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「北朝鮮『対話攻勢』の真意は」(視点・論点)

慶應義塾大学 准教授 礒﨑 敦仁

 4月末までに南北首脳会談、5月までに米朝首脳会談が開かれるとのことで、北朝鮮情勢は大きく動いています。昨年までの状況を想起しますと、一時的であれ戦争が回避されたことは歓迎すべきことです。
 しかし、問題は山積みです。南北首脳会談はともかく、米朝首脳会談は本当に開かれるのか、まだまだ不確定要素があります。

思い起こしますと、1994年には韓国のキム・ヨンサム大統領が平壌を訪問する予定でしたが、開催の2週間前にキム・イルソン主席が急死したことから、実現には至りませんでした。
その後、2000年にはキム・デジュン大統領が訪朝するとの電撃的な発表がありました。しかし、キム・ジョンイル国防委員長は、南北首脳会談の直前に突然中国を訪問し、まずは江沢民国家主席との間で首脳外交デビューを果たしたのでした。
 今回の対話局面は、今年元日のキム・ジョンウン委員長による「新年の辞」に始まったように見えますが、実際にはキム委員長自らが5年前に掲げた「経済建設と核武力建設の並進路線」という中長期的な戦略に基づいたものだといえます。経済建設と核開発を両方ともやる、というものですが、二つの目標を全く同時に進めるというものではありません。まずは核開発を急ぎ、核抑止力を確保したら、アメリカから攻撃を受けることもなくなるので経済建設に集中できる、という段階論的な考え方です。
昨年11月29日のICBM発射実験をもって核抑止力が完成したのだ、勝利したのだ、という政府声明が出されました。とりあえず抑止力の確保にめどがついたという政治的決断が下されたことになります。キム委員長の動静報道を見ましても、昨年9月下旬からは軍部隊への視察がぱたりと止んで、農場や工場への現地指導に集中するようになっていました。これからは経済建設を重視したい、という思いが明確に出ていたのです。
 制裁に影響されない経済を目指すということで、「自力更生」「自給自足」「自強力」といった用語が多用されていますが、経済成長の起爆剤も欲しいところです。そこで経済制裁を解除させ、経済協力を復活させるために、韓国への対話攻勢に出てきたと言えます。
しかし、経済制裁の解除にはアメリカの理解が必要です。体制の安全の保証を求める必要もあり、今回は韓国を通じてアメリカに対話メッセージを投げたことになります。その意味で、南北関係と米朝関係は経済と非核化という別個の課題を掲げながら、密接にリンケージして進められようとしています。
キム・ジョンウン政権による対話攻勢は、北朝鮮への制裁が効いているからだという議論も見られますが、それ以上に重要なのは、核を保有して「戦略的地位が向上した」のだという自信を持ったからこそ対話に出てきたということです。キム委員長の「新年の辞」では、一昨年まで全く触れられていなかった「制裁」について昨年は2回、今年は3回言及があったことから見ても、制裁の影響が出ていることは間違いありません。しかし、制裁が決定打になりえないのは、核抑止力を確保したという「勝利」宣言を出す前にその行動を止められなかったことからも明らかです。また、本当に制裁が有効ならば、行動面で明確な進展が見られていない今の段階でアメリカが首脳会談に応じる必要もありません。
南北合意の内容を見ても、北朝鮮側の主張自体に大きな変化は見られません。むしろ今回の変化は別のところにあります。
第一に、北朝鮮は非核化の問題については韓国を完全に無視してきましたが、今回はアメリカとの仲介役を担わせた、という点です。一貫して対話の重要性を訴え、キム・ジョンウン委員長の面子を潰すことを避けてきたムン・ジェイン政権を朝鮮半島問題の「運転席」に座らせ、花を持たせることで、アメリカや日本に対して対話がいかに重要か、ということを示したことになります。一方、中国に対しては、北朝鮮の党機関紙『労働新聞』を通じて名指しで批判したり、最近では「大国主義」だとして強い批判を繰り返しています。
第二に、トランプ大統領の態度の変化です。北朝鮮が掲げたのは核実験やミサイル発射実験の一時凍結程度であるにもかかわらず、トランプ大統領が実務会談を飛び越して首脳会談までゴーサインを出したことは、北朝鮮にとってもサプライズだったことでしょう。しかし、取引を好むトランプ政権の性格を分析しつくし、ある程度の勝算を見込んでいたことも間違いありません。北朝鮮としては、核を保有してこそアメリカと対等に駆け引きができると考えてきましたが、まさに今そのような状況が成り立ちつつあるのです。
これまで北朝鮮は、「朝鮮半島の非核化」を掲げてきました。北朝鮮が一方的に核を放棄するのではなく、アメリカにも核放棄を求め、在韓米軍を撤収すべきだという考え方です。しかしそれは現実離れしていますから、実際には平和協定の締結、国交正常化などを求めつつ、北朝鮮もアメリカに届くようなICBMの放棄などに取り組む姿勢を用意してきたように思います。
しかし、これらを小出しにしますと、結局は「時間稼ぎ」だとしてトランプ政権のいっそうの怒りを買い、情勢が再び悪化してしまう可能性についても北朝鮮は重々承知しているはずです。ですので北朝鮮は、今回が最後のチャンスと考え、大妥結に向けて体制永続化の装置をいかにつくっていくかについて踏み込んだ提案をしてくる可能性もあります。
これまで北朝鮮は、核兵器こそが自分を守るのだと信じて多大なコストと時間をかけて開発に邁進してきたわけですが、実際には核兵器がなくとも、日本や韓国というアメリカの同盟国が隣にある限り、日韓両国が人質となってしまうため、アメリカが北朝鮮に軍事攻撃を仕掛けることは難しいと考えるに至っているかもしれません。過度な期待は禁物ですが、トランプ大統領のアプローチ次第では、大きなパラダイムの変化が起きうるということです。
北朝鮮を批判することは誰にでもできます。非核化に向けた北朝鮮の真意を疑うことも簡単です。しかし、米韓がいずれも北朝鮮と対話によって向き合おうとしはじめたこの段階では、具体的な行動が見られれば、明るい将来があるのだというビジョンを示し、非核化に向けて前進させることが重要です。
わが国の政府は、拉致・核・ミサイルという三つの問題をパッケージにして解決することを目指してきました。いずれも米韓との十分な連携、情報共有無しでは進展しえないことです。しかし、核・ミサイル問題で決定的なカギを握っているのは米朝交渉であり、核を保有していない日本はそこにわが国の国益を滑り込ませることが重要です。
その意味では、警備面などで課題はあるものの、米朝首脳会談を日本で開催したらどうか、といった提案を検討することも必要でしょう。実現すれば日本は蚊帳の外から一気にプレイヤーの一員になることができます。
一方で拉致問題は、日本外交が独自で解決すべき問題です。北朝鮮に対しては、もう10年以上も制裁を掛け続けてきました。しかし、拉致被害者はこの15年間、一人も帰国を果たせていません。彼らを奪還するためには、理不尽であっても不愉快であっても北朝鮮と向き合うのだ、という政治的決断が必要であると考えます。

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