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「2018年春闘の課題」(視点・論点)

日本総研 主席研究員 山田 久

安倍総理大臣は経済界に3%の賃上げを要請し、今春闘ではその実現が焦点となっています。労働組合が重要課題に掲げる「格差是正」が進むかもテーマです。さらに、関連法案が国会に提出されることを睨んで、「働き方改革」をどう進めるか、も重要論点といえるでしょう。今日は、これから本格化する2018年春闘の課題について考えます。

まず、賃上げ率3%の実現性について検討しましょう。客観的な経済情勢は、賃上げにプラスです。世界的な景気拡大のもとで企業業績の好調が予想されるほか、人手不足も追い風です。消費者物価も前年比プラスが定着しており、賃上げの足を引っ張る状況ではありません。
もっとも、その実現は容易ではありません。ここでいう3%はどういったベースなのか曖昧ですが、消費拡大に効果のある月例給のベースとすれば、定期昇給を除く実質的な賃上げであるベースアップで1%強になります。

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いわゆる官製春闘がはじまってから最も高い賃上げ率は2015年の2.38%で、ベースアップは0.6%程度にとどまります。賃上げ率が3%を超えていたのは1994年まで遡り、ハードルは決して低くはありません。
それは、ベースアップを一度行うと、再びこれを減らすことが難しく、社会保険料や退職金なども連動して増えるため、企業が慎重姿勢を崩さないからです。その根底には、人口減少によって国内市場が縮小していくとの見方があります。売り上げ増加が期待できなければ、コストの固定化を避けようとするのは自然とも言えます。その結果、企業収益が悪化すれば雇用が不安定になるため、労働組合も賃上げ要求に及び腰になっています。そうしたスタンスを変えるには、長期的に国内市場が拡大していくという期待を、労使ともに持つことが必要です。
客観的な分析からは、人口減少のもとでも、わが国の国内市場の持続的拡大は十分期待できます。

ここで、国内市場伸び率とほぼ連動する名目経済成長率は、①就業者数の変化率、②労働生産性の上昇率、③インフレ率の、3つの合計になります。

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政府の人口推計の標準的ケースでは、今後50年先を見通しても、15歳から64歳のいわゆる生産年齢人口の年間減少率は、最も大きく減っても2%を上回ることはありません。すでに65歳以上の働くシニアが増え、今後一層増加していくと予想されるなか、実際に働く人の減少ペースは、それよりマイルドになるでしょう。ただ、ここでは生産年齢人口の変化率を就業者数の変化率と同じと考えます。一方、過去の長期的なトレンドから判断すれば、労働生産性の上昇率の1%、インフレ率の1%の確保は十分可能です。こうした数字を当てはめれば、向こう50年を展望しても、名目経済成長率がプラスを維持するのは可能なことがわかります。
さらに、インフレ率は賃金上昇率と連動する傾向があり、賃金の上昇はモチベーション向上を通じて労働生産性を高める要因にもなります。つまり、賃金を引き上げることが、国内市場の拡大をより確かなものにするということです。このようにみれば、3%の賃上げ実現に向けて、政府には、人口減少で国内市場が縮小していくという誤解を解く努力が求められます。国内市場の縮小懸念をより積極的に払拭するために、しっかり財源を手当てしたうえでの少子化対策の拡充や、外国人労働者を日本人の仕事を奪わない形で正面から受け入れる方針を表明することも望まれます。労使は、こうした長期的な国内市場についての客観的な認識を共有し、賃上げへの前向きなスタンスを強めることが期待されます。
次に、今春闘における別の論点である「格差是正」と「働き方改革」について検討しましょう。まず、企業規模間の格差是正には、人手不足が追い風になっています。

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ここ2年は、大手企業の賃上げ率が伸び悩む一方、人手確保が重要課題になっている中小企業の賃上げ率が徐々に高まっています。ただし、この流れを一段と強めるには、賃上げの原資となる生産性を、中小企業で大きく高めることが条件になります。
正規・非正規間の格差是正についても、人手不足でパート・アルバイトの時給が着実に上昇しており、働き方改革で同一労働同一賃金の導入が求められることも追い風です。ただし、企業や日本経済全体の成長力が高まらなければ、正社員とのパイの奪い合いになるため、ここでも生産性の向上が重要な課題になります。
働き方改革のもう一つの柱である長時間労働の是正に関しては、残業代の減少で年収が減る可能性が指摘されています。しかし、職場環境の改善と同時に経済の活性化が働き方改革の狙いです。残業代の減少をどう埋め合わせるかが、労使が話し合うべきテーマの一つといえるでしょう。ただし、労働時間の短縮と従業員給与の維持・増加を両立するには、ここでもやはり生産性向上が前提になります。
以上のように、「格差是正」、「働き方改革」については、生産性を高めることが共通の課題です。さらに、生産性は賃金の原資であり、3%の賃上げ実現のカギともいえます。この点で、政府も重要性を認識しています。とくに、AIすなわち人工知能をはじめとするデジタル技術を活用し、第4次産業革命を推し進めることが、重要政策課題に位置付けられています。もっとも、この点については、AIが雇用を奪う、といったマイナスを指摘する声も聞かれます。確かに新たな技術が人の仕事を奪う面があるのは事実です。しかし、雇用を根こそぎ奪うというよりも、労働者が行っている様々な作業の一部を奪うというのがより正確な理解です。具体的には、過去のデータのある業務は複雑なものでも人工知能が代替していきますが、未知の業務や判断業務、コミュニケーション力を要する総合的な対人業務は人に残されるでしょう。とくにわが国は人口が減っていくわけで、むしろAIができる業務はAIに任せ、人は人が得意な業務をするようになれば、生産性向上の恩恵を多く受けることができます。そして、その成果が賃金上昇にきちんと回されば、生産性向上と賃金増加の好循環が期待できます。
このようにみれば、今春闘で労使に強く求められるのは、生産性を高める方策を様々に議論することです。ここでの生産性とは、生産効率というよりも、付加価値生産性、すなわち一人当たりの儲けを意味します。これを増やすには、個別企業の枠を超えた視点を持つことがポイントです。具体的には、第4次産業革命を意識した事業構造改革と、それに必要な技能習得・配置転換を、一企業の枠を超えて議論することが求められます。資金や人材の限られる中小企業では、独自商品の開発や従業員の能力育成を、企業同士が協力して行う仕組みが検討されるべきです。加えて、中小企業から大企業への製品・サービスの納入価格について、品質を正当に評価して適正価格が付けられるルールを話し合うことが必要です。パート・契約社員の人々のキャリア形成支援の在り方を、社会横断的に議論することも望まれます。
いわゆる官製春闘が始まって5年、客観情勢としては、ここ数年にはなかった好環境にあります。
労使、そして政府には、長期的視点に立った未来志向で、従来の枠を超える取り組みが、今春闘で求められています。

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