの、日米欧はそろって大幅な低下になっているのがわかります。こうした状況はあくまでも一時的なものなのか、それとも長期にわたる景気回復に息切れの兆しが見えだしたのか、その判断が重要になってきています。
結論から言えば、現段階で、我々の認識は一時的調整という判断ですが、
今日はその理由と、日本と世界経済の現在の姿を考えてみたいと思います。
まず、なぜ、今日の世界的な景気の回復がつづいているのか。その背景を考えてみましょう。2017年までの世界経済の回復は、4つの項目に支えられてきました。

s180521_02.jpg

第1は、中国の景気回復。第2は、ITサイクル中心に製造業の回復。第3は、世界の経済政策が、金融一辺倒から財政重視の潮流に転じたこと。第4は、米国のアニマルスピリット=つまり企業家の野心的意欲の回復。以上の4つです。第1・第2の中国やITサイクルの拡大モーメンタムはやや鈍化が見られるものの底堅さを続けています。第3の経済政策も、米国中心に大幅な減税による財政支援が具体化し、第4の米国の設備投資も回復傾向が続いています。
こうした状況の下、米国の景気回復期間は今年2018年5月で107ヶ月目に入り、来年2019年7月には120ヶ月と戦後でもっとも長期の回復期間となる見込みです。同様に、日本も今年5月で66ヶ月目となり、来年1月に74ヶ月と戦後最長の景気回復期間が見込まれます。日米共に過熱感なき、長期の回復が続いています。その背景には、過去の深刻なバブル崩壊に伴う長期停滞からの回復過程にあって、設備投資を抑えた状況が続いたために、景気の過熱に伴う過剰ストックが生じにくいからと考えられます。日本の場合、1990年前後のバブル崩壊以降、失われた四半世紀からの回復という、長期の出口を模索する過程にあります。過去5年半のアベノミクスの成果とは「失われた四半世紀」からの雪解けと言ってもいいでしょう。

s180521_03.jpg

このグラフは日本とアメリカ、世界の株式市場の時価総額の推移を示すものです。1980年代は日本の株式市場の時価総額が世界全体の半分を占める、「ジャパン・アズ  No.1」の時代でした。しかし、平成元年、1989年を天井とした日本の株式市場を端緒としてバブル崩壊、バランスシート調整が生じ、その結果、日本は長期にわたる縮小均衡に陥ってしまいました。平成の時代以降、1990年代、2000年代と世界の株式市場は右肩上がりの上昇が続いたたなか、日本だけが隔絶された「雪の世界」、資産デフレ・超円高で、まるで「魔法」がかかったかのような状態にありました。
ここでの「雪の世界」とは資産デフレと超円高が同時に襲うような困難な状況です。資産デフレのなかでの企業の生き残り戦略とは、バランスシートに持たない経営で、資産も持たず負債も圧縮が続きました。同時に、超円高でも競争力を維持するために、コストや人件費を圧縮し、マージンも圧縮するリストラ経営が求められました。この、持たない経営とリストラ経営は、個別企業の生き残り戦略としては妥当であっても、全体が合わさると合成の誤謬でデフレスパイラルになってしまいます。こうした状況からの転換には、雪解けが続くとの確信が必要で、時間をかけたマインド転換が不可欠になります。

s180521_04.jpg

今日、「雪の世界」に閉ざされたマインドにも次第に改善の兆しが生じています。少なくとも、「夜明け」の兆しと言っていいでしょう。もちろん、1980年代のような「ジャパン・アズ  No.1」とされ日本だけが突出していた夢のような時代に戻るべくもありません。ただし、日本も長い「雪の世界」を経て、ようやく世界並みの成長トレンド、「普通の国」に戻ることへの認識が、今年2018年には広がりだしています。今日の株価上昇は、1980年代のようなバブルではなく、あくまでも「普通の国」に戻るまでの過程とみるべきでしょう。
日本は、バブル崩壊後に陥った「雪の世界」である「超円高・資産デフレ」を解決するため、アベノミクスの「3本の矢」の総力戦を、「異次元の金融緩和」主導で行ってきました。5年が経過し資産デフレと超円高は過去のものとなり、株式市場は1990年代前半の水準まで戻り「普通の国」に戻ったという意識がコンセンサスになってきています。実体経済においてもデフレギャップはインフレギャップに転じています。日本経済の景気回復期間も続き、先ほど申し上げましたように、2019年1月には戦後最長期間を展望するまでに至っています。雇用環境も失業率や有効求人倍率等、バブル崩壊以前の水準まで戻っています。まだ、「雪の世界」を引きずった「平成マインド」は残存するものの、「平時」への意識が次第に広がりつつあります。日銀の2%の物価目標の達成は視野に入らないものの、客観的状況がここまで改善したとの認識が共有化されてきました。
グローバル的にも、2018年は2008年のリーマン・ショックから10年の節目となり、10年近く引き摺った金融危機対応モードからの局面転換の様相も示しています。2018年は、グローバルにはポスト・リーマン・ショックの新たな資本市場。日本では平成以降、長らく続いたバブル崩壊後から次第に「平時」に戻る局面と、バブル崩壊後の「世界同時喪明け」が世界経済に底上げの意識をもたらしています。
中でも日本については、四半世紀続いた「雪の世界」からの雪解けの、「平時」、「普通」への状態への意識が生じだしたことに注目する必要があります。
一方、今日の日本を2つの大きな雲が覆ってしまっています。第1は国内要因、政権が不安定化したリスクです。海外投資家は日本人以上に政治的環境に神経質です。第2は、トランプ政権の通商問題への関心の高まりです。それは海外経済の不確実性を高めるに止まらず、日本にとって円高リスクとして直撃します。この2つの雲は、当面、晴れそうにありません。ただし、雲間の天気はまだいいだけに、過度に弱気になるのも禁物です。しかも日本企業の収益力、マインドも底流に底上げ改善の兆しが生じています。
「平成」の元号は2019年には新たなものになります。それは、長年続いた「雪の世界」のマインドセットを変える転機にもつながる可能性があります。
年後半にかけ、覆った雲から晴れ間がみえれば、日本経済への意識が一気に変わる可能性もあるでしょう。

キーワード

関連記事