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「万葉人の赤いスカート」(視点・論点)

奈良大学 教授 上野 誠

今日は、万葉集の時代の色、その色と女性のはくスカートについてお話をしたいと思います。

万葉集は七世紀後半、八世紀の前半の100年の時代の人々の声、歌を集めた歌集です。
その歌集の中には、様々な色がでてきます。
私達、色というものについて日々考えている、そんなことはないでしょうか。
例えば、私は今日、朝、奈良からでてくる時にピンク色のシャツにしよう、というふうに思いましたが、ピンク色のシャツでいいのかな、青の方がいいかな、なんていうことを考えました。
女の人ならば口紅の色は濃すぎないかどうか、ということ考えるでしょうし、アイシャドーの色はどうかなということを考えるでしょう。ネクタイの色はどうかな、などということを考えているサラリーマンも多いと思います。
色というものは、社会にいろいろなメッセージを発信していくものですので、我々は、そのメッセージというものがどういうふうに受け取られるか、ということを常に考えているわけです。そこでそういうことを万葉集の中で、どういうふうに考えていったらいいのかという事を今日はお話したいわけです。

万葉集の時代の色彩に関する言葉、色彩のみを表す言葉というのは案外少なくて、四つしかないんです。例えば緑と言いましたら、これは木々の緑のからとっている緑色ですので、こういうものをのけて純然たる色彩だけを表す言葉は、黒、白、青そして赤なんです。
黒は形容詞くろし、現代の言葉では黒いですね。白は形容詞しろしで、現代の言葉では白い、青はあおしで青いです。赤という言葉はどういう言葉かと言いますと、形容詞あかし、現代の言葉では赤いということになるんです。

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形容詞あかしの語幹「あか」語幹というのは活用しないところを言うんですけれども、この「あか」というのは光の多さ少なさをいう言葉です。明るくなった時はあかときといって、それが「あかつき」になるんです。早朝、太陽が昇ってくる時は、あかとき。そしてのちにはこれを「あかつき」といったりするわけです。
ではその「あか」ということはどういうことを表しているかというと、万葉集で赤をずっとひろっていきますと、乙女がつけている裳の色についていうことが多いということがわかります。裳といいますのは、実は女性がはく巻きスカートのことなんですが、赤い裳をつけている、それを見る男性はドキドキする、というような歌が万葉集には多いわけです。万葉集の中からその赤い裳の歌を一つご紹介したいと思うんですが、巻の十一にこういう歌があります。

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立ちて思ひ居てもぞ思ふ紅の赤裳裾引き去にし姿を 紅の赤裳裾引き去にし姿を

立っていても、座っていても、想うというわけですね。もう四六時中想ってしまうと。「紅の赤裳裾引き」紅色の赤裳を裾引いて行ってしまったあの子のことを、というわけですね。もうその彼女のことが忘れられないよと。その時に赤いスカートで、このことを表しているわけです。しかもこの表現、同じ赤でも紅の赤も、赤と言ってるわけです。
この紅という言葉なんですが、この言葉が非常におもしろいんです。これが呉の藍からきてます。くれというのは呉の国、中国の南の方なんですね。呉の国の服は呉服ですし、日本書記の中には、呉の橋というのがでてきて、渡来人が作ったブリッジのことを呉橋と言ったりします。呉の藍の藍っていうのは非常に鮮やかな色をいうんですが、呉の国から渡ってきた、藍色だっていうことなんですね。それは紅という、その色が持っている一つのイメージ。外国の技術は素晴らしい。例えばフランスの香水はいいぞとか、フランスのワインはいいぞとか、そういう舶来のイメージなんですね。
ところがこの紅色というのは、色落ちしやすい色なんですね。ですからそれは移ろってしまうよ、ということです。実は万葉集にこういう歌があります。

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紅はうつろふものそ つるはみの なれにし衣に なほしかめやも
つるはみの なれにし衣に なほしかめやも

紅色というのはうつろってしまうものだよ。つるはみのなれにし衣になおしかめやも、と言ってるわけです。実は、若い愛人とうつつをぬかしていてもダメだよ。長く連れ添った古女房を大切にしなさいという大伴家持が友人を諭した歌なんですが、「つるはみ色」と対峙されています。つるはみ色といいますのは、どんぐりで染めた色なんですね。

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私、この色を学生達と一緒にくぬぎを集めて染めたんですね。これは、まずドングリをたたいて、それを煮なきゃいけないんですけれども、その教室中が青臭くなるんですよ。もう大変な臭いです。それをグツグツグツグツと煮ますとね、茶褐色の色のつるはみの色がでてくるんですね。それが、実は古女房の色ということになるわけです。ですから、色というものを通じて、若い愛人を紅色に例えて、そして長く連れ添った女性をつるはみ色に例えて、歌が表現されているわけです。

このように私達は、常に色に様々なメッセージをのせて、色んな情報を発信しているわけです。そういうものを一つ一つ、読み解いていく。そこに万葉集の中に出てくる色を考える楽しさというものがあるというふうに思うわけです。我々は、日々、色のことに悩んでいるわけですが、万葉集の時代の人も色に悩んでいたというような、お話をいたしました。

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