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「東日本大震災から7年(3) 原発事故集団訴訟と福島復興の課題」(視点・論点)

大阪市立大学 教授 除本 理史

 東日本大震災と福島原発事故の発生から、7年がたとうとしています。政府はこれまで、除染やインフラ整備などの復興政策を進めてきました。しかし依然として、被害が収束したとはいえません。その一方、昨年3月には避難者に対する仮設住宅の提供が終了するなど、賠償や支援策は打ち切られつつあります。
 こうした打ち切りの流れに納得できない被害者たちは、全国各地で集団訴訟の取り組みを進めています。提訴した原告の数は1万2000人を超えました。被害者たちはこれらの訴訟を通じて、国や東京電力の責任を追及するとともに、深刻な被害実態を明らかにし、損害賠償や環境の原状回復を行うよう求めています。
 さらに集団訴訟は、原告本人の救済にとどまらず、復興政策のあり方を転換していくこともめざしています。訴訟を提起した人たちが何を求めているのかを考えることで、福島復興の課題もみえてくるのです。

昨年から、集団訴訟の判決が相次いで出されています。初めての判決は、昨年3月に前橋地裁で言い渡されました。その後、9月の千葉地裁、10月の福島地裁、今年2月の東京地裁と続き、今月もさらに3つの判決が予定されています。
 これまでの4つの判決に共通するのは、東京電力の賠償基準にとらわれず、裁判所が独自に判断して損害を認定するという姿勢が貫かれていることです。現在の賠償基準は、国の紛争審査会が定める指針を受けて、東京電力が決めています。多くの被害者は、この賠償基準で和解をしています。
 しかし、加害者側が賠償の枠組みを決めていることから、さまざまな歪みも生じています。最大の問題点は、賠償基準が被害の実情を十分反映していないため、賠償から漏れてしまっている被害が少なくないということです。とくに、避難指示区域外の被害は、きちんと評価されておらず、被害実態からずれた賠償の格差が生み出されています。
 こうした事情から、賠償制度に対する不満が高まっています。

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福島県から新潟県に避難した人を対象に、新潟県が昨年10月~11月に実施したアンケート調査によると、賠償制度に不満を感じている人の割合は66%にのぼりました。そのうち、避難指示区域外の避難者だけをみると72%となり、とくに区域外で不満が強いことがわかります。

 集団訴訟の取り組みには、当事者が声をあげることで、こうした賠償制度の問題点を明らかにし、被害の実態を浮かびあがらせていくという意義があります。これについて、4つの判決はいずれも、現在の指針や賠償基準ではカバーされない被害があることを認め、賠償を命じました。
 たとえば、避難元のコミュニティが崩壊したことなどによる「ふるさとの喪失」は重大な被害ですが、現在の基準では慰謝料の対象外とされています。そこで、この被害に対する慰謝料が認められるかが、訴訟の大きな争点になっています。
 昨年9月の千葉地裁判決は、現在の賠償基準よりも広い範囲の原告に、「ふるさとの喪失」被害があることを認めました。南相馬市小高区の住民が起こした集団訴訟でも、今年2月の東京地裁判決は、さらに踏み込んで被害を認定しています。
 しかし、課題も多く残されています。とくに、避難指示区域外の賠償は非常に低額であり、原告の思いとは大きな隔たりがあります。

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たとえば、昨年10月に出された福島地裁の判決では、区域外の慰謝料は1人あたり1万円~16万円にとどまります。ただし、現在の賠償基準から外れている茨城県でも、一部地域で少額とはいえ賠償が認められたことは注目されてよいでしょう。
 いずれにせよ、現在の指針や基準では不十分とする裁判所の判断が続いており、この流れは今後の判決でも定着していくと考えられます。

 次に、今回の事故をめぐる国と東京電力の責任について述べたいと思います。「原子力損害の賠償に関する法律」は、原子力事業者の無過失責任を定めています。これは被害者の救済を図るために、故意・過失の立証を不要とする仕組みです。しかし、この制度によって、東京電力の責任に関する検証が不十分になってきたことも否定できません。
 昨年判決が出された3つの裁判では、この責任の検証が大きな論点になりました。

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国の責任は、千葉地裁が認めませんでしたが、前橋地裁と福島地裁はこれを認定しました。また、無過失責任の制度により、東京電力の賠償責任はいずれの裁判でも前提とされています。それにくわえて、前橋地裁と福島地裁の判決は、津波対策を行うべきだったのに怠ったという東京電力の対応の問題点を指摘しました。
 事故に至る事実関係と責任の究明は、それ自体が被害者にとって重要な意味をもちます。前橋地裁と福島地裁は、津波は予見可能であり事故は防ぐことができた、という判断を下しました。これは原告が待ち望んでいた言葉であり、国と東京電力の責任を明らかにすることは、「金目」ではない精神的な救済につながります。また、今回のような事故を二度と起こさないためにも、責任の検証は不可欠です。

 さらに、国の責任を明らかにすることは、復興政策の問題点を改善する方向に道をひらくことにもなります。現在の復興政策では、個人に直接届く支援策は遅れがちであり、ハード面のインフラ整備などの公共事業が優先される傾向があります。とくに福島では、除染という土木事業が大規模に実施されてきました。
 このような復興政策は、さまざまなアンバランスをもたらします。たとえば、復興政策の「恩恵」を受けやすい業種と、そうでない業種の格差があります。復興需要は建設業にかたより、雇用の面でも関連分野に求人が集中します。また、被災者の置かれた状況によっても、違いが出てきます。避難指示が解除されても、医療や教育などの回復が遅れているため、医療・介護ニーズが高い人や、子育て世代が戻れないという傾向がみられます。避難者が戻れないと、小売業のように地元住民を相手に商売をしていた事業者は、生業(なりわい)を再開するのが難しくなります。
 こうしたアンバランスを克服するためには、被災者それぞれの事情に応じたきめ細かな支援策が不可欠です。しかし、現在の復興政策は、この点で弱さを抱えています。
 復興政策を改善していくうえで、国と東京電力の責任解明が重要な意味をもちます。これは、戦後日本の公害問題を振り返れば明らかです。たとえば、四日市公害訴訟の原告はたった9人でした。しかし、裁判で加害企業の法的責任が明らかになったことから、1973年に公害健康被害補償法がつくられ、10万人以上の大気汚染被害者の救済が実現しました。
 このように公害・環境訴訟は、原告本人の救済だけでなく、それ以外の人たちにも適用される政策をつくりあげていく力にもなります。原発事故被害者の集団訴訟も、この経験に学び、国と東京電力の責任を踏まえた復興政策の見直しをめざしています。

 原発事故の被害はいまだ収束しておらず、復興期間の10年で問題が解決しないのは明らかです。各地の集団訴訟も、解決に至るにはまだ時間がかかるでしょう。その取り組みが復興政策の転換につながるのか、今後の展開が注目されます。



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