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「『時計』と『人』との5000年史」(視点・論点)

山口大学時間学研究所客員教授 織田 一朗

ピョンチャンオリンピックを観戦し、1/100秒や1/1000秒を争うたたかいに、ハラハラされた方も、多いのではないでしょうか。
 初期のアルペンスキーの計時では、ストップウオッチを持った計時員がゴールで待機して、タイムを測りました。しかし、数キロ離れたスタート地点で、スタートの合図に振る大きな旗を見て、スタートボタンを押すため、霧で旗が良く見えなかったり、厚い手袋でボタンを押し損ねたり、ということも結構あったようです。しかし、当時はそのような誤差やミスはつきものと考えられ、計時にも運が付きまとっていました。
ところが、最近は、競技中に経過時間がテレビ画面に表示され、金メダルが取れそうか否かまで分かるのですから、凄い変化です。この半世紀で、時計技術は急速に進化しました。
時計の歴史は5000~6000年になりますが、この間に時計はどのように進化し、人々の生活をどのように変えたのか、今日は最先端の時計技術を含めて、お話ししたいと思います。

人類初の時計は、太陽の光の影の位置で時刻を知る日時計でしたが、曇りの日や夜は見えないので、水時計、ろうそくなどの火時計など、さまざまな時計がつくられました。共通していることは、地球の自然環境にある、規則正しいリズムや、一定のテンポで量が変化する物質を活用して、時計に仕立てたことです。
時計ができたことで、人々が決まった時刻に集まって祈りをささげたり、市場を開いてモノを交換できるので、集団社会生活が促進されました。しかし、これらの時計には、使える環境に、それぞれの制約がありました。
 「どこでも、いつでも使える時計」をめざし、人工的な仕組みで造ったのが、機械式時計です。原型ができたのは、中国で11世紀、ヨーロッパでは13~14世紀でした。
 時計を動かすエネルギーには、水力、錘、ゼンマイなどを使い、時間信号の源となる正確なリズムや周期には、テンプの往復運動や振り子を用いました。
測れる精度も徐々に高まり、様々な場面で時計が使われるようになりました。時刻表で列車が運転される鉄道で場所を行き来することで、人々の世界が広がりました。また、仕事を効率的に進めることで、生産性を高め、暮らしは豊かになりました。
しかし、求められる精度が満たされないことが原因での事故も起きました。16世紀のヨーロッパでは、遠洋航海が盛んになり、時計の正確さが位置情報の決め手になっていたのですが、時計の精度が長期の航海に十分なレベルに達していなかったため、位置情報が不正確になり、海難事故が後を絶ちませんでした。また、19世紀のアメリカでは、2人の運転士の時計が正確でなかったために、列車の正面衝突事故が発生しました。
重要なことは、人類は19世紀まで、地球の自転は「全く正確」だと信じていたことです。24時間を正確に測れれば、地球の自転とピタリ一致する、と考えていたのです。
その後、機械式時計は進化を続け、生産方式の改善で価格が安くなり、一般の人々にも、広く普及しました。 ほとんどの成人が腕時計を所有するようになった1960年代後半の日本での価格は、中級品で1.5~2万円ほど、高級品で5万円ほどでした。高級品は1日の誤差が5~8秒程度でしたが、当時の5万円は大卒の初任給よりもはるかに高く、庶民は中級品で我慢したのですが、誤差は1日で15~20秒もありました。したがって、10日も放置しておくと、数分の誤差になり、時間に確信が持てません。ましてや、バスなどを利用するときには、運転手の時計との誤差が加わりますので、乗り遅れにつながります。社会が忙しさを増す中で、機械式時計の精度では要求に応えられず、利用者の不満は募りました。
 1969年に、1か月間の誤差が10~15秒のクオーツ腕時計が、日本で誕生し、消費者は、時計の誤差の煩わしさから、解放されたのです。電気的刺激を水晶発振子に与えて、1秒間に数千回から数百万回の振動を発生させ、電子回路で制御することで、機械式時計の100倍の高精度を実現しました。「精度の革命」と言われています。クオーツの精度で運行を管理することで、時速210Kmの新幹線も、安全に運転することができるようになりました。
 続いて、1970年代には「表示の革命」と言われたデジタルウオッチが登場しました。中身はクオーツでも、表示を数字で行います。しかも、搭載しているLSIを使って、ストップウオッチ、アラーム、心拍数、気圧など、様々な付加機能を装備できました。
 一方、国の標準時などを決めるための大型時計では、原子時計が開発されました。

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1秒間に数十億回以上も振動する原子を素材に、正確な時間を計測します。初期のものは、精度が5000年で1秒程度でしたが、昨今では、3000万年に1秒程度の凄さです。この精度を活用した典型例がカーナビです。GPS衛星に積まれている誤差30万年に1秒程度の時計から来る時間情報を3基ないし4基受信し、比較することで、正確な位置情報が得られます。
原子時計の高い精度は、それまで、「絶対的に正確」と思われていた地球の自転に、誤差とブレがあることも発見してしまったのです。それによって、地球の自然時間と、人間のつくる原子時計の時間のどちらが正しいのか、という新たな課題が生まれました。人類の出した知恵は、時刻には、太陽の南中時刻を基準とした自然時間を変えないが、2つの時間差を「うるう秒」で埋めようとしたのです。
その結果、1972年から「うるう秒」が、2~3年に1度入るようになりました。しかし、これで解決したわけではありません。挿入する手間と費用が掛かる割に、入れるメリットがあまりないのに対して、挿入を忘れた場合や機械が誤作動して引き起こすトラブルの方が重大になり、何回かまとめて補正したほうが「合理的」と主張する意見も増えています。

 また、時間が正確になったことで、「時間」の役割も一変しました。かつては「当てにならない」ものの代名詞にさえ使われていた「時間」ですが、今や非常に正確になったことで、他の単位を測るモノサシに使われています。すでに、長さの国際単位は、光の進む時間に置き換えられていますが、今後はさらに増えそうです。
 そして、今、注目されているのが、東京大学大学院の香取秀俊教授が原理を考え、世界中の研究者が開発を進めている「光格子時計」です。

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光でつくった格子の内に、ストロンチウムやイオンを1つずつ閉じ込め、100万個の振動数を測定することで、300億年に1秒の誤差を実現する時計です。
 300億年で1秒の誤差とは、アインシュタインが考え出した相対性理論が目で見える世界です。人間の頭の高さとつま先のレベルに存在する時間の差を、実証できるのです。
 時計の精度は、文明の求める精度と相関関係を持ちながら発展してきました。文明が発展すれば、より高い精度が求められ、それが実現できれば文明も発展するからです。そして、今、飛び抜けた高精度の時計が実用化しそうです。
人類が目撃する新しい世界とは、果たして、どんな世界なのでしょうか。ますます時計の将来が楽しみです。


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