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「野球から見えるアメリカ」(視点・論点)

慶應義塾大学 教授 鈴木 透

 日本人選手の活躍で、大リーグに関心を持つようになった人も多いことでしょう。日本人選手の成績も気になりますが、これを機会に、野球がアメリカでなぜ国技としての大きな存在感を持っているのか、もう少し深く考えてみてはいかがでしょうか。というのは、野球のルールや発展の過程からは、この国の姿がより鮮明に見えてくるからです。そこで今日は、野球がアメリカの姿をどう体現してきたのか、テレビの大リーグ中継の画面の奥に広がっている世界を覗いてみたいと思います。

そもそも、野球のルールは、どのような点でアメリカ的だといえるのでしょうか。野球の大きな特徴は、メンバーチェンジに寛容なことです。同じ選手が最後までプレーすることよりも、代打、代走、リリーフ投手のように、状況に応じて次々に最適な人材を投入し、むしろ、成果の最大化を奨励するという競技理念は、他の競技にはあまり見られません。こうした特徴は、選手の技能の専門性を高めると同時に、特殊な才能があればより多くの人に多少とも活躍の場が与えられることを意味します。つまり、野球の根底には、資本主義的な生産の最大化と、能力に基づいた民主主義の精神の両方が流れているのです。
 このように野球の競技理念が資本主義と民主主義の両立の精神を反映しているのは、野球の成立過程と関係があります。野球が競技としての輪郭を整えたのは、十九世紀の後半から二十世紀初頭にかけてです。この時期のアメリカは、世界一の工業国へと躍り出た反面、自由放任主義経済の暴走によって深刻な社会危機に陥っていました。連邦政府による監視の目が緩かったため、談合や不正な価格設定が横行しました。一握りの巨大企業が市場を独占する一方、多くの事業者が市場への参入の機会さえ奪われて没落し、富の偏在によって極端な格差社会が出現していたのです。そのため、二十世紀初頭にかけて、アメリカは独占禁止法をはじめとする規制と改革の時代へと向かうのですが、こうした時代の潮流こそが、野球の重要なゆりかごとなりました。こうして、この国をリセットするための、資本主義と民主主義の両立を目指す精神が、野球という競技の特徴にも反映されていったのです。
 このように、野球のルールは、アメリカの再出発という、近代産業社会の歩みと密接に関係しているのですが、その一方では、この競技には近代スポーツ一般とは異なる、いわば反近代的ともいえる特徴も見られます。
例えば、サッカーでは、ゴールの大きさは決まっていますし、得点になるかどうかを決めるのはボールの行方です。ところが野球では、ストライクゾーンは打者の身長次第で広くも狭くもなりますし、ホームランを打っても打者がベースを踏み忘れれば得点になりません。つまり、野球では個人差を持つ人間が基準であって、物理的・客観的基準に統一するという発想が希薄なのです。実際、大リーグの球場も、それぞれ個性的です。

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ボストンのフェンウェイパークではレフトスタンドがなく、代わりにグリーンモンスターとよばれる高い壁がそびえています。

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サンフランシスコのAT&Tパークは、外野のライトのフェンスがまっすぐでなく、角張っています。

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また、シカゴのリグレーフィールドのように外野のフェンスにツタが絡まっている球場まであります。
ファウルゾーンの広さも球場によってまちまちです。近代スポーツでは、公平性を担保するためにフィールドの規格を統一するのが普通ですが、野球には、あえて固体差や不規則を容認するという、近代的な合理主義とはやや異なる精神も流れているのです。時間制限もなく、打者と投手との一騎打ちによって試合が成り立っているという特徴も、スピードや組織プレーの比重が高い他の多くの団体競技とは異なるものです。
このように野球には、資本主義と民主主義を両立させようとする近代産業社会の思惑とは異質な、前近代的ともいえる特徴が混在しています。いわば異なる二つの世界の特徴を併せ持つ競技が、アメリカでは国技になっているのです。この事実は、この国がどのような世界を切り開こうとしてきたのか、改めて考えさせてくれます。中世という時代を経験しないまま世界一の工業国にのし上がったアメリカは、近代社会の申し子のように見えて、実際には近代社会がそぎ落としていったものを近代と再接合するという、いわば異種混交的な世界を作り上げる発想を大切にしてきたのです。
このことは、野球と社会との関係にも表れています。近代スポーツのアマチュアリズムはスポーツをビジネスや政治から分離しようとしてきました。ところが、アメリカは、プロスポーツ大国の道を歩み、野球も巨大なビジネスとして一つの産業とも化しています。そして、スポーツイベントは、地域の活性化や人為的集団統合の手段としても活用され、いわばビジネスと地域の公共財が一体化したような存在ともなっています。スポーツを選手だけのものとするのではなく、むしろスポーツと外の世界という、異なる領域を積極的に結びつけて行くことで、スポーツの恩恵は、資本主義的な見地からも、民主主義の観点からも、より多くの人に及んでいるのです。
現に、スポーツと外の世界を積極的に結びつけてきたアメリカでは、スポーツが社会変革にも大きく貢献して来ました。その中でも、野球が果たしてきた役割は特筆に値します。アメリカの最も根深い社会問題の一つは人種問題ですが、その前進に重要な舞台を提供したのは実は野球なのです。
第二次世界大戦まで、大リーグは黒人選手を認めていませんでした。黒人たちは、ニグロリーグという黒人だけのプロ野球でプレーしていました。しかし、すでに国技としての地位を固めつつあった野球の根底に流れていた、資本主義と民主主義の両立の精神からすれば、黒人選手を締め出すのは正当化できないことでした。そして、1947年、大リーグはついに黒人選手に門戸を開き、ジャッキー・ロビンソンという選手が大リーグデビューを果たしました。

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観客や相手チームからの嫌がらせに耐えながら二塁手として活躍したロビンソンは新人王に輝き、人種隔離社会撤廃に向けた流れを作り出しました。
それは、連邦最高裁判所が公立学校での人種隔離を違憲と認定したのより、七年も前のことだったのです。

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現在では、ロビンソンがデビューした4月15日はジャッキー・ロビンソン・デイと呼ばれ、大リーグでは、その日だけは出場選手全員が彼の背番号42をつけるという慣わしになっています。人種隔離という不幸な過去を決して忘れてはならない、というメッセージを社会に対して発信し続ける装置としても、野球は機能しているのです。
このようにアメリカの野球は、資本主義と民主主義の両立の精神を担い、異なる世界を結びつけながら、現実の社会を変革する舞台になってきました。そこには、歴史は短いながらも、この国がどのように自分たちの国を作り上げてきたのかを垣間見ることができます。アメリカは、野球というスポーツに自らの価値観を刻みこみ、スポーツを国作りに応用するという実験をしてきました。

東京オリンピック・パラリンピックをひかえて、スポーツを社会の中でどのように位置づけていくべきか、日本でも改めて注目されつつありますが、アメリカの野球の事例は、スポーツがどのような可能性を秘めているかを考えるヒントにもなることでしょう。

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