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「自動運転死亡事故の波紋」(視点・論点)

自動車評論家 国沢 光宏

アメリカで自動運転中の死亡事故が相次いで2件発生しました。いずれの事故も自動運転の実用化に大きな波紋を投げかけています。最初に発生したのは「ライドシェア」と呼ばれる、海外で普及している民間タクシーの実証試験中の事故でした。2番目の事故は、自動運転機能付きの電気自動車が高速道路の分離帯に巡航速度のまま激突しています。

まず、最初のライドシェア車の事故から状況を見てみましょう。事故を起こしたライドシェア車の場合、基本的にハンドル操作もブレーキ操作も不要。目的地を入力してやれば、全て車両側で自動運転するシステムです。
 国内では日産自動車が横浜の『みなとみらい』地区で実証実験を行っており、私も試乗する機会を得ました。スマートフォンで呼び出すと自動運転車が回送されてきます。乗り込むと自動音声でシートベルト着用を促され、着用すると自動的に動き始め、目的地に到着します。この自動運転車は本来なら無人運転が可能ですが、日本でもアメリカでも法律で認められておらず、実証試験中は運転免許を持ったドライバーを運転席に座らせていなければなりません。事故を起こしたライドシェア車も、ドライバーが乗っている状況での自動運転中だったようです。
 事故の後、動画が地元警察により公開されています。車両前方の様子と、監視のため運転席に座っていたドライバーの様子を記録していたものでした。
被害者は車両の左側から自転車を押しながら道路を歩いて渡ろうとしており、そこに減速することなくライドシェア車が突っ込み、事故になります。
 監視のために乗っていたドライバーは下を見ており、前方の確認をしていません。車両の情報を見ると、制限速度時速56kmの区間を61km/hで走行しており、衝突するまで減速していないことが解っています。つまり自動運転車は前方を横切る歩行者を探知出来ていなかったということです。
 歩行者の探知は難しいことでしょうか? ライドシェア車に付いていた前方を探知するセンサーは大きく分けて三つあります。

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人間の目と同じ情報が入ってくる「カメラ」と、電波を発して前方の障害物を検知する「レーダー」。そして最も重要な役割を果たすのは屋根の上に装備される高性能タイプの赤外線レーザースキャナーです。ライドシェア車はこの3つのセンサーで前方のあらゆる”物体”を検知し、適切に対応するシステムになっています。今回の場合、公開された動画を見ると、光学カメラは左側が少し暗いため能力的に探知出来るギリギリだったかもしれません。レーダー波は前方に向かっているため、横切る物体の認識能力という点で難しかったでしょう。しかし高機能型のレーザーなら完全に探知出来る状況でした。日産やトヨタもレーザーを使っており、開発担当者に聞いてみたところ「前方を横切る歩行者のような対象を探知するためのセンサーです。探知出来なかったということはないと考えています」。との事でした。
 レーザーは真っ暗でも探知能力は落ちません。映像を見る限り、レーザーの弱点である濃霧や豪雨という気象状況もなく、基本的に検知は容易だったでしょう。少なくともレーザーが「前方に何かある」という情報を出していたと思います。けれど自動運転のシステムは「大きな問題無し」と判定し、全く減速しませんでした。
 自動運転車でなければどうだったでしょうか? 公開された映像だと少し暗く見えるかもしれませんが、クルマに乗っている人なら解る通り、夜間の道路を自転車を押した人が渡ろうとしていれば発見出来ます。捜査を担当しているアメリカの警察も現場検証し、見えると評価しているといいます。
 また、アメリカでの制限速度56km区間といえば、基本的に人が車道を横切る可能性のある市街地。日本なら40km制限になる道路環境です。残念ながら自動運転車の運転席に座っていた人は衝突の直前まで前方を見ておらず、事故を回避出来ませんでした。
 今回の車両は本来なら無人運転も可能な『レベル4』と呼ばれる自動運転車で、運転の主体はクルマにあります。実証実験の次の段階で無人走行を行えるほど、高い技術レベルを投入されていた車両でした。本来なら絶対に起きないはずの事故だっただけに、関係者はショックを受けています。
 もう一つの事故は『レベル2』と呼ばれる自動運転の初期段階を採用した車種で、アクセルとブレーキ、ハンドル操作を自動で行ってくれます。レベル2は運転の主体がドライバーになります。最近急速に普及し始めた運転アシスト機能と言ってよいでしょう。日本車でも渋滞時で時速10km以下という条件で採用している車種が増えてきました。
 車速10km以下なら自動ブレーキと組み合わせることにより事故を未然に防げますが、事故を起こした電気自動車は100km以上でハンドルを自動操作出来る機能を付けています。高い速度域になると常時監視していても、車両が異常を起こし時、すぐ立て直せないこともあるでしょう。
 今回発生した事故も自動運転車がコースを逸脱し、分離帯に衝突していますが、ドライバーは直前まで車両を信頼していたことでしょう。通勤で使っていた道路ということで、おそらくリラックスしていたと思います。100km出ていれば1秒間に27m進みます。危険を察知してから対応しても遅かったかもしれません。
 こういった状況を見て解ることは、簡易型の自動運転も、完全自動運転が可能な高機能型の自動運転も、まだまだ大きな課題を抱えているということだと思います。参考までに紹介しておくと、ライドシェアの事故も電気自動車の事故もドライバーの過失と言うことになりそうですが、ハンドルから手を離して良いという技術を採用していることを考えれば釈然としません。
  皆さんも一緒に考えて頂きたいと思います。事故を起こした車両は、遠からず乗員もいない状況で実証試験が始まることでしょう。事故を起こしても原因は機械になり、誰も罪の意識を持たなくなるということです。もちろん保険などは支払われ、被害者の金銭面での保証はキチンと受けられます。それでいいのでしょうか?
 今回の事故でアメリカでも様々な意見が出ているようです。こういった事故があっても「全体の事故率を減らせるのなら良い」という人もいれば「とんでもない!」という人もいます。やがて「人工知能が人の命を奪い、誰も精神的な痛みを感じない」という状況になっていくのでしょうか? この事故、自動運転に与える影響は小さくないと思います。
 今回の事故で一般道の無人運用は大きな制限を加えられ、難しくなるかもしれません。しかし、自動運転は無理かと言えば、私はそうでもないと考えます。例えば今、飛行機会社とIT企業は、空港内での自動運転車の運用を計画しています。ターミナルからエプロンに駐機している飛行機までの間なら、歩行者もいないため危険性は薄いでしょう。
また、鉄道の廃線を道路にしている専用道路のバスのような形態なら安全性を確保出来るため実現出来るかもしれません。自動運転という技術は、安全を確保出来る状況から実用化していくというのが適切だと思います。

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