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「シリーズ・幼児教育無償化を考える② 効果的な保育制度への転換を」(視点・論点)

日本総研主任研究員 池本 美香

政府は、昨年12月に発表した新しい経済政策パッケージのなかで、幼児教育を無償化する方針を打ち出しました。具体的には、幼稚園や保育所に通う3歳から5歳の子どもの保育料を、所得制限を設けずに無償化し、3歳未満の認可保育所の利用者については、住民税非課税世帯を対象に無償化するとしています。

政府が幼児教育無償化を進めるねらいは、大きく二つあります。一つは、高齢者向けの給付が中心となっている社会保障制度を、「全世代型の社会保障」へ転換していくことです。若い世代が理想の子ども数を持たない理由としては、「子育てや教育にお金がかかりすぎるから」が最も多くなっています。そこで、幼児教育の無償化で子育て世帯を応援し、少子化対策にもつなげるねらいがあります。
もう一つは、幼児期の教育の充実です。幼児期は、根気強さや注意深さ、意欲、自信などの非認知能力の育成にとって重要な時期で、幼児期の教育が将来の所得を左右するという研究結果もあります。海外でも3歳から5歳の幼児教育について、所得制限を設けずに無償化している国があります。
確かに、高齢者に偏る給付構造を全世代型の社会保障に変えていくことも、非認知能力を育てる幼児期の教育の充実も、とても重要な課題です。しかし、その手法としてなぜ「幼児教育の無償化」が前面に出てくるのか、子育て世帯や保育の現場の状況をふまえれば、とても違和感があります。幼児教育無償化より優先すべき課題が多くあるからです。
第一に、保育所の待機児童問題です。保育所に入れずに仕事を辞めることになれば、経済的にとても苦しくなるので、子育て世帯を応援するのであれば、待機児童になって貧困に陥るリスクをなくすことが何より重要です。政府は今年度末までに待機児童をゼロにするとしていましたが、昨年4月時点の待機児童数は2万6千人と、前の年より2500人も多くなり、目標達成の時期が3年先送りされました。
そもそも幼稚園や保育所の保育料は、基本的に所得に応じて負担するしくみなので、幼児教育の無償化でもっとも恩恵を受けるのは、現在高い保育料を払っている高所得層です。幼稚園や保育所に入れた高所得層の保育料が無償化される一方で、保育所に入れずに仕事をやめた人や、やむなく認可外の施設に預けて高い保育料を負担している人には、十分な支援もないという状況は、不公平感をもたらします。幼児教育を無償化するのであれば、その条件として、待機児童となるリスクをなくすべきです。少なくとも保育所がみつからずに仕事が続けられなくなった人や、やむなく認可外施設に預けることになった人に対する経済的な支援策が必要だと思います。
第二に、保育の質の確保です。保育所が急増するなか、経験の浅い保育士の増加や、自治体の監査が手薄になるなど、保育の質の低下が懸念されています。幼児期の教育の充実を目指すのであれば、単に保育料を無償化するよりも、保育の質をどうやって確保するのか、その具体的な方策を検討する方が重要です。たとえばニュージーランドでは、国の機関が、全国の保育施設を定期的に訪問して、適切な教育が行われているかどうかを評価し、その結果をウェブ上で公表する仕組みがあります。そのほか、保育者に対して3年ごとに免許更新を求めたり、親に対して、予告なく園を訪問して様子を見たり、運営委員会に入って意見やアイディアを伝えたりすることを勧めるなど、質の確保に向けた様々な取り組みを行っています。
幼児教育が無償化されると、これまで保育料の負担感から利用を控えていた人の需要が掘り起こされるので、利用率が高まり、1人当たりの利用時間も長くなることが予想されます。実際、2007年にニュージーランドで3歳から5歳の保育料が週20時間まで無償化されたことで、保育利用率が上がり、1人当たりの利用時間が増えました。とくに半日の保育を行ってきた幼稚園が、無償化された保育料で午後も預ける人が増え、フルタイムの幼稚園が一気に増えました。

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幼児教育無償化で、保育ニーズが膨張すれば、保育士不足が一層深刻化し、幼児教育の充実どころか、保育の質の低下を招きかねません。幼児教育を無償化するならば、その条件として、適切な教育が行われているかを評価する仕組みの検討など、質確保に向けた具体的な方策を議論すべきです。
第三に、保育制度の効率化です。諸外国と比較すると、日本の保育制度は所管省庁が一元化されていないなど、非効率な部分が多くあります。限られた財源を有効に使うには、まず行政や保育現場の事務コストを減らすことが求められますが、保育に関しては事務の合理化がとても遅れています。
ニュージーランドでは、すでに80年代後半に、行政事務コストを削減するために、幼稚園と保育所の所管を教育省で一元化しましたが、日本はいまだに、保育所は厚生労働省、幼稚園は文部科学省、認定こども園は内閣府と、同じような施設を3つの省庁で所管しています。
自治体業務の効率化も遅れています。国は2015年度から市町村、都道府県、国の間で情報を共有する「子ども・子育て支援総合システム」を4億円近くの予算をかけて構築しましたが、十分な効果を上げていないと会計検査院が指摘しました。ニュージーランドでは、国と園とが直接オンラインで接続されていて、保育施設に入る時点ですべての子どもに全国生徒番号が与えられるなど、ICTを積極的に活用して、行政事務の効率化が図られています。
日本では保育者の業務におけるICTの活用もあまり進んでいません。ニュージーランドでは、園と保護者の情報共有を促すために、子どもの活動の様子を写真なども入れてスマートフォンでやりとりするシステムが多くの園で利用されています。
幼児教育無償化の条件として、こうした様々な非効率を解消する必要があります。
 
以上、幼児教育無償化より優先すべき課題として、待機児童の解消、保育の質の確保、保育制度の効率化を挙げました。幼児教育無償化は、これらの課題が解決したあとで実施されなければ、マイナスの影響も生じかねません。無償化は、2019年10月の消費税率の引き上げで財源を確保し、2020年4月から全面的に実施される予定です。保育の量と質の確保と、公的財源の有効活用を強く意識し、国民に信頼される効果的な制度作りを急ぐ必要があります。そうした課題をクリアせずに無償化すれば、少子化で園児が減少している幼稚園や保育所の救済策、あるいは選挙対策との批判を受けかねません。政府には、幼児教育無償化よりも、所管省庁の一元化など、新しい保育のあり方を大胆に打ち出してほしいと思います。幼児教育無償化の前に、子育て世帯や保育の現場からみて納得感のある制度へと改革を行うことこそ重要です。

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