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「ナマコ的生き方」(視点・論点)

生物学者 本川 達雄

 本川達雄でございます。今日はこれの話しをしようと思います。

これ何だと思いますか。これはナマコ。私が40年間、研究してきたシカクナマコです。
 ナマコはウニやヒトデと同じ棘皮動物の仲間です。私が初めて実際に生活しているナマコに出会ったのは、沖縄でした。瀬底島の波打ちぎわに、ナマコがごろごろ転がっているんです。びっくりしました。
 私たちは食べ物としてのみナマコと付き合っています。
 ナマコの研究をしていますと言うと、決まったように「ナマコを初めて食べた人は勇気がありますね」と言われます。ちなみに、この台詞は「吾輩は猫ある」が初出だろうと思います。そのくらいナマコはグロテスクに見えるものなんですね。
 ナマコは見るからに変な動物です。なにせないない尽くし。感覚器官がない。つまり眼、耳、鼻、舌をもっていません。それになんと、心臓も脳もない。筋肉は、あるにはあるのですが、非常に少ないんです。これを見て下さい。

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 ナマコの輪切りです。ちょうど竹輪のような形をしていますね。竹輪の穴には水が詰まっており、そこに腸が浮いています。竹輪の身の部分、この白い部分が皮ですが、ぶ厚いでしょう。
ナマコの体の半分はこの皮が占めています。筋肉はというと、穴のへりをふちどるようについています。量は体重の1割以下。われわれの場合、筋肉が体の半分を占めており、皮など1割強ですから、まったく比率が違います。われわれは筋肉first、ナマコは皮firstと言ってもいいでしょう。
 こんなふうに、ナマコは普通にイメージする動物とは大いに違い、動物を特徴付けるものをほとんどもっていません。これでは動物学者でも興味の持ちようがないんですね。
 では私がなぜナマコに興味をもったかというと、なんでこんな動物らしくないものが生きてけるのかという疑問からです。
 ナマコは波打ち際転がっており、隠れてはいませんし、近づいても逃もしません。手にとっても暴れません。これではたちまち捕食者に食われてしまいそうなものです。ところがそうはなっていません。
 ナマコは食われないための仕掛けをもっています。一つは化学的なもの、毒です。もう一つは物理的なもの、これは皮です。
ナマコの毒はサポニンです。水中で最もアクティブな捕食者は魚ですが、サポニンは魚に対して強烈な毒として働きます。ただし人間が食べても大丈夫です。サポニンは喉のタンを切る薬や、朝鮮人参の有効成分として使われています。
ナマコのもう一つの防衛手段が、あの分厚い皮です。ふだんはそれほどではないのですが、この皮がものすごく硬くなって身を守ります。
 そのため、ナマコを食う魚はほとんどいません。
 ナマコの最大の敵は大形の巻貝です。ホラ貝やウズラガイにナマコは食われてしまいます。
これが、ウズラガイです。貝の仲間にはサポニンは効きません。この貝はナマコを丸呑みにしますので、皮を硬くしても無駄です。
 それでもナマコは逃げ伸びるんですね。
 ここにナマコがいますね。ウズラガイは匂いでナマコを感じ、体をうーんとのばして、ナマコの体全体を包み込み丸呑みにします。丸呑みですから、ナマコがいくら体を硬くしても無駄。
これで絶体絶命かというとそうではありません。ナマコは巧みに逃げ出すのです。
 ナマコは皮の一番外側を硬くします。
ナマコは硬い皮の筒の中に入った状態になります。そしてその硬くなった筒と内側との境目の皮を軟らかくして、中身の体をグッと縮めます。すると中身は硬い筒からバリッとはがれ、するりと抜け出すことができます。これは暴漢に襲われて着物をつかまれた時に、着物をさっと脱いで逃げていくやり方と同じです。
 ナマコは皮を硬くしたり、軟らかくしたりを瞬時にできます。皮の部位ごとに違った硬さにコントロールすることもできます。皮の中には神経が分布しており、皮の硬さを制御しています。
このような神経の支配を受けて硬さが変わる皮を、私はキャッチ結合組織と名づけました。ここではCCTと略しておきます。私はCCTの硬さ変化の分子機構、神経制御などを40年かけて研究し、CCTのすごさを、ほぼ独力で明らかにしてきました。
 ナマコはCCTを使って姿勢の維持も行っています。われわれの場合、手を挙げた姿勢を保つには筋肉を使いますね。挙げ続けている間中、筋肉を収縮させています。だからだんだん疲れてきて、手を上げ続けられなくなってしまいます。
 仮に手を挙げ、そこで腕や肩の皮がバリッとかたくなったらどうでしょう。筋肉を緩めても、手は上がりっぱなしになります。手をおろしたくなったら、皮を軟らかくすればいい。ナマコはこのやり方で姿勢を保っているのです。
 ナマコ流のやり方の良い点は、省エネにあります。筋肉を使う場合の1/100のエネルギーで姿勢を保てます。皮はあまりエネルギーを使いません。ナマコは、皮というエネルギーをあまり使わない組織ばかりで体ができており、筋肉や脳や感覚器官という、エネルギーをたくさん使う器官をもっていませんから、ナマコのエネルギー消費量はわずかなものです。すると、酸素もあまり使わないから、酸素と栄養を体じゅうにどんどん送り込んでいる、心臓や血管系がいらなくなり、ますます省エネになります。
ナマコは同じサイズのネズミとくらべ、エネルギー消費量は1/100以下です。他の無脊椎動物と比べても1/10。超省エネの動物がナマコなんですね。
 ナマコが何を食べているかごぞんじですか。砂です。もちろん砂は小さな石ですから、食べても栄養になりません。砂の表面に生えているバクテリアや、砂の間に交じっている生物の遺骸などが栄養になります。これらを砂ごとゴソッとすくって食べています。それにしてもきわめて栄養価の低い食べ物で、そもそも、ほかの動物は食べ物とは思わないものです。そんなもので生きていけるのは、なまこが超省エネの動物だからなんですね。
 ナマコは食べものの上に住んでいるんです。だから食う心配がありません。そして、ナマコはサポニンの毒と皮のおかげで、食われる心配もない。これって、まさに天国の生活でしょう。
 われわれ人間も、地上に天国をつくろうとしているのではないでしょうか。
 食う問題は農業により、ほぼ解決しました。
食われる方は、まず火や武器や家により、野獣に食われなくなりました。今は医療により、病原菌に食われないようにしています。
食う問題も、食われる問題も解決したのですが、これには大量のエネルギーが使われています。われわれはエネルギーの大量消費により、地上に天国を実現しようとしています。
 でも原発事故や温暖化を考えると、このやり方は疑問に思えてくるのですね。私には地獄への道に見えるのですが。
 ナマコのスゴサを、正岡子規はこんなふうに褒めています。
「世の中をかしこく暮らす海鼠哉(なまこ)」。
ナマコは賢い、頭がいい! 
でもナマコには脳がなかったなあ。


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