NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「どうすすめる 男性の不妊症治療」(視点・論点)

順天堂大学 教授 辻村 晃

いま日本では少子化が問題となっています。今から45年前の1971年-1974年 には第2次ベビーブームとなり、1年間に200万人を超える出生数でしたが、最近ではその半数まで減少しています。合計特殊出生率も1975年に2.00を下回り、2003年は1.29まで低下しました。そのため、不妊症を含めた少子化対策は急務ととらえられています。特に不妊症については、約半数に男性側に原因因子があることが知られてきました。そこで、実際に男性不妊症の診療に携わる者として、不妊症の現状と治療についてお話します。

世界保健機構(WHO)は、避妊をしない通常の性行為を12ヶ月以上行ったにもかかわらず自然妊娠に至らない場合を不妊症とし、逆に12ヶ月以内に約85%の夫婦は自然妊娠にいたると報告しています。

一方、国立社会保障・人口問題研究所による調査では、不妊症の検査や治療を受けたことがある(または現在受けている)夫婦は日本で18.2%にもおよぶこと、すなわち、夫婦全体の5.5組に1組は不妊症の疑いがあるという統計結果が報告されています。

s180507_01.jpg

一般に、子孫を残し、種を保存することは生物としての自然の摂理であり、多くの夫婦は子どもをもつことを希望します。しかし、現実には多数の不妊症夫婦が存在することになります。もちろん、不妊症は生命に関わる疾患ではありませんが、子どもを希望する夫婦の悩みは深く、しばしば夫婦のみならず、その両親や親族を巻き込んだ重大な関心事となります。

日本では、不妊症といえば女性の問題のように受け取られる時代が長く続いてきました。しかし、現在では不妊症夫婦の約半数に男性側の原因因子が存在することが知られるようになり、徐々に男性不妊症に対する関心も高まってきました。男性側の因子により妊娠が困難になっているのであれば、その原因を突きとめ、治療したいと考えるのは当然のことだろうと思います。

一方で、体外受精、顕微授精という生殖補助医療も広く普及しました。
今日では、一精子を採卵で得た卵子に直接注入することで受精を完成させる顕微授精の技術が確立されました。

2015年に日本では約5万1000人が体外受精、顕微授精をはじめとする生殖補助医療により誕生しています。この数字は全出生児100万8000人の5.1%となり、これは実に約20人に1人に相当します。

s180507_02.jpg

 このことは、仮に精液中の精子数が少ない、あるいは精子の運動性が低下した状態であっても、わずかな精子さえ存在すれば、子どもをもつことが可能となったことを意味します。そのため精液中に精子を全く認めない、いわゆる無精子症以外の男性不妊症に対する治療は必要ないのではないかという議論さえ生まれてきました。

しかし顕微授精に対する長期的な安全性、遺伝性疾患の問題、治療に関する医療費、健康女性に対する排卵誘発、採卵のリスクや精神的倫理的問題などすべての事柄が解決されたわけではありません。また、夫婦にとって自然妊娠が理想であることも間違いないでしょう。生殖補助医療に基づく治療のみならず、男性不妊症に対する対応は極めて重要な医療テーマとして位置づけられています。近年、この男性不妊症という概念は医療現場だけでなく、一般社会でも注目されるようになってきました。ただ、まだまだ医療現場も成熟した段階ではありません。実際に男性不妊症の診療に携わる者として、医療の現場で感じるところを整理したいと思います。

まず、男性不妊症の概念が広まってはいますが、そういう経緯の中、実際の診療環境はその状況に対応できているでしょうか?

s180507_03.jpg

先進的な生殖医療に熟知した医師として日本生殖医学会が生殖医療専門医制度を2006年に発足させ、これまでに649名の専門医が認定されています。しかし、不妊症夫婦の約半数は男性側因子が原因であるにも関わらず、専門医のほとんどが産婦人科医であり、男性側因子を担当するべき泌尿器科医の割合は、わずか48名(7.4%)にすぎません。地域で見ますと北海道には1名のみ、九州にはひとりもいないという状況なのです。さらに泌尿器科という診療科の側面から見てみますと、日本泌尿器科学会正会員は8449名ですので、そのわずか0.6%が生殖医療を担当し得る専門知識を有している医師ということになります。
 もちろん、生殖医療専門医を取得していなくても、男性不妊症の診療に精通されておられる泌尿科医もおられますが、その数も極めて少数です。つまり、産婦人科で男性側因子の専門的な診療を必要とした場合、あるいは患者自身が男性不妊症に対する診療を希望した場合でも、その受け皿としての医療機関があまりにも少なく、どこを受診したらいいのがわからないというのが実情です。泌尿器癌に対する診療はもちろん重要ですが、男性不妊症に対応できる専門的な泌尿器科医を増やす働きかけも必要かと思います。

さて、男性不妊症の原因については、精子がうまく作れない造精機能障害、精子がうまく排出されない精路通過障害と最近、増加傾向の性機能障害に大別されますが、平成27年度の厚労省研究班による調査で、造精機能障害が80%以上を占めることが明らかとなっています。

s180507_04.jpg

さらに、その半数は原因が明確でない、いわゆる特発性の部類に入ります。 海外の多数例における研究成果から、過去数十年に渡り、精子数が減少していることが明らかとなっています。
同時に、精液所見は加齢とともに悪化することも事実です。最近の晩婚化の風潮を鑑みまして、私は結婚を控えた、あるいは新婚男性の精液所見に不安を感じました。そこで、これから結婚する、あるいは結婚後、これから積極的に子どもを希望する平均年齢35歳の男性564名の精液検査を、いわゆるブライダルチェックという形で、解析しました。
一般に、精液所見のパラメーターとしては、WHOが、精子濃度、1500万/ml以上、精子運動率、40%以上を推奨しています。

s180507_05.jpg

図にお示しいたします様に、私の解析では、精子濃度が1500万/mlに達していない方が52名(9.2%)、精子運動率が40%に達していない方が60名(10.6%)おられ、さらにどちらか一方が基準値に到達していない方で検討すると97名(17.2%)にもおよぶことが明確になりました。この数値はこれから子どもを希望する男性の6人に1人はすでに精液所見が悪化していることを意味していることになります。これから子どもを希望する男性の中に、WHO基準値にも到達しない方がすでにこれほど多数存在する事実こそが周知されるべき重要な情報だろうと考えています。また、これらの傾向には食事や生活習慣の悪化、晩婚化などが関連しているものと推測されます。
男性不妊症に関する正しい知識に基づいた啓発活動を行政が中心となって行うことで、より一層、男性不妊症に対する理解が深まるものと思います。一方、診療の機会が増えることを想定して、男性不妊症に対応できる専門医の育成は医療業界における責務です。
これらの対応により、男性不妊症が一般社会でより身近な問題と位置付けられ、さらには妊活の開始や生活習慣の改善など、若い時期から取り組む機運が高まることで、少子化対策につながることを期待したいと思います。

キーワード

関連記事