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「共感する心を育む動物介在教育」(視点・論点)

立教女学院小学校 教頭 吉田 太郎

2020年の学習指導要領改訂に向け、今の時代に求められている教育のあり方が模索されています。問題解決のための知識や技能を身につけるだけでなく、子どもたちには本物の体験をたくさん与えることこそが、豊かな学びに繋がるという考えのもと、私たちの学校で取り組んでいる動物介在教育についてお話ししたいと思います。

立教女学院小学校は東京都杉並区にある私立小学校です。

2003年より子どもたちの教育に犬を介在させる「動物介在教育」(Animal Assisted Education)というプログラムを行っています。初代の学校犬はバディという名前の犬で、犬種はエアデールテリアという大型犬でした。

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 学校犬は私と一緒に毎日、自宅から車で出勤し、日中は子どもたちと一緒に過ごします。仕事が終わると、また一緒に自宅へ帰り、普通の家庭犬としての生活を送ります。

学校で飼う動物といえば、飼育小屋でウサギやニワトリ、あるいは教室でハムスターや金魚といった生き物を観察しながらクラスルームペットとして飼育する、というのが一般的です。動物介在教育は、そういう飼育動物とは異なる位置づけになります。

 ではなぜ、学校に「犬」なのか?「動物介在教育」という、新しい教育の取り組みについて、これまでの実践を通しての気づき、感じたことなどをお話しさせていただきます。

このプログラムを始めることになったきっかけは2つあります。
一つは、「学校に犬がいたら楽しいだろうなぁ」という、ある児童のつぶやきでした。その児童は4年生の頃からいわゆる不登校となり、引きこもりのような状態になっていました。そんな時、その子が犬を飼い始めたばかりだと知り、一緒に犬の散歩をしようと誘うことにしました。休日を利用し、何度か犬の散歩をする中で、彼女がポツリポツリと漏らしたのが「学校に犬がいたら楽しいだろうなぁ」という言葉でした。犬の存在がモチベーションとなり、少しずつでしたが、学校にも登校できるようになったのでした。

そしてもう一つ、大変印象深い出来事がありました。それはある休み時間のことです。当時、小学2年生の児童がとても悲しい顔をしながら、私のところへやってきまして、「先生、私のバッタが死んじゃったので、お葬式をしてください。」というのです。バッタのためのお葬式なんて、と思ったのですが、あまりにも悲しそうな表情だったので、バッタを丁重に埋葬し、お葬式を執り行いました。すると、翌日もその子は、お友達を連れてやってきて、「今度はカマキリが死んだので、お葬式をしてください。」といいます。そして、またその翌日も、「今日もまたバッタが…」というのです。小さな子どもの純粋な気持ちは、いつの間にか「お葬式ごっこ」になっていったのでした。私は昆虫の死骸を眺めながら、これは何か違うんじゃないのかなと感じました。
 どうすれば、子どもたちに「いのち」の尊さを教えることができるのか、いや、そもそも「いのち」の尊さとは学校で教えることなのか?自問自答が始まりました。そんな中、辿り着いた一つの答えが、子どもたちに「いのち」のぬくもりや大切さを実感させるためには、昆虫ではなく、もっと大きな存在、身近な動物、「犬」を学校においてみたらどうだろうか、と考えるようになったのでした。

この二つの経験が元となり、学校教育の現場に犬を介在させる、動物介在教育がスタートしました。
 当時は、まだまだ前例のない取り組みでしたので、クリアしなければならない様々なハードルがありました。例えば、アレルギーへの対応や噛まれたらどうするのかという衛生面や安全面への配慮が求められました。そういった課題を一つひとつ解決していきながら、今日まで、獣医師やドッグトレーナー、トリマーといった専門家の協力を仰ぎながらプログラムを進めています。

さて、動物介在教育における学校犬の存在は子どもたちにどのような変化をもたらしたのでしょうか。

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 こちらの絵は動物介在教育を始める直前に、1年生のSさんによって描かれたものです。茶色の毛に鋭い爪。そしてどう猛な牙が特徴的です。彼女は小さい時に犬に追いかけられて、怖い思いをしたことがあり、犬といえばこのような狼のような姿を思い浮かべてしまうと説明してくれました。そして、次の絵が同じSさんが犬と一緒に学校生活を過ごした1年後に、描いた絵です。緑の牧場に柔らかな表情の犬がお日さまの光を浴びながら、気持ち良さそうに笑っています。毎日、学校に犬がいることで、たった一年で、これだけ大きな変化をもたらしたことがわかります。

また、犬の存在はコミュニケーションを豊かにしてくれました。
学校犬の日中のお世話は子どもたちが「バディウォーカー」というボランティアグループを作り、散歩や給餌、トイレのお世話などを当番制で行なっています。また、学校犬は宿泊行事やボランティア活動にも同行し、子どもたちの成長を見守ります。学校に犬がいることによって、子どもも大人も、自然とコミュニケーションが豊かになり、学校が以前よりも風通しが良く、楽しい場所になったという声も寄せられるようになりました。

さらに、学校犬の出産を通して、命の大切さを子どもたちが知る機会もありました。
 生まれた子犬たちはお母さん犬と一緒に毎日登校し、巣立つまでの約二ヶ月間を子どもたちと一緒に過ごしました。子どもたちは生まれたばかりの子犬を実際に抱いたり、授乳に立ち会ったり、トイレの世話などをする中で、「いのち」のぬくもりや重さを実感したことでしょう。学校犬バディとの関わりを通して、子どもたちの心の中に、大きな「気づき」が生まれました。それは、命を預かる「責任感」、そして誰かを愛おしいと思う「優しさ」でした。子どもたちは誰に教えられるでもなく、他者を思いやり、誰かを守りたい、大切にしたいと、素直に思えるようになるのでした。

 初代学校犬のバディの晩年は闘病生活が続き、子どもたちも皆で心配しながら、回復を祈りましたが、2015年1月26日、その12年の生涯を終えました。

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 バディの死後、在校生だけでなく、卒業生や保護者、旧教職員など、学校犬バディに関わった人たちが大勢集まり、盛大なお葬式が行われました。みんなお葬式の間は涙、涙でしたが、終わってからのお茶の会では「ありがとう、バディ」という気持ちで、思い出話に花を咲かせて語り合い、とてもいい時間となりました。

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 お葬式の日、バディの亡骸を礼拝堂に安置し、子どもたちがそれぞれ別れを告げるという時間を設けました。すると、子どもたちはそれぞれ自分の意思で犬の亡骸に触れて、「あっ、冷たい。固い」と、そこでようやく、死という現実に気づくのでした。少なからずショックを受けたことと思いますが、こうしてゆっくりと死というものに向き合い、受け入れ、今、生きていること、命について実感する。そんな体験をしたのでした。
学校犬バディは12年間というその生涯を通して、子どもたちに「いのち」について教えてくれていたのだと思います。

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バディの死後、現在は東日本大震災によって福島で被災した保護犬や初代学校犬バディの血を引くエアデールテリアの雌犬、そしてガイドドッグ、つまり盲導犬の育成団体であるアイメイト協会から繁殖基礎犬のラブラドール・レトリーバーが学校犬として活躍しています。

 様々な学校教育の課題がある中で、人を思いやる優しさや共感する心というものがこれまで以上に大切とされ、ここ数年、動物介在教育への関心が少しずつ高まっていると感じています。
  そこで最後に、お伝えしたいのは、動物介在教育は、ただ犬が学校にいれば良い。というのではないということです。

 まずは、実施できる環境が整っているかどうか、その上で周囲の理解や協力を得ることができるか、そして何よりも大事なことは、教師自身が、動物の存在が子どもたちのためになるという確信が持てるかどうか。
 保護者と学校が子どもたちのためにやってみよう。という一体感、空気が必要だと思います。
その上で、動物介在教育によって、一人でも多くの子どもたちが、「優しさ」や「責任感」に気づき、そして学校は楽しい場所だと思えるようになって欲しいと願っています。

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