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「習近平の経済政策と中国経済の行方」(視点・論点)

奈良県立大学特任教授 田中 修

昨年10月の中国共産党第19回党大会、同年12月の中央経済工作会議を経て、本年3月5日から20日にかけて、中国の国会にあたる全国人民代表大会(全人代)が開催され、習近平国家主席への権力集中が進むとともに、その経済思想、経済政策の方向性が明らかになってきました。今日はこのエッセンスを説明するとともに、中国経済の行方についてお話ししたいと思います。

まず、習近平国家主席の経済思想について、ご説明します。
昨年10月の19回党大会と今回の全人代で、党・国家の指導思想として、「習近平『新時代の中国の特色ある社会主義』思想」が新たに加わりました。また、昨年12月の中央経済工作会議では、その経済版である「習近平『中国の特色ある社会主義』経済思想」、以下は「習近平経済思想」と呼ぶことにしますが、この内容が明らかになりました。

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それによりますと、まず、中国経済は「新時代」に入ったとします。これは、中国経済がこれまでの高成長から、質の高い発展へと転換する段階に入ったことを意味しています。つまり、ここでは、成長率の高さはもはや重視されず、経済の質・効率の向上が優先されるのです。

経済の質の高い発展が重視されることになりますと、経済発展の原動力も従来とは変わってきます。習近平経済思想では、それは第1に、イノベーション、第2に、都市・農村、各地域、各産業、経済・社会などの「協調」、第3に、環境の重視(グリーン)、第4に、対外開放、第5に、発展の成果の全国民による「共有」の5つであり、これによって経済をけん引する考え方を、「新発展理念」と呼んでいます。これが習近平経済思想の核となります。

次に習近平経済思想が目指す目標ですが、これは3段階に分かれます。

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まず、第1段階の2020年までに、3つの難関を突破しなければならないとしています。これを「3大堅塁攻略戦」と呼びます。1つ目が、重大な経済リスクの防止・解消。これは、金融において政府や企業の債務をこれ以上増やさないことに重点が置かれています。2つ目が、農村における貧困の解消。3つ目が、環境対策。とくに、PM2.5を減らし、青空を取り戻すことに重点が置かれています。
 第2段階の2035年までに、現代化した経済システムを作り上げなければならないとしています。経済が発展するにつれ、国民のニーズは多様化・高度化していますが、経済システムがこれに追いついていません。そこで、産業システム・地域経済・市場メカニズム・政府の役割を一体として見直し、国民の需要にマッチした経済システムを新たに作り上げようというのです。この段階で、中流階層が拡大し、経済格差は顕著に縮小し、環境は回復されるとしています。
 第3段階の21世紀中葉には、トップレベルの経済力を持ち、国民全体の「共同富裕」が達成された、経済強国の建設を目指しています。

では、次に2018年の主要目標を見てみましょう。

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GDP成長率目標は、前年と同じく6.5%前後となりました。昨年は比較的高い成長を実現しましたが、これは輸出が好調だったことが大きく、内需を見ると、消費は今のところ安定していますが、投資は民間投資に余り力がなく、住宅市場の過熱が鎮静化すれば、今後不動産開発投資が落ちてくる可能性があります。
中国は2020年のGDPを2010年比で倍増するという目標を定めていますが、これまで高い成長を維持してきましたので、この目標を達成するには今後3年、年平均6.3%以上の成長があればいい計算となります。今は雇用状態も良いので、質の高い発展が重視されるときに、無理に高い成長を目指す必要はないのです。

消費者物価上昇率は、前年と同様3%前後となりました。物価は、今のところ落ち着いています。

雇用の目標では、都市の新規就業者は、昨年同様1100万人以上増やすとされています。2018年はなお、820万人の大学卒業生など多くの新規労働力が市場に参入し、加えて設備過剰業種のリストラにより、従業員の転職が続くと予想されています。他方で、サービス業が発展するに伴い、雇用の吸収力が高まっていますので、6.5%前後の経済成長でも雇用目標を実現できると考えられているのです。
都市登録失業率は、昨年同様4.5%以内でしたが、今年から新しく都市調査失業率5.5%以内という目標が加わりました。従来の失業率統計は、出稼ぎ農民がカウントされておらず、失業の実態を正しく反映していませんでした。そこで、李克強首相が農村戸籍者を含めた新しい失業統計の作成を命じ、今回目標として追加されることになったのです。
 
成長の質・効率の向上と債務比率の削減が重視されるようになったことに伴い、財政政策は景気刺激色が薄まりました。2018年度の財政赤字の対GDP比目標は、前年度の3%から2.6%と0.4ポイント引き下げられています。また、金融政策も、昨年同様景気に対して中立的に運営するとされています。

 他方、習近平指導部は、生産性と潜在的な成長力を高めるため、過剰設備の削減を強化していますが、2018年も、鉄鋼生産能力3000万トン前後、石炭生産能力1.5億トン以上を圧縮・削減し、30万キロワット以下の火力発電の生産能力を淘汰するとしています。また、過剰設備を抱え経営の成り立たない「ゾンビ企業」の破産・清算と再編を強化し、従業員の再就職と債務処理をしっかり行うとしています。

 さて、今年は改革・開放40周年です。李克強首相は、全人代での政府活動報告で、「改革・開放は、今後の中国の命運を決定するカギである」とし、改革・開放の強化を訴えました。政府活動報告には、国有企業改革、民営企業の発展支援、財産権の保護、財政・金融改革の項目が並べられています。また、対外開放でも、一般製造業・電信・医療・教育・高齢者ケア・新エネルギー自動車の分野での開放拡大、金融分野での外資の持ち株比率の規制緩和が掲げられています。
 
 このように、習近平国家主席は、21世紀中葉までの政策目標を3段階で示し、新発展理念を軸とした独自の経済思想を明らかにしました。この目標の成否は、昨年以来の党規約と憲法改正によって飛躍的に高められた、習近平国家主席の政治的リーダシップが、真に構造調整・構造改革に向けられるかにかかっているといえるでしょう。
現在のところ、中国は自国の抱えるリスクをよく承知しており、着々と手を打っていますので、当面緩やかな成長の減速はあっても、直ちに経済がハードランディングに陥る可能性は乏しいと思われます。
しかし、中国は2020年代後半に本格的な高齢社会に突入します。早急にこれに対応した制度の設計・改革を進めておかないと、諸問題が噴出して、経済がゼロ成長に一気に落ち込む可能性もあります。残された時間はそれほど長くはなく、改革の加速が必要とされているのです。

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