NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「身近な自然をじっくり眺める」(視点・論点)

麻布大学いのちの博物館 上席学芸員 高槻 成紀

 私は東北地方のシカやスリランカのゾウ、モンゴルのモウコガゼルなど野生動物の研究をしてきました。3年前に大学を定年退職してからは、自宅の近くにある玉川上水でこじんまりと自然観察をしています。大自然ではありませんが、こんな身近な自然でも驚くような発見があるというお話をしたいと思います。

玉川上水は江戸時代に作られた運河で、多摩川の羽村で水をとり、いまの新宿区の四谷までの43キロを流れています。

s180219_01.jpg

s180219_02.jpg

当時は江戸の人口が増えて、生活用水が不足するようになっていたため、江戸市中の水を確保するために作られました。いまはその役割を終え、生活用水に使われる水は中流の小平で取水されます。その下流では水量は減りますが、杉並までの30キロを流れています。

s180219_03.jpg

杉並より下流は高度成長期に暗渠になり蓋をされました。上水であったころは枯れ葉が入らないようにまわりの木は伐っていたようですが、いまは立派な雑木林になっています。
 玉川上水は空からみると、灰色の市街地の中を走る、まことに心もとない細い糸のように見えます。この緑は江戸時代には広く広がる雑木林と畑で、それは基本的に戦後しばらくまでは続いていました。それが1964年の東京オリンピックの頃に急に人口が増えて、緑はカイコに食べられる桑の歯のように痩せていきました。そして今は動植物の避難場になっています。

s180219_04.jpg

 この玉川上水で生き物の調査をしようと考え、はじめに取り組んだのは玉川上水に接する津田塾大学のタヌキでした。
 まず木の下に餌をまいて、向かいの木にセンサーカメラをおいてタヌキがいるかいないかを調べました。すると驚いたことに、その日の夜に、もうタヌキが写りました。その後もたくさんのタヌキが写り、ここに安定的にくらしていることが確実になりました。

s180219_05.jpg

 タヌキがいることが確認されましたが、大学の周りは住宅地ですし、大学の前には府中街道という交通量の多い道路もあるので、こんなところで暮らしているのだと、タヌキのたくましさに驚きました。それから大学内の林の中を歩いたところ、タメフン場が3箇所見つかりました。タヌキは同じ場所に糞をするので、これを「タメフン場」と呼んでいます。これをみつけると、確実に糞が集まります。定期的に糞を回収して、分析すればタヌキの食べ物がわかります。
 それで私は月に2度ほど津田塾大学に訪れて、100個以上の糞を分析しました。その結果、タヌキは春には昆虫や果実、夏には昆虫、秋には果実、冬には果実とネズミや小鳥が食べられているということがわかりました。果実の中身はカキ、ギンナンなどの栽培植物のほか、ムクノキ、エノキなどの野生の木の実でした。ほかの雑木林ではキイチゴやクワの実などがよく食べられるのですが、津田塾大学は100年前にシラカシなどの常緑樹を植林したため、林が暗く、キイチゴなど明るいところに生える低木が少ないからだということもわかりました。

s180219_06.jpg

 私が研究してきたのはシカと植物の関係のように、自然界で生き物がつながって生きていることのおもしろさやすばらしさを示すことでした。そういう観点でタヌキをみると、果実を食べることの意味も違ってみえます。タヌキは栄養をとるために果実を食べているつもりですが、植物のほうからすれば、おいしい果肉を提供するかわりに次世代をになう種子を運んでもらっているということになります。つまり立場が違えば、同じ現象でも違ってみえるということです。実際、津田塾大学のタメフン場にはたくさんのムクノキやエノキの芽生えが観察されました。

s180219_07.jpg

 もうひとつおもしろいことがわかりました。糞は時間をかけて分解され、土に帰っていきますが、そのときに糞虫といって動物の糞を食べるコガネムシの仲間がやってきて分解します。玉川上水にはコブマルエンマコガネという糞虫が一番たくさんいました。この糞虫はファーブル昆虫記に出てくるスカラベという糞を転がして運ぶ糞虫ではなく、大きさが5、6ミリほどしかない小さな虫で、糞の中にもぐりこんで糞を分解します。

s180219_08.jpg

 私はこの糞虫を容器に入れて飼育してみました。容器にピンポン球ほどの馬糞をいれ、糞虫を5匹入れて飼育すると、半日ほどで糞は割られて、20時間くらいでバラバラにほぐされていましました。

s180219_09.jpg

 このコブマルエンマコガネは玉川上水にもいますが、まわりの公園やかなり離れた公園にもいて驚きました。散歩のときに落とされる犬の糞を食べているようです。

 ところで、玉川上水のところどころには明るい草原のような場所もあり、秋の七草のような草原の植物が花を咲かせます。私たちはこういう場所で花を訪れる昆虫を調べてみました。これも驚いたことですが、すぐ脇を自動車がひっきりなしに走るような場所でも、たくさんの野草が咲き、その花にハチ、アブ、チョウ、甲虫など実にさまざまな昆虫が訪れるのです。その花の形と昆虫の対応を調べると、皿のような花にはハエやアブのようにミツをなめるタイプの虫がよく来るけども、筒のような細い形の花にはチョウやハチのような細長い口でミツを吸うタイプの虫が来ることがわかりました。

s180219_010.jpg

 また玉川上水沿いに咲く野草の分布を調べるために10人ほどの仲間が分担して30kmを毎月歩いて「花マップ」を作っています。たとえばノカンゾウやツルボは全体に広く分布していることがわかりました。

s180219_011.jpg

これに対してミズヒキのように東側に偏って分布するもの、あるいはごく一部にしかないものなど様々なパターンがあることもわかってきました。

s180219_012.jpg

 こうした調査を通じて、玉川上水は市街地を流れる細い緑地にすぎないけれども、実は豊富な武蔵野の自然を温存していることがわかりました。
 もっとも、たくさんの種類の花があるとか、珍しい動物がいるからすばらしいということではありません。ありふれた生き物がいるだけですが、よく見ると、どの生き物も一生懸命生きているのだということがわかる、そのことがすばらしいと思うのです。そういう生き物の生き様を知ると、先人たちがよくぞこの緑地を残してくれたと、そのありがたさを感じます。
 と同時に、私たちはこの貴重な玉川上水をよい形で私たちの次の世代に引き継がないといけないと思います。

s180219_013.jpg

 動植物を調べるというと、専門家が奥深い山に行って特殊な道具で調べるものと思いがちです。あるいは自然観察会というと、動植物をよく知っている人が解説するのを聞くだけということが多いようです。しかし私たちがおこなったのは、市街地の中の小さな自然で、どこにでもいるような動植物をじっくりながめるということでした。それでもたくさんの「自然の話」を聞くことができました。
 この程度の自然なら日本中にあります。というより、むしろもっと豊かな自然のほうがはるかに多いはずです。北海道や東北地方、中部地方はいうまでもなく、近畿でもそれ以西でも同様です。ことに南西諸島は世界でも珍しい動植物に溢れています。身近な自然にでかけてじっくりと観察をすることで、たくさんの自然の話を聞いてほしいと思います。

キーワード

関連記事