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「東日本大震災から7年(1) 福島の食の実態と風評被害」(視点・論点)

科学ジャーナリスト 松永 和紀

 東日本大震災とそれに伴う津波、福島第一原子力発電所事故から7年が経とうとしています。事故当時、原発から放射性物質が放出され、土壌や食品の汚染も起きました。それ以降、福島県だけでなく周辺の多くの自治体県でも、生産者が原発由来の放射性物質を含まない食品を作ってゆこうと努力を重ねています。
福島県でも、さまざまな取り組みが進んでおり、今では多くの食品で原発由来の放射性物質は検出されません。しかし、今なお福島県産の食品は安値になりがちで、風評被害が続いています。そうした中で、福島県はコメの検査内容の見直しを表明しました。どうして県がこのような決断をしたのか、消費者はどう受け止めたらよいのか、今日は考えてみたいと思います。

まず、福島県産の食品の実態です。
福島県産のコメ、野菜、海産物からは今、原発由来の放射性セシウムはほとんど検出されていません。とくに、コメは生産された全量が検査され、確認の上で出荷されており、99.99パーセント以上のコメから、放射性セシウムは検出されていません。

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食品から検出されない理由は、いくつもあります。
農業においては、まず第一に、放射性セシウムが土壌中の粘土鉱物に結合し離れにくく、植物が吸収しにくいためです。さらに、農家が国や県の指導の下、細かく注意しながら生産しています。海の魚も、放射性セシウムを排出しやすい性質を持っており、濃度は次第に下がり一般的な魚種では検出されなくなっています。
現在、基準値を超過する食品は、人が管理できない野生きのこや山菜、イノシシ、シカ肉などです。加えて、放射性セシウムを排出しづらいメカニズムを持つ淡水魚では、時折高い数値のものが見つかります。これらの種類の食品は、出荷規制がかけられ消費者の口には届きません。
しかし、消費者側には不安を抱える人がいます。

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被災地域や東京、大阪、愛知などの消費者を対象にした調査で、食品が福島産であれば購入をためらうと答える人たちが1割強います。東北全域をためらう人たちは3パーセント程度です。こうした消費者意識を背景に、福島県の産品の市場価格が、若干安めになることは多いのです。コメは事故以前、福島県産はおいしいと定評があり、スーパーマーケットでも産地名を表示した袋でたくさん売られていました。ところが今は、店で小売りされることは少なく、業務用のコメとなって、外食や中食業界で産地を表示しないまま提供されています。これも風評被害だと思います。
消費者の理解を深め風評被害を小さくしてゆこうと、国や県は、放射性セシウムを食品に入れないための生産管理の工夫や検査結果などの広報に力を入れています。その一方で、福島県は今月、重大な決定を下しました。それは、コメの全量全袋検査の見直しです。
この検査は2012年に始まりました。2011年3月に原発事故が起きましたが、福島県では原発の周辺エリアやとくに放射性物質の降下量が多かった地域を除いて、コメの作付けが行われました。その秋、できたコメの検査をしたところ、多くは問題なかったのですが、ごく一部で放射性セシウムの高い数値が出ました。
当時は、高い数値が出る理由が不明で、県は2012年から全量全袋検査をはじめました。コメを袋に入れてベルトコンベヤーに乗せて破壊せずに測定し数値を確認して出荷する仕組みです。コメ袋に特化して短時間で測定できる装置をメーカーが開発しました。
その後、栽培研究が大きく進展し、イネにカリウム肥料を多くやることで放射性セシウムの吸収を顕著に抑えられることがわかりました。また、農業機械を除染せずに使ったために、コメに放射性セシウムが移ってしまうケースなどもあることがわかり、対策が強化されました。努力は実を結び、この3年間、基準値超過はゼロで、99.99パーセント以上が非検出、という結果になっています。
こうしたことから、出ないことがわかっている検査を行っても意味がない、という議論が出てきました。また、検査を続けていると、わざわざ検査しなければならないほどまだ危険なのだ、という印象を与えてしまうのではないか、と考える流通関係者もいます。
検査にはお金もかかります。

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毎年、60億円近くがコメの検査に費やされ、現在は国と東京電力が負担しています。東京電力は国の経営支援を受けており、結局は私たちの税金が検査に使われている、と受け止める人たちもいます。
一方で、消費者の安心感には検査が必要という声も、農業団体や消費者団体等には強くあります。
県は、農家や流通関係者、消費者などさまざまな関係者を集めて意見を聞き、国との協議も重ねました。

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今のまま基準値超過がゼロという状況が続けば、最短で2020年産からは全量全袋検査を止めて、一部のコメを抽出して調べるモニタリング検査に移行する、と決めました。通算5年間、基準値超過ゼロを達成し、それを節目にしようということです。一方、原発事故後に避難を指示され、解除されて戻りコメの栽培を再開したばかりの地域は、手厚く全量全袋検査を行うなど、メリハリの効いた対策を講じるとのことです。
私も、関係者を集めた会議に呼ばれ意見を述べましたが、県内関係者の悩みをひしひしと感じました。もう安全だと言うことがわかっているのに、それが広く理解されないつらさがあります。生産県の誇りが大きく傷つけられてしまっています。全量全袋検査は、出荷するコメだけでなく、農家が自分で栽培し食べるコメも対象で、高齢の農家であっても検査所まで重いコメ袋を持って行き、また持ち帰って食べることになります。手間がかかり体への負担を訴える人も少なくありません。
一方で、すべての検査を行わないとなると、また消費者に風評被害が再燃するのではないか、という心配も尽きません。
問題は、福島県でここまで手厚く対策が講じられ、検査も実施されていることを知らない人が多いことだと思います。
東京大学等の調査では、福島県民の8割はコメの全量全袋検査を知っていますが、県民以外では6割の人が知りません。検査結果はインターネットで公開されています。福島県内では新聞が毎日、結果を掲載しています。しかし、日頃関心のない消費者には情報がなかなか届きません。食品は、他県産が豊富にあり、福島県産を避けても消費者にとっては不都合がないために、知らないままになってしまうのです。
私は、福島県内で関係者の方とお話しする機会に、必ず言ってきたことがあります。検査しているから安全です、とは言わないでください。検査結果は、皆さんの真摯な取り組みの結果に過ぎません。県内の生産者の皆さんが頑張って生産し、地域の方たち消費者が支えてきたことこそが尊く、それこそが安全の証なのですから、胸を張ってその取り組みを説明してください、とお願いし続けてきました。
もちろん、消費者が何を選ぶかは人それぞれに自由があります。しかし、知らずに避けることがどれほど福島県の人たちを傷つけているかに思いをはせてほしいのです。県は今後、放射性物質対策を引き続き行うとともに、農薬の適正使用や環境保全等、総合的な安全対策を強化します。よりわかりやすい情報提供や産地と消費者との交流会なども充実させるそうです。関心を持ち、応援してゆきたいと思います。

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