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「減反廃止 コメ作りは変わるか」(視点・論点)

岐阜大学 教授 荒幡 克己 

 今から約四年前、政府は、コメの生産調整、いわゆる減反の廃止を決定し、平成30年産米から配分割当廃止の方向で調整を進めてきました。その後、ほぼこの計画通りに準備が進み、今年秋に収穫される米は、減反配分無しで作られた米となります。これは、実に47年ぶりのことであり、昭和45年に本格的に減反が始まって以来の画期的な農政の転換です。
 減反が始まった頃には、農民がむしろ旗を挙げて反対し、県庁を農民組織がバリケード封鎖して県庁幹部を軟禁するなどの事件も発生しました。こうした過去の経緯がある割には、今回の減反廃止は、比較的粛々と進んでいる、という感もあります。本日は、今回の減反廃止の意義、今後の日本の水田農業の展望、といった論点について述べていきます。

初めに指摘しておくべきことは、減反や農産物生産調整は、日本固有のものと思っている方も多いと思いますが、実は、世界の先進国共通の政策です。先進国は、食料の需要が頭打ちとなる中で、技術進歩により増産が進み、過剰が発生しやすい体質にあります。例えば、アメリカでは、ニューディール政策の一環として1930年代から、小麦、トウモロコシなどの主要作物で減反が始まりました。フランスでは、1960年代から、ワイン用葡萄が過剰で、生産調整が実施されました。また、EU全体としても、1970年代末から、穀物や牛乳で生産調整が実施されました。
しかし、減反自体が先進国共通の政策だとしても、日本の独自性もあります。

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この図をご覧ください。これは、日本の米政策の歴史を大正時代にまで遡り、長期的に見たものです。横軸は年次の推移、縦軸は市場介入の度合いを示しています。日本の米政策では、減反の前の時代に、それ以上に強い統制の歴史がありました。
 比較する意味で、アメリカの小麦を例に取ると、最も市場介入度合が強い場合でも、選択制減反、即ち、昨年までの日本と同じ選択制でした。これに対して、日本では、8年前までは強制減反をやっていました。さらにその前、食糧管理法という統制色の強い法制度の下で、日本の米生産や流通は厳格に国家管理の下にありました。
 日本の場合は、市場介入度合が極めて強い食糧管理制度から、市場を生かす方向への変化でしたので、過激な改革による混乱を避ける意味もあって、減反についても、幾つかの段階を経て緩めてきた歴史があります。今回の減反廃止も、こうした流れの中で理解すべきものです。
 それにしても、アメリカでは、減反60年の歴史を経て、1996年に既に減反を廃止しています。EUも、穀物は2000年代初頭に、牛乳も、三年前の2015年には廃止されました。存続していたのは日本だけです。この意味では、いささか廃止が遅すぎた、という感があります。
 それでは、今回の減反廃止が、実際の米作りの現場にどのような影響を及ぼすのか、について考えていきましょう。結論を先に言いますと、廃止自体では、余り急激な変化が起こらないはずです。そのために、二つの措置が用意されています。
 第一に、麦や大豆など転作作物の助成金の存続です。アメリカの場合も、減反廃止後も、各種の助成措置は、修正を加えつつも、基本的には存続しています。規制は緩める代わりに、経営者の経営判断を優先する方向に制度変更していくことからして、経済的な誘導措置は重要です。
 第二に、国は配分しませんが、県が独自に、強制力は弱いものの一応生産の目安となる数字を市町村に提示し、それをさらに市町村が生産者に示す、という仕組みが採用されることです。
 このうち、助成金存続は、国際的な農政の基準から見ても正当化し得るものですが、目安の数字を配分に代わって示すことは、あくまで暫定的な措置としてのみ行うべきものでしょう。極力早期に、これを廃止して、それぞれの経営が自己の経営判断で作付けを決定する姿を目指すべきでしょう。そして、そこで改革を止めずに、更なるワンステップ、即ち農地の集積による規模拡大や技術革新等によって、競争力を強化していくことが求められます。
 このように制度変化としての仕組みは、減反配分廃止でも、円滑な移行が予想されるのですが、一つ、別の懸念材料として、米価の上がり過ぎがあります。米価が上がれば生産者としては嬉しいのですが、それは、生産を刺激し、その一方で、需要の減退も生じます。その結果として、過剰による米価暴落の危険性が増します。現在、生産者やその団体は、現下の情勢は、以前の妥当な水準への米価の回復である、という見方をしていますが、市場関係者は、高すぎる米価水準に不満を募らせています。

 それでは最後に、これから先、少し長期に考えて、日本の水田農業が進むべき方向について考えましょう。

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この表は、減反開始直前と現在の、世界の米の面積当たり収量をランキングにしたものです。減反開始前の1969年、日本は世界第三位でした。しかし、今は十三位です。減反を続けている間に、日本の面積当たり収量は、アメリカ、韓国、中国に抜かれてしまいました。
 多くの日本人は、日本の歴史、文化と米との関係からイメージし、米の面積当たり収量が、世界でも相当上位にある、という思い込みがあることと思います。しかし、現実はそうではありません。こうした事態になったのは、減反だけが原因ではなく、国民の「うまい米」嗜好の高まり等も強く関係しています。しかし、それにしても、十三位とは、残念です。
 日本の米がその国際競争力で、狭い土地条件からして低位にあることはやむを得ないにしても、本来であれば、その格差を縮めたいところです。しかし、現実的には、この面積当たり収量の停滞が、面積当たりで相当なコストダウンをしているにもかかわらず、生産物当たりコストではかえって差を広げられている、という厳しい現実の、一要因となっています。
 現在政府が力を入れている米輸出にしても、そして、海外からの米輸入圧力に対抗していくにしても、コストダウンと米価の低下が求められています。その重要なカギを握っているのが、実は面積当たり収量なのです。
 かつて昭和30年代には、面積当たり収穫量を競う、米作日本一表彰事業というものがありました。そこでは、一トン以上の収穫量を上げた方が三名おります。当時は、ギネスブックなどありませんでしたが、おそらくその記録は、昭和30年代では、世界新記録であったことは間違いないと思われます。かつて、日本人が次々と世界の稲作の新記録を樹立していくような時代があったことに、改めて日本の米作りは、誇りと自信を持つべきでしょう。
 簡単ではありませんが、再び面積当たり収量を増加させて、それをテコにして競争力を高めていくことが望まれます。そして、こうした技術力と合わせて、専業的担い手という人的資源を確保することも重要です。これらの地道な努力を続け、今後人口減少などによる需要の縮小があるとしても、少ない水田面積で高い収量、そして、競争力を可能な限り高めていくことが、今後の日本稲作の進むべき道と言えるでしょう。


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