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「桜を守る新たな挑戦」(視点・論点)

公益財団法人 日本花の会主任研究員 和田 博幸

いよいよ本格的な桜の季節を迎えます。マスコミでは連日のように桜の話題が報道され、お花見を待ちわび、心躍る方も多いのではないでしょうか。
今日は桜をめぐる最近の動きと、桜の再生に向けた新たな挑戦についてお話ししたいと思います。

昨年のお花見が終了してからの一年間は、例年になく桜の話題が尽きなかったように思います。
まずは桜を枯らしてしまう害虫が話題となりました。

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この虫はクビアカツヤカミキリというカミキリムシの一種で、中国や朝鮮半島、台湾、ベトナムなどに分布し、日本には本来、生息していない種でしたが、2012年に名古屋市内の桜の木で、我が国で初めて発見され、それ以来、桜の幹を食害し立ち枯れさせる被害が出始めました。埼玉県、群馬県、東京都、大阪府、栃木県、そして、徳島県では桜だけではなく、サクラに近い種類の桃の果樹園でも被害が起こり、生産農家では大きな損害が出ました。いっこうに被害が収まらない状況から、クビアカツヤカミキリは、今年の一月に環境省から特定外来生物に指定されました。防除対策に乗り出し話題となったのが、徳島県立農林水産総合技術支援センターです。「日本のサクラ、桃を守る!クビアカツヤカミキリ撲滅プロジェクト」を立ち上げ、クラウドファンディングを活用して研究費を調達し、有効な防除対策を研究しています。研究成果により一刻も早く被害が収束することを期待しています。

明るい話題としては、新種のサクラが発見されたかもしれないということです。このサクラを発見したのは、国の機関である森林総合研究所を中心とする調査グループで、新種と思われるサクラは、紀伊半島南部の奈良、三重、和歌山の三県にまたがるおよそ南北に80km、東西には60kmの範囲に分布し、いままで地元では早咲きのヤマザクラとされていました。しかし、ヤマザクラに比べて開花時期が早く、花の淡紅色(たんこうしょく)が濃いこと、葉が細長く小型であることなどが明らかに異なり、未報告の野生分類群ではないかと発表しています。地域の名称に因んで、クマノザクラと学名を付け、論文が受理されれば約百年ぶりのサクラの新種発見となります。

このように桜の話題は事欠かないのですが、皆さんの最大の関心事は、染井吉野の開花ではないでしょうか。

開花日の予測は日本気象協会や民間の気象予報会社で発表されていますが、気象庁では実際の開花日を観測、記録して、気候の影響や季節の進み具合などを知る情報源にしています。
この観測データのことを生物季節観測といい、植物では梅や桜の開花した日、カエデやイチョウが紅葉した日などを観測しています。
近年、花の開花は全般的に早まり、紅葉は遅くなる傾向にあります。地球規模での気候変動にあって、気象の温暖化や都市のヒートアイランド現象が大きく影響していると思われます。
同様にこれらの変化に影響を受けている動植物や昆虫類がいくつもあって、例えば、沖縄県に自生するシマトネリコという樹木は、20年ほど前には東京では冬が寒すぎて、冬越しできなかったのですが、近年では都心のビルの周りなどで植えられ、問題なく冬を越し、問題なく育つようになりました。

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桜においては、開花が早まっていることはよく知られたことですが、このことを私は深刻に受け止めています。東京の都心部を例にとると、戦後の混乱が落ち着き、街を復興させる段階で公園や街路樹、集合住宅等が整備され、そのような社会情勢の中で復興の象徴ともなり得る染井吉野が植えられました。

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さらに1964年の東京オリンピックの前後にも植えられたものが多くあります。それらの染井吉野は樹齢が50年から70年を超したものもあり、今では見上げるほどの大木に育っています。それらの樹齢が増したことと近年の気象変化により、桜に衰えが目立ち始めてきました。
主な原因は根の張れる面積が道路や歩道で制限され少ないことに加え、夏場の気温の上昇、雨が少ないことによる土の乾燥、隣り合う桜同士の競合、さらには度重なる根元の工事等による根の切断で、このダメージを受け、そこに根を腐らせるキノコが繁殖して桜を弱らせています。

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写真はベッコウタケです。桜の根元近くで繁殖し内部を腐らせ、それが進行すると根元から倒伏する原因となります。また、近年は冬に予想もしない量の雪が降り、管理が行き届いていない桜は、太枝が折れるなどの障害も生じています。このままでは桜の名所といわれた所でも桜が衰弱し、花見客の期待を裏切ることになります。

一方で、このような桜の状態を打開して再生させようとする取り組みも始まりました。私が関係するところでは、台東区立隅田公園の桜再生があります。

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隅田公園は江戸時代から知られる桜の名所の流れをくみ、毎年多くの花見客で賑わいます。桜堤と隅田川の流れが織りなす風景は、東京の春を代表する景色といえます。
公園は1975年に東京都から台東区に管理が移管され、桜は1980年にまとめて植えられました。樹齢が40年を過ぎ、勢い良く育ったものが近年は衰弱傾向にあります。現在は約500本が生育します。
生育に厳しい気象変化とともに、桜の近くに植えられたクスノキなどの成長が旺盛な樹木の陰になり、桜の健全な生育を脅かす要因が増し、さらには枝がこぶ状に膨れるサクラ類増生病も拡大し、枝枯れを生じているものもあります。

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名所の再生に向けては、これらへの対応が喫緊の課題となっています。
そこで、隅田公園が百年先も桜の名所であり続けるために、今後桜をどのように健全に育てていくかを検討しました。公園の一部のエリアでは、この冬に桜の再生工事が行われました。先ずは衰弱した枝を若返らせるために剪定(せんてい)しました。私たちはこれを若返り剪定と呼んでいます。
若返り剪定だけではかえって桜の健全性を損ねることもあるので、硬く締まってしまった根元近くの土を専用の機械を使って軟らかくし、圧縮空気で明けた穴に肥料分を含む土壌改良剤を圧入し、根が健全に伸びられる環境を向上させました。

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この桜再生方法は、ある程度太くなった枝も切るので、枝の切り口から枝が腐ることも承知でやらなければなりません。この剪定は桜を元気にさせることと弱らせることが背中合わせの状況をつくります。いわば諸刃の剣です。この点では桜の再生は大きな覚悟と区民の理解を含む大英断を下さないといけないのです。その覚悟とは桜再生のための予算化、そして、これからも長く桜の状況を見続け、点検と検証を繰り返し、それに対する高度な対応が要求されます。この桜再生は20年がワンサイクルの先を見越した息の長い取り組みで、成功の鍵は、まずは環境変化が進む中で、広い範囲で桜が育つ環境を捉え、地域住民と行政、樹木医などが桜を見守る体制と協力をつくり、そして様々な英知を集約させることです。
決して桜だけにとらわれないことが大切です。
桜名所再生のチャレンジは百年先を見据えた新たな挑戦です。

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