NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「訪日客の医療費未払い問題」(視点・論点)

国際医療福祉大学大学院 准教授 岡村 世里奈

 最近、日本を訪問する外国人旅行者の数が急速に増えつつありますが、これに伴い、日本滞在中に病気やけがで医療機関を受診した外国人旅行者が医療費を支払わず帰国してしまい、医療機関の経営を圧迫するようなケースが増えてきています。例えば、厚生労働省が昨年、医療機関を対象に行ったある調査では、回答した1,378医療機関の35.3パーセントにあたる486医療機関が、外国人患者による医療費の未払いを経験していると回答しています。この外国人患者の中には、外国人旅行者だけではなく、日本に暮らしている在留外国人の方も含まれていますから、すべてが外国人旅行者というわけではありませんが、外国人患者による医療費の未払いで困っている医療機関が決して珍しくないことはお分かりいただけるのではないかと思います。

さて、話を外国人旅行者による医療費の未払い問題に戻したいと思いますが、外国人旅行者による医療費未払い問題の主な原因としては次の2つが考えられます。1つ目の原因は、「医療費が高くて払えない」というものです。外国人旅行者の方が病気やけがで日本の医療機関で治療を受けた場合、その費用は全額自己負担ということになります。そのため、風邪や捻挫などの軽症で医療機関を受診した場合でもすぐに数万円かかってしまいますし、骨折や心筋梗塞などの重症で手術やICU(集中治療室)で治療を受けたような場合には、その医療費は数百万円から数千万円に達してしまうことも珍しくありません。そのため、高額な医療費が支払えずに未払いになってしまうというわけです。
2つ目の原因は、「医療機関側に外国人旅行者等を受け入れるだけの体制が整っていない」ということです。どういうことかと言いますと、医療機関が外国人旅行者をはじめ外国人患者の受け入れを円滑に行うためには、通訳体制を整備したり、医療文化や医療習慣の違いに配慮した診療を行うなど、医療機関側に一定の体制整備が求められます。しかし、日本ではこれまで医療機関を受診する外国人患者の数が非常に少なかったことから、都市部や近隣に在留外国人のコミュニティーのある一部の医療機関を除いて、大部分の医療療機関では外国人患者を受け入れるための体制が整備されてきませんでした。そのため、外国人旅行者が突然の病気や怪我で医療機関を受診したとしても、言葉が通じず十分なコミュニケーションが取れなかったり、医療文化や医療習慣の違いから治療内容や治療費の支払いをめぐってトラブルが生じて、それが理由で外国人旅行者が医療費の支払いを拒むという事態が生じています。
 このように医療費未払い問題の背景にはさまざまな原因がありますが、今後、この問題を解決していくためには次のような対策が有効ではないかと考えます。
 1点目は、外国人旅行者の海外旅行保険の加入を促進するということです。先ほど述べましたとおり、外国人旅行者の方の医療費は非常に高額になりやすいので、海外旅行保険に加入していただくというのが医療費の未払いを防止するためには最も有効な方法となります。この点、通常、海外旅行保険は母国で現地の保険会社の海外旅行保険に加入するのが原則ですが、最近、日本では、外国人旅行者が日本到着時にスマートフォンから申し込める海外旅行保険も販売されるようになってきています。このように、現在、日本でも、外国人旅行者の海外旅行保険の加入率を上げるための取り組みが少しずつ始まっていますが、外国人旅行者の中には、海外旅行保険になじみがなかったり、旅費を少しでも抑えたいなどの理由から海外旅行保険に入らない方がたくさんいらっしゃいます。今後は、訪日旅行のPRをする際には必ず海外旅行保険加入の重要性についても訴えるようにするなど、外国人旅行者や海外の訪日旅行商品を販売している旅行会社に対する啓蒙活動を強化していくことが非常に重要になってくると思います。なお、海外の国々の中には、医療費の未払い対策として、海外旅行保険の加入を入国の条件とするところが少しずつ増えてきています。日本でも医療費未払い問題が、今後ますます深刻になるようであれば、同様の検討が必要な時期が来るかもしれません。また、海外旅行保険の加入率がどんなに向上したとしても、既往症等により補償を受けられない外国人旅行者が一定程度発生することは避けられないことを考えると、その未払い医療費の負担をすべて医療機関に押し付けるのではなく、観光収入の一部等を利用して医療機関の抱える未払い医療費を補てんするような仕組みを行政の方で今後検討していく必要があると思われます。
2点目は、医療機関における外国人患者の受け入れ体制を強化していくということです。この点については、すでに政府が平成28年に「観光先進国」への新たな国づくりに向けて発表した「明日の日本を支える観光ビジョン」において「2020年までに、訪日外国人が特に多い地域を中心に、受付対応等も含めた“外国人患者の受け入れ体制が整備された医療機関”を、現在の約5倍にあたる100か所整備する」ことが掲げられたことから、現在、厚生労働省を中心として医療機関の外国人受け入れ体制整備に向けたさまざまな施策が展開されています。また、民間でも、医療機関内で利用できる電話医療通訳サービスや医療通訳ツールの開発、国際医療事務代行サービス等、医療機関の外国人患者対応を支えるサービスが次々と登場してきています。

s180201.jpg

現時点では、外国人患者の受け入れ体制が整備されている医療機関は限られていますが、これらの取り組みが浸透してくれば医療機関の外国人患者対応力も向上し、外国人旅行者と医療機関間の治療内容や治療費をめぐるトラブルに基づく医療費未払いは少しずつ減らしていけるのではないかと思います。
 3点目は、医療費未払い問題については、単なる外国人旅行者と医療機関間の問題として捉えるのではなく、地域の外国人旅行者の受け入れ環境・基盤整備の一環の問題として、訪日外国人旅行者に関わる国や地域の行政・観光関連の企業や団体、医療機関が連携しながらその解決策を考えていくということです。例えば、先ほど医療費未払い対策には海外旅行保険の啓蒙活動が有効と述べさせていただきましたが、この取り組みを効果的におこなうためには、行政の方で広報のHPやチラシを作成し、旅行会社やホテルなどが宣伝や配布に協力するなど関係者間の協力が欠かせません。また、鹿児島県のある地域では、最近、クルーズ船の入港が増えたことにより、クルーズ船内で体調を崩した外国旅行者の緊急医療が問題となったことから、船舶代理店や医療機関、英語や中国語の医療通訳会社、航空会社、行政機関の各担当者が、地域独自の外国人旅行者のための緊急医療提供体制の構築に向けて動きだしています。その体制構築の際には医療費の未払いが発生しないような数々の工夫も取り入れられており、緊急医療体制構築が医療費未払い対策にもなっています。
以上からもお分かりいただけたかと思いますが、外国人旅行者の医療費未払い問題は、日本が「観光立国」を目指す以上は避けられない問題ではありますが、本日お話しましたとおり、関係者が協力していけば、ゼロにすることは難しくても、かなりの部分は解決できる問題でもあります。問題解決に向けて積極的に取り組むべき時期が来ていると思います。

キーワード

関連記事