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「高齢者の食べる力を守るには」(視点・論点)

大妻女子大学 教授 川口 美喜子

私は、東京の大学で未来の栄養士・管理栄養士を育てていますが、その合間に新宿区にある高齢者が約54%を占める団地、都営戸山ハイツでボランティア活動を行っています。予約なしに無料で医療や健康、暮らしの相談ができる拠点「暮らしの保健室」で週に一度行っているお昼ご飯の提供と栄養相談です。そこで驚いたのは、地域を見渡した時、「栄養・食事不良難民」があふれている事です。

「栄養・食事不良難民」とは、私が名付けたのですが、フレイルつまり体が弱かったり、がんに伴う食に問題を抱えたりしている孤立者と高齢者集団のことです。
ある70代の一人暮らしの男性は、妻を亡くした寂しさから、食事抜きや食欲低下のために何度か重い脱水症状になった方もいらっしゃいました。

何の問題もなく食べられている時は、予防が必要などと考えないかもしれません。しかし、食べられなくなることは「歩けない」「認知できない」など様々な負の連鎖を招く危険性が高まるため心配です。
そして、病気や老化の影響で、例外なくほとんどすべての人に「食べられない」ことで困るタイミングがやってきます。そうすると、生活の楽しみを失うばかりか、いのちに関わる危険もあります。不本意に「食べる」ことをあきらめ、人生を終える人が少なくないのです。

この状況を変えたいと、超高齢化社会に向けて、高齢者のための栄養について考えるようになりました。出来るだけ寝たきりにならないために、介護が必要になっても住み慣れた地域で暮らしていけるために必要なのは、食事指導です。どんな食事をとるのがよいのか、栄養の基礎知識と食べ方、十分に食べるための工夫など、「食べる」には、食べ続けるために少しの知識と努力が必要だと思います。私自身が還暦を迎え、老後と介護を身近に感じはじめた今、大切な人を送ることも多くなり、食べることの大切さがより一層、身に染みるようになりました。それは、本人だけではなく共に時間を過ごす者にとっても貴重な心に残る時間だと思うからです。

そもそも、「高齢者の食」と身近に向き合うようになったのは、あるきっかけがありました。
それは、かつて、故郷島根大学医学部付属病院に勤務していた時の経験です。当時は、栄養治療室に勤務し、がん患者の緩和ケアの栄養支援に力を入れていました。「食べること」を最期まで諦めなかった、40代の女性患者さんのことが忘れられません。ある春の日、大腸ガンを患った彼女が、食が細くなったと悩んでいると伺い、ベッドサイドに訪問しました。その時、既に、夏を越すことは難しいと告知を受けていました。彼女は、「管理栄養士の私に何を望まれますか」と声を掛けると、「私には19歳と20歳の娘がいます。娘たちとお別れをする時には、綺麗な最期を迎えさせてください。」とおっしゃいました。食欲不振の時には栄養剤も進め、食事摂取を支援しました。越せないと言われた夏になりました。大好きだとおっしゃっていた打ち上げ花火を病院の窓から見ることができました。

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この日の夕食は、松花堂弁当を提供し、打ち上げ花火に似せた酢の物を添えました。お弁当を見る彼女の笑顔は、今でも忘れることはありません。
また、肝臓がん告知後に大好きだった酒を一滴も飲んでいない緩和ケア病棟の患者さんに酒ゼリーをお出ししたこともありました。美味しい物を食べるときの笑顔、それが患者さんの生きる力につながることを、いつも患者さんに教えて頂きました。
そして、患者さんに寄り添った食を通して大切な事を託されたと思っています。

病院栄養士としての患者さんと家族を支えた体験を元に食べることの尊さを感じてきたのです。では、食べる力は、どうやって保てばいいのでしょうか。
まず元気なうちから「食べる」セルフケアに取り組むことです。
また食べ方に対する誤解が「食べていない」を生んでいます。「高齢者になったら活動量が減るからあまり食べたくない」という誤解です。生活習慣病ではないのに「肉類や油物は控えた粗食が体にいい」「痩せた方が健康にいい」といった誤解もあります。高齢になると活動量が低下し、代謝量も減り、内臓も小さくなるので、食べる回数や量が減るのは自然のことのように思いがちですが、同時に消化吸収する機能が低下するので、適切に補わなければなりません。また、何かを口にしたこと、空腹を満たしたことで「ちゃんと食べている」と思っておられることもあります。「お腹いっぱい」と「しっかりと栄養が取れている」も違います。栄養不良は一見した体形だけでは分かりません。痩せていても、中肉中背に見えても、太っていても「栄養不良をおこしている」ことがあります。単純に「不足」のケースばかりでなく、ご飯やパンばかりを食べると言った特定の栄養が多すぎるケースやバランスがわるいことが問題となるケースもあります。

そこで、十分に食事がとれているか、偏りがないかを確認するための、チェックリストを見てみましょう。こちらの11項目です。

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ひとつでも「×」の項目がある場合は、その項目を「〇」にするための工夫を始めましょう。

栄養不良のひとつである低栄養は、健康な体を維持するための栄養が足りていない状態です。厚生労働省の調査では65歳以上で17.9%、80歳以上では2から3割が低栄養傾向という結果が出ています。栄養が不足すると、体力が落ちていく、高齢者の低栄養はいのちの危険を招く重大な問題です。「食べられない」は「飲めない」にも用心する必要があります。生野菜や果物、牛乳など水分と栄養を含む食品を十分に取れるように習慣をつけてください。卵焼きには卵と同等か、それ以上の千切りキャベツを混ぜて焼いてもよいでしょう。

さらに、もう一つ。「食べる」を弱らせない方法があります。それは「しゃべる」生活です。食べること、しゃべること、どちらも「口」を使ってすることです。どちらかに問題が起きると、引きずられるようにして一方も弱ってしまいます。「しゃべる」は、自分以外の人やものとのつながりがあって成り立つ行為です。
私自身は関わりのある方々が「しゃべる口」が閉ざされないように、食べること以外の話もして、ただ、寄り添い、耳を傾けています。
厚生労働省の出しているデーターによると近い将来、日本の高齢者の6人に1人、全体の40%が認知症になるとされています。認知症は誤解されることが多い症状です。暮らしの保健室で支援を必要としている方々と会食をし、対話をすると、支えてもらう人にも、人を支える力があると感じます。とにかくしっかりごはんを食べ、おしゃべりをしていると、そのような力が目覚めるのをまざまざと見るのです。
今、ご家族と共に「食べられない」で苦しんでいる方は、どうぞ家族だけで頑張らないでください。「食べること」の苦しみは、支えを求めていいことだと忘れないで。管理栄養士など、医療や介護の専門職とのつながりを持ち協力をしてもらって下さい。
楽しく食べ、しゃべれたら、そのとき人は必ず笑顔になります。
今日も、明日もたのしく食べ、しゃべって、どうか笑顔でお過ごしください。

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