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「日銀 黒田総裁2期目の課題」(視点・論点)

東短リサーチ チーフエコノミスト 加藤 出

3月20日に日本銀行の新体制がスタートしました。再任された黒田東彦総裁は、2人の新しい副総裁とともに、日本の金融政策をこれから5年間運営していくことになります。しかしながら、この2期目において、黒田総裁は数々の困難に直面する恐れがあります。5年前から始めた超金融緩和策の副作用が顕在化してくる可能性があるからです。

2013年4月に日銀は、物価上昇率、つまりインフレ率を、2年程度で目標の2%へ引き上げると宣言しました。国債などを空前のペースで買い上げ、金融市場に供給したお金の量であるマネタリーベースを2年で2倍の260兆円にすればそれが達成されると日銀は主張しました。
現在、日銀が市場に供給したお金の量は470兆円という凄まじい金額になっています。また、日本の10年国債の金利は、ゼロ%近辺という世界一低い水準に維持されています。金融機関が貸し借りしあっている短期の資金の金利はマイナスになっています。
それなのに、エネルギーと生鮮食品を除いたインフレ率は、僅か0.4%にとどまっています。インフレ率は依然として目標の2%からかなり遠い状態にあります。
日本経済は現在好調な状況にありますが、それは世界経済の力強い回復の恩恵を受けている面が実は非常に強いといえます。数年後に海外経済が失速したら、日本がそれに巻き込まれる可能性は高いといえます。

この5年の間に日銀は、インフレ目標達成時期の予想を6度も先送りしてきました。「もうちょっと続ければ2%に行くはず」と日銀は引き伸ばしてきましたが、この先もインフレ目標の達成は容易ではないと予想されます。

近年のアメリカの物価の状況と比較してみると、それが見えやすくなります。消費者物価を構成する品目は、おおよそ半分がモノで半分がサービスです。
モノ、とくに家電製品、コンピューター、家具、スポーツ用品、玩具などはアメリカでも毎年顕著な価格下落が起きています。グローバル化によって新興国で作られた製品がアメリカにもどんどん輸入されており、インターネットの電子商取引と、既存のデパートなど販売店との値下げ競争も激烈だからです。
それなのにアメリカでは、日本と異なって、インフレ率が2%に近いところにいます。なぜなら、アメリカでは、モノのデフレを打ち消すほど、サービス価格が大幅に上昇しているからです。

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こちらのグラフは、過去10年の主なサービス価格の変化を表しています。左がアメリカで、右が日本です。アメリカでは病院診察代や上下水道代が10年で70%前後も値上がりします。宅配便などの配送料は55%、大学授業料は50%、介護料金は37%、家賃は31%上昇しています。

それに対して日本のサービス価格は10年経っても僅かな上昇だったり、あるいは値下がりしたりしています。日銀が目指すインフレ2%を実現するには、日本でもアメリカのようにサービス価格が激しく上がっていく必要があります。しかし、それは生活コストの急上昇を意味します。それに耐えられるだけの所得の増加がなければ、多くの人々の生活は破綻してしまうでしょう。

このように考えると、日本でインフレ目標を達成するには、賃金が毎年しっかりと上昇していく必要があります。また、今の日本では年金生活の家庭もかなりの比率になっていますから、年金支給額の増加も必要になります。しかし、日銀が今の緩和策をもう少し続けると、それらが実現されるとは考えにくい状況にあります。様々な構造改革が必要といえます。

しかも、社会の高齢化や人口減少が、日銀の緩和策の効果を殺いでいます。お金を借りて消費や投資をする現役世代の人口が減っているため、日銀が金利を異常な水準に引き下げても景気刺激効果は限られています。高齢者は逆に預金金利の低下に不安を感じています。また、人口減少による先行きの国内市場の縮小や、将来の財政破綻懸念も人々を不安にさせ、消費や投資を抑えています。

2%というインフレ目標は5年前に政府と日銀が一緒に決めたものです。本来であれば、このタイミングで、その目標は適切であったか否かを議論すべきでしょう。しかし、今のところ、政府も日銀もそういった議論を行うつもりはないようです。では、日銀がこれからも超金融緩和策を続けると、どういった問題が起き得るでしょうか。

第一に、現在の日銀は緩和策の「アクセル」を床までめいっぱい踏み続けています。それによる超低金利環境が多くの金融機関の収益を深刻に悪化させています。この金利のままで、数年後に世界経済と一緒に日本経済が景気後退に陥ると、次の景気拡大期が来るまで日銀は金利を上げられなくなります。その場合、経営が危機的になる金融機関が増加し、経済におけるお金のめぐりがかえって悪化する恐れが出てきます。

第二に、今の日銀は異常に大量の国債を持っています。

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昔を振り返ってみますと、太平洋戦争終盤の1944年時点で、国民総生産、GNPに対する日銀保有国債額の比率は13%でした。当時の政府は軍事費を湯水のように使い、それによる財政赤字を日銀が国債を引き受けて穴埋めしていました。しかし、日銀が国債を持ち過ぎるとインフレが制御できなくなると心配されたため、日銀は引き受けた国債の多くを銀行や郵便局などに売却していました。

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それに対して、日銀が現在持っている国債のGNP比は80%という驚くべき水準に来ています。それでもインフレは2%に届いていないので、日銀はまだまだ国債を大量に買い続けるつもりでいます。

しかし、日銀が国債の発行金利をゼロ%近辺、またはマイナスに抑えつけると、政府の利息の支払い額は減少しますので、借金を増やすことに政府は抵抗感がなくなります。つまり、今の日銀の政策は、膨大な借金を抱える政府にとっては強い「痛み止め効果」を発揮する「モルヒネ」なのです。それによる感覚麻痺で、政府が財政再建を先送りしていくと、人々の財政への信認がどこかでプッつりと切れて、「悪いインフレ」が進み始める恐れがあります。

第三に、超低金利環境の長期化は、日本経済の新陳代謝をかえって遅くしてきたように思われます。金利が非常に低いと、低生産性の企業も生き残ることができます。競争力が弱い企業が市場から退出せず、低価格の製品やサービスを提供し続けると、競争力が強い企業の収益が圧迫され、賃上げはあまりすすみません。つまり、賃金や物価を押し上げようとしてきた日銀の超緩和策が、皮肉なことに、逆に物価を上がりにくくしているのです。

この4月1日は、日銀法改正から20周年となります。同法第2条は、日銀に対して「物価の安定を図る」ことを求めていますが、その最終目的は「国民経済の健全な発展」にあるとされています。現在の超金融緩和策は非常に短期的な視野でおこなわれています。それが、「国民経済の健全な発展」に本当に役立つのか、日銀はあらためて議論を行うべきでしょう。



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