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「憲法論議をどう考える② 三権のバランスの再調整を」(視点・論点)

京都大学 教授 曽我部 真裕

ここ数年、憲法改正に関する政治の動きが活発になってきています。特にこの1年間、自民党内部での検討が進み、今年の3月には4項目の条文イメージ案が公表されています。今後、事態が進み、衆参両議院でそれぞれ3分の2の多数で可決された場合には、国会によって憲法改正が国民に発議されたことになり、国民投票が行われることになります。
 つまり、憲法改正については、国民投票の機会に有権者一人ひとりの考え方が問われることになります。そこで、有権者としては憲法改正問題に関心を持ち、信頼できる情報を収集して判断をすることが求められます。また、メディアの側も、有権者の判断材料となる情報を責任をもって届けることがこれまで以上に求められています。

 しかし、今回お話したいことは、いま見たような憲法改正のことではなく、いわばもう一つの憲法問題についてです。皆さんは憲法というと、日本国憲法とかアメリカ合衆国憲法とかいったものを思い浮かべるのではないでしょうか。実は、憲法とはそれだけではないのです。

日本国憲法は、憲法の中でも憲法典と呼ばれます。

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国民主権、人権の尊重、平和主義といった国家の基本理念を定めるほか、国会、内閣、裁判所、地方自治といった政治の基本的な仕組みなどを定めています。ただ、憲法典に定められていることは大まかな部分だけですので、具体的な内容は憲法の下位にある法令によって定められます。国会法、内閣法、裁判所法、地方自治法などなど沢山あります。憲法典を具体化する法令も含めて、広い意味の憲法と呼ぶことができます。
 先ほどのような憲法典の改正論議とは別に、憲法論議といえば、このような広い意味での憲法のあり方についても今後議論を深める必要があると考えます。問題を一言で言えば、最近の官邸主導の政治のあり方を見直し、内閣、国会、裁判所その他の権力と権力の間のバランスを再調整する必要があるのではないか、ということです。権力と権力の間のバランスは、日本国憲法によって大まかに決められていますが、具体的には先ほど述べた広い意味での憲法である法令によって定められる部分が大きいのです。

 より具体的には、次の5つの論点をとりあげます。

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まず、官邸主導の政治のあり方をどのように考えるかということです。次に、官邸主導の政治に対して、国会はどのように向き合うかということです。第3に、裁判所をはじめとする独立機関の重要性、第4に、マイノリティの声を国政にどのように届けるか、第5に、これは少し別の問題になりますが、継続的に憲法論議を行う場を国政の舞台に用意する必要があるのではないかということです。

 官邸主導の政治のあり方をどのように考えるかということですが、知っておいて頂きたいことは、今のような官邸主導の政治は、平成時代の前半に、先ほど述べた広い意味での憲法、つまり法律レベルでの改革がなされた結果できあがったものだということです。右肩上がりの経済成長の時代が終わり、政治の役割が利益の分配から負担の分かち合いへとシフトしたことを受けて、官邸主導の強力なリーダーシップで構造改革を行うことが期待されたのです。そして、確かに、官邸主導の政治はかなり実現しましたが、消費税増税も含む財政再建など、必要ではありますが困難な仕事に正面から取り組む気配は見られません。このような現状は、リーダーの個人的資質によるものなのか、制度的な問題があるのか、検討が必要でしょう。この点については、日本ではほとんど毎年のように国政選挙が行われるため、目先の支持率を気にした短期的な政治になってしまっているという指摘があります。

 第2に、官邸主導が可能となる制度改革には必要性があったわけですが、他方で、権力の濫用のおそれも高まりますので、しっかりとブレーキをかける役割も必要です。その担い手としてまず考えられるのが国会です。特に、国会の中でも野党の役割が重要です。ところが、例えば国政調査権の一環としての証人喚問にしても、過半数の賛成がなければ決められない(しかも、慣行としては、全会一致が求められている)のが現状です。国会がブレーキ役としての役割を発揮するためには、野党議員が一定数集まって要求すれば国政調査権を発動できるといったような仕組みを検討する必要があるでしょう。このような野党の権利については、場合によっては憲法典を改正して規定を設けるという可能性もあるでしょう。

 第3に、独立機関の重要性についてです。民主主義のもとでは、政治の中心は選挙で選ばれた議員からなる国会や、国会で選ばれる内閣だということになります。その意味では、選挙で選ばれるわけではない裁判所、公共放送つまりNHK、日本銀行等々の独立機関は脇役ということにはなりますが、民主主義の暴走を防ぎ、あるいは民主主義が機能する前提を支える重要な役割を果たしています。近年、独立機関の独立性をないがしろにするような人事も見られますが、独立機関の独立性を保障するような制度を再構築する必要があるでしょう。

 第4に、少し話が変わりますが、マイノリティの声を国政にどのように届けるかということです。日本は依然として非常に同調圧力の強い社会で、LGBT等の性的マイノリティ、外国人、障害者等のマイノリティが差別、排除されやすいのが現状です。数の上ではマイノリティではありませんが、女性も同様の扱いを受けやすいといえます。国の政策や立法も、このようなマイノリティの声を十分に考慮されないで行われがちですので、マイノリティによる発言、問題提起が国政の場に届けるような回路を制度化することは重要な課題だと考えます。そのための方法は様々に考えられますが、たとえば女性の国会議員を増やすような制度整備のほか、一定の署名を集めれば国民が直接国会の法案を提出できる国民発案の導入も選択肢でしょう。なお、このような国民発案制度の導入には憲法改正が必要だと思われます。

 最後に、継続的に憲法論議を行う場を国政の舞台に用意する必要があるということです。民主政治の仕組みをよりよいものとするための努力は常に必要です。そのため、課題を発見し、専門家とも議論をして改革の提案をするといった恒常的な場を、たとえば国会の場に設けることが求められるのではないでしょうか。
 以上、簡単に見てきましたが、そこからもお分かりのように、具体的な課題を検討する中で、法律の改正ですむものもあれば、これまでの例では野党の権利保障とか国民発案のように、憲法改正が必要な、あるいはその方が望ましいような項目が出てきます。つまり、政治の仕組みを改革するための具体的な検討が憲法改正につながるというボトムアップの憲法論です。これに対して、これまで実際に行われている改憲論は、憲法典のレベルだけを念頭に置くいわばトップダウンの憲法論で、改正するとどうなるのかが分かりにくいと言われるのはそのためです。

今回は改憲論ではなく、広い意味での憲法論議についてお話をしましたが、憲法典そのものの改正提案もこのようなボトムアップの議論から生まれてくることが本来のあり方ではないでしょうか。

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