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「東日本大震災から7年(2) 被災者の声を活かした災害復興法学」(視点・論点)

弁護士 岡本 正

東日本大震災から7年が経過しました。いまなお「生活の再建」が道なかばであるのは、いったいどうしてなのでしょうか。それは、被災者を支援する「枠組み」はあっても、必ずしも「生活の再建」にとって十分ではない場合があるからです。
そこで、きょうは、被災者の声に応える、新たな法律や制度をつくることを目指す『災害復興法学』の必要性を考えたいと思います。

「災害復興法学」とはいったいどんなものでしょうか。
その役割は、4つに整理できます。

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1つめは、法律相談の事例から、被災者のニーズをあつめ、傾向や課題を分析することです。
2つめは、既存の制度や法律の課題を見つけて、法改正などの政策提言を実施することです。
3つめは、将来の災害に備えて、新たな制度が生まれる過程を記録し、政策の手法を伝承することです。これらを実行することで、これまでの課題を将来に引き継ぐことができます。
4つめは、災害時にそなえて、「生活再建制度の知識」を習得するための防災教育をおこなうことです。

こうした災害復興法学は、震災後1年間に弁護士らが実施した4万件以上の被災者の無料法律相談のとりまとめがきっかけで生まれました。
相談内容を分析すると、支援する法律はあるのに、被災者に知られていなかったり、利用しにくい点があったりして、十分な支援ができていないことがわかりました。このため、既存の法律や制度を改善するために、被災者に寄り添う立場の弁護士らが貢献すべきと考えられるようになりました。そこで誕生したのが、被災者の声から新しい制度を生み出し、残された課題を伝えることを目指す『災害復興法学』なのです。
では、被災者の声からどのような制度がつくられたのでしょうか。事例をいくつか見てみます。

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ひとつは、亡くなった方に、借金が多い場合などに、相続をしないようにする手続きである、「相続放棄」の申請期限の問題です。期限は、相続開始から3か月ですが、被災者からは「亡くなった家族の正確な財産がわからず、短い期間では放棄をすべきかどうか判断できない」という声が多くありました。これを受けて、相続放棄の期限を延長する法律が新たなに作られました。
また原子力発電所事故による、複雑な損害賠償問題を解決するには時間と負担がかかりすぎる、ということが弁護士への相談に寄せられていました。
解決のためには、裁判よりも、簡素で、迅速な、手続きが必要でした。これを受けて、「原子力損害賠償紛争解決センター」という、裁判によらず、和解をめざす紛争解決機関が、政府につくられました。
そして、被災者の抱える課題のなかでも一番重要なのが、住宅ローンが支払えなくなった被災者の問題です。

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図は、津波被害のあった宮城県沿岸部の95か所の避難所で、災害直後に実施された、約一千件の無料法律相談事例の分析結果です。
住宅ローンなどの支払いが困難になった被災者が、全体の約2割にも及んでいたことが明らかになりました。

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ところが、東日本大震災がおきたときには、効果的な支援制度はありませんでした。法的に破産手続をとることはできても、その結果、新たな借り入れができなくなるなど、生活再建へのデメリットが大きく、利用できない、という声が多くありました。
このような被災者の声と、それをまとめたデータをもとに、新しい解決の仕組みが提言されました。そして、2011年7月に、「個人債務者の私的整理に関するガイドライン」、通称「被災ローン減免制度」ができたのです。
この制度は、被災した債務者が金融機関と合意をすることで、公的な支援金や相当程度の現預金のほか、一定の資産を残したうえで、それを超える金額のローンを免除できる制度です。新たな借り入れができなくなるというデメリットもありません。
また、このガイドラインは、東日本大震災でのみ使える制度でしたが、その後も議論が重ねられ、2015年12月には、災害救助法が適用された自然災害に共通して利用できる「自然災害債務整理ガイドライン」ができあがりました。いわばバージョンアップした被災ローン減免制度の誕生です。ただ、被災ローン減免制度には、まだ課題も残っています。
せっかくできた「自然災害債務整理ガイドライン」ですが、法的な拘束力がありません。ですから、金融機関によっては、返済期限などの条件がおりあわずに、被災者との合意に至らないケースもあります。
また、内閣府中央防災会議では、首都直下地震では最大60万棟以上、南海トラフ地震では、最大200万棟以上の住宅が、全壊などの被害をうけると試算されました。このような大規模災害が発生すると、住宅ローンの支払いができなくなる被災者も大変多くなると見込まれます。現在のガイドラインは、金融機関と個人との交渉による対応しかできませんので、解決できる件数にも限界があります。
これらの課題をふまえると、金融機関の違いで不利益がでないよう、どこで災害が起きても、一定の要件で被災者の債務を減免できるように、法律上の拘束力があるしくみを、つくっておく必要があります。
そうした課題や提言を記録し、将来へ伝えることも、「災害復興法学」の役割なのです。
ここまでは、「災害復興法学」の柱の一つである、被災者のニーズの分析とそれを踏まえた制度改正の役割をみてきました。ここからは、もう一つの重要な役割、防災教育について考えていきたいと思います。
通常、防災教育といえば、災害直後に命を守るための訓練が連想されますし、それは最も重要なことです。

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いっぽうで、命を繋いだのちに、生活再建への希望を持てることも必要です。せっかくの支援の制度が、使われないまま、ということは避けるべきです。そこで、「生活再建の知識の備え」の習得を防災教育の段階から実施することが重要です。

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たとえば、被災して何から手を付ければよいかわからない、という場合であればこそ、住宅の被害認定が記載された「り災証明書」が発行される、ということを、知っておくことが重要です。被害の程度に応じて、支援金等を受け取ったり、公共料金等の「減額」や「免除」を受けたりすることができます。「り災証明書」を知っておくことは、再建への希望の第一歩となるのです。
住宅ローンを減免するための被災ローン減免制度、具体名は「自然災害債務整理ガイドライン」、こちらも速やかな相談のためには事前の知識が不可欠です。
自宅が、全壊した場合などに支給される「被災者生活再建支援金」や、災害で亡くなった方のご遺族に支払われる「災害弔慰金」など、生活再建に役立つ給付金があることを知れば、生活再建のプランも変わってくるはずです。

最後に、現在の被災地で見逃してはならない課題をお話します。法律上の支援である「被災者生活再建支援金」は、住宅が全壊や大規模半壊になった世帯への支援です。住宅が半壊や一部損壊の場合には、支援金は支払われません。被害認定の「線引き」で、いまなお自宅が修繕に至らない方々もいます。これも支援方法をより柔軟にするよう改善すべき分野といえます。
東日本大震災から7年が経過しましたが、「災害復興法学」の考え方を活かしながら、いまだからこそ出てくる、被災地の声に耳を傾け、必要な法律の見直しをすすめていく必要があるのではないでしょうか。

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