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「イスラエル建国70年とパレスチナ問題」(視点・論点)

防衛大学校 名誉教授 立山 良司

 パレスチナをめぐるユダヤ人とパレスチナ・アラブ人の対立は、1世紀以上に及んでいます。このため双方のカレンダーは、沢山の記念日で埋まられています。多くの記念日は、一方にとって祝日ですが、他方にとっては苦しみや怒りを象徴する日です。
イスラエルの独立記念日はその最たるものでしょう。

イスラエルは70年前の1948年5月14日に独立を宣言しました。イスラエルはユダヤ歴で独立記念日を祝うため、今年は4月18日から19日にかけて、記念の行事が行われました。
 しかしパレスチナ人から見れば、イスラエルの独立によって、パレスチナ社会は崩壊し、多くの人が難民となりました。このためパレスチナ人はイスラエルが独立を宣言した翌日の5月15日を、アラビア語で「大破局」や「大惨事」を意味する「ナクバ」の日として記憶し、自分たちの苦しみを再確認しています。

 さらに今年は、新しい問題が加わりました。イスラエル独立70周年に合わせて、アメリカが5月に、イスラエルにあるアメリカ大使館をテルアビブからエルサレムに移転することを計画しているからです。トランプ大統領は4月18日、イスラエルの独立記念日を祝福するメッセージとともに、「大使館のエルサレム移転を楽しみにしている」とツイッターに書き込みました。
イスラエルはこの移転計画を大歓迎していますが、パレスチナ側は「国際法違反」と強く反発しています。

 パレスチナ側の怒りを反映し、ガザ地区では3月30日に住民の大規模な抗議集会が開かれました。この時、イスラエル軍の発砲により、少なくともパレスチナ人16人が死亡し、1400人以上が負傷しました。
ガザ地区は2007年以来、すでに10年以上もイスラエルによって封鎖されています。集会は封鎖に抗議するとともに、パレスチナ難民の帰還実現を求めたもので、主催者は「ナクバ」の日、つまり5月15日まで集会を続けると宣言しています。
 実際、最初の集会があった日がイスラム教の礼拝日に当たる金曜日だったため、それ以降、金曜日ごとに抗議行動が行われ、すでに合計で30人以上の死者が出ています。
 
 このように今年はパレスチナ問題にとって大きな節目の年です。しかし、和平プロセスをめぐる状況は、ここ数年で大きく変わりました。
かつてアラブ諸国は、パレスチナの解放を「アラブの大義」と位置づけ、イスラエルと対決してきました。しかし今や、主要なアラブ諸国は、むしろイスラエルとの関係拡大に熱心です。

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サウジアラビアのムハンマド皇太子は、4月初めのインタビューで、「サウジアラビアとイスラエルは共通の利益を持っている」と述べ、さらにイスラエル国民はパレスチナ人と同様に、土地に対する権利を有している、とイスラエルにきわめて好意的な姿勢を示しました。
 サウジアラビアなどがイスラエルに急接近している要因は、中東情勢の変化です。オバマ政権時代から、アメリカは中東への関与を弱めています。トランプ政権は最近、化学兵器の使用を理由にシリアを軍事攻撃しましたが、限定的な作戦で、中東からむしろ撤退しつつあります。
その結果、中東地域には力の空白が生じ、その空白を利用して、イランが影響力を強めているという懸念が、アラブ諸国とイスラエルの両方で強まっています。つまりサウジアラビアなどとイスラエルは、イランという共通の脅威に対抗するため、水面下で安全保障上の協力を拡大しています。

 和平プロセスをめぐるもう一つの変化は、イスラエルのユダヤ人も、占領下に住むパレスチナ人も、いずれも和平への期待を失ってしまったことです。現在の和平プロセスは1993年に結ばれたパレスチナ暫定自治合意、通称、オスロ合意に基づいています。しかし25年を経て、和平プロセスはすでに破たんしたと見られています。

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昨年12月に、イスラエルのユダヤ人と、占領地のパレスチナ人の両方を対象に実施された世論調査結果によれば、イスラエルとパレスチナ国家との共存を目指す二国家解決案に関し、パレスチナ人、ユダヤ人ともに賛成と反対がほぼ同数で、大差はありません。さらに二国家解決案の実現可能性については、両方の社会で「もはや不可能」という回答が多く、しかもパレスチナ人の場合、60%が悲観的な見方をしています。
オスロ合意以降の和平プロセスが破たんした背景には、暴力の応酬や相互不信、入植活動の継続、パレスチナ側の分裂など、さまざまな理由が指摘できます。トランプ大統領のエルサレム政策が象徴しているように、アメリカがずっとイスラエル寄りの姿勢をとってきたことも、破たんの一因です。

ではパレスチナ問題の将来はどうなるのでしょうか。最近、改めて問われているのが、ヨルダン川西岸とガザ地区を含む、イスラエルのすべての支配地域における、ユダヤ人とパレスチナ人の人口バランスです。

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このグラフはパレスチナ中央統計局が2015年に発表した、二つの民族の人口推移の予測を示しています。これによれば、2016年まではユダヤ人がパレスチナ人を上回っていました。しかし、2017年にはほとんど同数となり、2018年以降はパレスチナ人の人口がユダヤ人を上回り、しかもその差が次第に広がると予想されています。
今年3月、占領地行政を担当しているイスラエル軍当局がこのデータをもとに、人口数ではすでにパレスチナ人がユダヤ人を上回っていると報告し、議論となりました。特に右派政党は、パレスチナ中央統計局の数字は、信用できないとして、軍の報告を批判しました。
しかしパレスチナ社会の方が、人口増加率が高いことはよく知られた事実です。伝統的に子供が多いことに加え、「いずれユダヤ人人口を上回ろう」という意識がパレスチナ社会全体にかなり広く行きわたっています。
「産めよ、増やせよ、地に満ちよ」という言葉はもともと、ユダヤ教の聖典である旧約聖書の言葉ですが、パレスチナ人がこの戦略を実践してきたわけです。

宗教上、あるいは民族主義的なイデオロギーに基づき、占領地からの撤退に反対し、入植活動を推進してきた右派政党は、イスラエルの支配地域で、ユダヤ人が少数派に転落するという予測を、決して認めたくないようです。この予測の正否は別にしても、約470万人のパレスチナ人がすでに50年以上にわたって占領下に置かれていることは事実です。
特にガザ地区では、200万人近いパレスチナ人が10年以上も封鎖状態に置かれています。今年3月に行われた調査では、ガザ地区住民の回答者の45%が、もし機会があれば外国に移住したいと答えています。

イスラエルはこの70年間で素晴らしい発展を遂げてきました。ハイテク技術は世界をリードし、多くの日本企業がイスラエル企業と提携しています。その一方で、パレスチナ人の苦しみの象徴である「ナクバ」もまた、70周年を迎えています。二国家解決案に基づく和平実現の可能性が遠のく中、パレスチナ問題は今後、人口問題を焦点に新しい展開をしていくように思われます。


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