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「トランプ外交と日本」(視点・論点)

慶應義塾大学 教授 中山 俊宏

 「アメリカ・ファースト」を掲げたトランプ外交と世界が向き合って一年が経過しました。通常ならば、トランプ外交の輪郭が見えてきたと言いたいところですが、なかなかそうはいきません。昨年末に「国家安全保障戦略」が発表され、年が明けて「国家防衛戦略」が発表されました。本来ならば、外交安保関連の重要文書を読み解いていけば、政権の基本的な考え方が見えてくるはずです。しかし、これらの文書で示されている方針が、どこまで大統領と共有されているのか、そのこともはっきりとはわかりません。

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 しかし、一年前を思い起こして見ると、最悪の事態は回避されたようにもみえます。一昨年の大統領選挙を通じて見えてきたトランプ候補の外交安全保障に関する直観は、おおよそ次の6つに集約できたように思います。

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①不公平な通商でアメリカは損をしている、②同盟国はアメリカが提供する安全に寄生しただ乗りしている、③外からの異質な存在の浸入を遮断しなければならない、④権威主義的なリーダーへの親近感、⑤もうむだな介入はしない(これは諸外国の事情には口を出さないということです)、そして⑥多国間主義外交への徹底した不信感が上げられます。
 これらがいわば「アメリカ・ファースト的な世界観」を構成しているパーツです。これはもはやアメリカは抽象的な価値や規範、そして国際秩序を維持するために行動するのではなく、自国の利益と安全のために自分勝手に振る舞わせてもらうという「宣言」でもありました。それは、アメリカが国際政治において特殊な役割を担っているという信念の放棄であり、他の国と同様、アメリカも普通に振舞わせてもらうという「居直り」でもありました。日本も、トランプ政権のこの姿勢に強い不安を感じたことは記憶に新しいかと思います。
 ここ一年を振り返ってみると、TPP、パリ協定からの離脱、NATO諸国とのすれ違い、ロシアとの距離の取り方、そして何よりも大統領自身の不用意なツイートなど、不安を感じることは多々ありました。しかし、全体としてみると、最悪のケースとして想定されたような国際秩序が音を立てて崩れていくような事態は回避できたようにも見えます。
 しかし、なぜそのような事態を回避できたのでしょうか。いくつかの考え方がありうると思います。その前に、まずほぼないのは、トランプ大統領自身が、最高司令官として経験を積み、アメリカ・ファースト的な世界観に軌道修正を施したという可能性です。大統領が最高司令官としてここ一年で成長したという論評はまず見かけることはありません。
 最悪事態を回避できたことの理由としてもっとも頻繁に指摘されるのは、政権内の「大人たち(grown ups)」の存在です。この「大人たち」とは、マティス国防長官を筆頭に、ケリー大統領首席補佐官、マクマスター安全保障担当大統領補佐官、そしてティラーソン国務長官のことです。
 マティスとケリーは四つ星の退役軍人、マクマスターは現役の軍人であり、当然、安全保障に関する知見を有しています。外交安保に関して特に知見のないプリーバスに代わって、昨年の7月下旬にケリーが大統領首席補佐官に任命されたことの意味は大きいでしょう。また、アメリカ・ファーストの言わば「請負人」であった、マイケル・フリンが大統領補佐官として早々と解任され、代わりにマクマスターが就任したことも重要です。
 ティラーソン国務長官については、国務省のキャリア職員との関係が極めて悪いと伝えられていること、そして、しばしばトランプ大統領から信用されていないとの噂が流れ、早期退任説も飛び交っていて、「大人たち」の中では一番危うい存在です。しかし、エクソンモービルのCEOをつとめた経験から、世界を地政学的に把握する感覚を養ったはずです。この4人が、外交安全保障政策にアメリカ・ファースト的な要素が侵入してくるのを防いでいる。それゆえに最悪事態は回避されている。こういう見方をする人たちは少なくありません。
 つまり、妙な話ですが、トランプ政権の対外政策が破綻していないのは、トランプの外交安保チーム高官が、トランプ大統領と世界観を共有していないためということになります。
 またこの「大人たち」の存在に加えて、外交安保関連の人事、とりわけ国務省の高官人事が、ごく最近までほとんど動いていなかったという点も、トランプ外交がアメリカ・ファーストの方向に大きく舵を切れなかった理由のひとつとも言えます。つまり、ホワイトハウスがトランプ色を出そうとしても、それを各省庁レベルで、しかもそれを政策に落とし込んでいく人材を送り込めていなかったということです。空白のままの政治的任用ポストについては、キャリアの国務省職員が代行としてその穴を埋めているケースが多く、そうなると皮肉にも、自然と政策が継続するということになります。
 大統領のスピーチという次元ならば、確かにアメリカ・ファースト的な要素が前面に出ることがあります。昨年7月にポーランドで行われたトランプ大統領の演説などはその典型でした。この演説は、政権内、アメリカ・ファースト派によって起案されたものです。それは特異な文明観に依拠した異形の演説でした。
 しかし、政策とアメリカ・ファースト的な世界観の間には、薄い膜が設けられており、TPPやパリ協定など例外はありましたが、後者がむやみに侵入してくることはありませんでした。少なくとも一年目のトランプ外交はそうでしたし、仮に、かなりぶれたとしても、最終的にはどうにか落ち着くところに落ち着くというような状況でした。アメリカのNATOへのコミットメントなどがその典型です。共同防衛に関し、ともすると懐疑的な見解をブリュッセルで示しつつも、それを帰国後、事後的に確認するという具合です。
 問題は、この状態がいつまでもつかということです。「大人たち」が4年間、ずっと留まれるという保証はありません。マティスを除く他の3人については、大統領とのすれ違いや、なんらかの摩擦のニュースが絶えず聞こえてきます。仮に彼らが退任すると、共和党系の外交安保の専門家たちは、ことごとくトランプ政権と距離をおいており、「大人たち」の役割を引き継げる人材は決して豊富とはいえません。
 そうなると、もしかするとトランプ外交初年は、諸々の条件が作用して、風変わりではあったが、まだしもましだったということになるかもしれません。
 日本は、トランプ政権との関係ということでいえば、例外的に従来通りの約束、もしくはそれ以上の約束を取りつけています。それは選挙後の日本政府の動きが素早かったこと、さらに北朝鮮の脅威というはっきりとした状況を共有していることが作用しています。さらに安倍総理とトランプ大統領との間の相性という要素も無視できないでしょう。
 しかし、トランプ政権が中国とどのような関係を構築するのか、TPPの代わりに米国が目指すと主張している二国間の通商協定交渉がどのようなカタチをとるのか、トランプ政権2年目の日米関係は予断を許しません。過剰反応は禁物ですが、仮にトランプ色が前面に出てきた場合、日本としてどういうオプションがあるのか、もしくはないのか。ここ一年で日本は、ある意味、トランプ政権にかなり慣れてしまいました。しかし、ある種の違和感を持ち続けることも重要ではないでしょうか。

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