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「刑事裁判記録は誰のものか」(視点・論点)

龍谷大学 教授 福島 至

この一年は、公文書の管理のあり方が、大きな注目を集めるようになりました。森友学園や加計学園に関する書類や、南スーダン派遣の自衛隊日報について、廃棄したとか、改ざんしたとか、頻繁に話題となりました。公文書をそのまま保管・保存し、それを市民に公開していくことが、民主主義社会にとって大切であることに、改めて気づかされました。
 森友学園などの件では、行政機関の文書管理のあり方が問題となりました。それでは、司法機関における文書管理はどうなっているのでしょうか。

司法機関が作成する文書の中心は、裁判の記録、すなわち訴訟記録です。訴訟記録には、訴訟の開始から終結までの手続きの記録や、証拠書類、言い渡された判決文など、多様なものが綴られています。
 裁判には、民事裁判と刑事裁判とがあります。どちらにも、訴訟記録の閲覧や保管・保存について、法令上の定めがあります。しかし、刑事の訴訟記録については、運用上や制度上の大きな問題があります。訴訟記録の閲覧がなかなか認められないという運用上の問題と、公文書として長く保存、利用していく制度が未整備であるという問題です。
 そこできょうは、刑事の訴訟記録の文書管理や公開のあり方について考えます。刑事裁判には、ロッキード事件やリクルート事件、オウム真理教事件など、政治的、社会的に重要な事件が少なくありません。それらの訴訟記録には、歴史的価値が高いものもあります。

 刑事訴訟法53条1項は、「何人も、被告事件の終結後、訴訟記録を閲覧することができる。但し、訴訟記録の保存又は裁判所若しくは検察庁の事務に支障のあるときは、この限りでない。」と定めています。

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この規定によって、誰もが、確定した刑事事件の訴訟記録を閲覧する権利があります。原則として閲覧は自由であり、例外的に閲覧が制限される形になっています。
 現行の刑事訴訟法は、日本国憲法の施行を踏まえて、1948年に全く新しい法律として成立しました。そのときに、アメリカ法の強い影響を受けて設けられたのが、刑事訴訟法53条です。当時国会で、政府は、「記録を必ず公開するという建前をとりまして、裁判の公正明朗を期待した」と、提案理由を説明しました。民主化を進め、裁判の公正さを確保するため、刑事訴訟の記録公開制度は生まれたのです。
 いまでは、一般的に、この制度の意義は、憲法82条の定める裁判の公開原則を拡げ、裁判の公正を担保し、かつ、裁判に対する市民の理解を深めることにあるとされています。そればかりではありません。この制度は、憲法21条から導かれる市民の知る権利の一内容としても、意義づけることができます。たとえば、総理の犯罪が裁かれたロッキード事件を例に、考えてみましょう。その訴訟記録を閲覧することは、ロッキード裁判が公正に行われたのかを点検する上で重要です。また、当時の政治がどのように歪められたのかなど、事件の内容そのものについても検証できるでしょう。訴訟記録の閲覧が、裁判の公開と知る権利に密接に関わる制度であることが、わかると思います。
 刑事訴訟法53条は設けられたものの、刑事事件が終結した後、訴訟記録をどの役所が保管するのか、また閲覧手続きをどうするのかなど、何も規定されませんでした。実は、記録の保管場所について、裁判所か検察庁か争いがあり、決着がつかなかったからです。
 結局、1988年になって、刑事確定訴訟記録法が成立し、保管場所を検察官とすることになりました。刑事確定訴訟記録法では、そのほか、閲覧を制限する場合がより具体的に規定されましたし、閲覧不許可処分に対する不服申立て制度などが整備されました。
 では、訴訟記録閲覧の実際は、どうなっているでしょうか。事件関係者以外からの閲覧請求は、原則不許可とされる傾向が強くなっているようです。最近の不服申立てのケースを見ると、検察官が一切を閲覧不許可とする例が珍しくありません。私の知人たちからも、同じような報告を聞いています。もっとも、法務省刑事局によれば、2015年には、全国で2万3千件弱の閲覧請求があり、そのほとんどは閲覧許可となっていました。一部もしくは全部不許可は、わずか190件でした。
 しかし、この数字は実態を示していません。その理由は二つあります。一つは、圧倒的多数は、保険会社による交通事件の閲覧請求です。問題にすべき例ではありません。二つは、検察庁窓口での規制です。たとえば、閲覧を請求しようとしたとき、窓口で全部閲覧できないと言われると、大抵の人はそこで諦めます。また、一部閲覧できないと言われると、その部分を除いた閲覧請求に修正します。そうなると、これらの場合は、閲覧不許可件数には計上されません。数字とは異なり、実態は、法の原則と例外が逆転していると思います。もちろん、プライバシー保護の観点から、部分的に閲覧制限されることはあるでしょう。しかし、訴訟記録は公の記録として、誰もが閲覧できると法は定めています。法の定めの通り運用されることを、強く望みます。

 さて、刑事確定訴訟記録の中でも、特に重要な訴訟記録と判断されるものは、さらに特別な扱いがされています。それが、刑事参考記録です。
 検察官が確定訴訟記録を保管しておかなければならない期間は、法で細かく定められています。例えば、死刑や無期懲役が確定した事件では、判決文は100年、それ以外の保管記録は50年となっています。保管期間を満了した後は、通常は、記録は廃棄されることになっています。
 しかし、学術研究上価値のあるものは国民の知的財産であり、簡単に廃棄してはいけません。そのため、刑事確定訴訟記録法9条1項は、「法務大臣は、・・・刑事法制及びその運用並びに犯罪に関する調査研究の重要な参考資料である」と判断したときは、その記録を、刑事参考記録として保存すると定めています。

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 ただ、ここにも問題があります。刑事参考記録の選定手続きは、法律には定められていません。その手続きは不透明です。重要な訴訟記録が間違いなく保存されているのか、不安です。また、刑事参考記録の一覧表は、公開されていません。一覧がわからなければ、利用は極めて不便です。さらに、刑事参考記録は各検察庁に保存されていますが、研究資料の保存場所として適当ではありません。国立公文書館が保存すべきものです。公文書等の管理に関する法律1条は、公文書等を「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源として、主権者である国民が主体的に利用し得るものである」と位置づけています。

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刑事参考記録についても、国民が主体的に利用できるように、制度を整備しなければなりません。

 森友学園の話に戻りましょう。学園の元理事長夫妻は、すでに起訴されています。いずれ刑事裁判が始まり、将来終結することでしょう。そうすると、その訴訟記録は刑事確定訴訟記録となります。刑事裁判記録は誰のものか。それを考えると、法の原則にしたがって、誰でもが閲覧できるようにすることが重要です。また将来的に、刑事参考記録に指定しなければなりません。その上で、最終的には国立公文書館に移管し、末長く国民共有の知的資源として生かしていくことが必要だと思います。

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