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「女性アスリートの健康を守るには」(視点・論点)

東京大学医学部付属病院 産婦人科医 能瀬 さやか

近年、女性アスリートの活躍や女子種目の拡大、2020年東京オリンピック・パラリンピックを受け、女性アスリートの競技力向上や支援、医学的な問題について注目が高まっています。スポーツは、女性の健康を考える上で、思春期から生殖期、妊娠・出産後、さらに更年期や高齢期の女性においての身体機能の維持、増進に大きく貢献し、予防医学の観点からも、医療や社会の生産性の向上に大きな役割を担うと考えられます。

一方、適切な医学の知識が足りないことで、スポーツに参加する女性の健康が、かえって害されているという問題も明らかになってきていて、長期的視点での科学的根拠に基づいた医学的サポートが求められています。

様々な女性アスリート特有の問題がありますが、中でも産婦人科医の立場からは女性アスリートに多くみられる無月経や骨粗しょう症の問題は、早急に取り組むべき問題と考えます。
この無月経や月経不順は、競技レベルが高いトップ選手の問題と認識されがちですが、部活動に励む中高生や大学生の選手にもみられており、競技レベルを問わず対応していく必要があります。

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競技レベル別にみた月経不順や無月経の頻度について実施した調査では、図のように競技レベルを問わず約4割の選手で月経が規則的にきていないことがわかりました。アスリートに多い無月経の原因は、運動によるエネルギー消費量に対し食事からのエネルギー摂取量が少ない、いわゆる「利用可能エネルギー不足」と考えられています。

国際オリンピック委員会では、男女問わず全てのアスリートにとってこのエネルギー不足は、無月経のみならず、精神、骨格筋、発達、免疫、代謝、心血管系等へ悪影響を与え、パフォーマンス低下をもたらすとし警鐘を鳴らしています。
また、アメリカスポーツ医学会でも、女性アスリートに多い健康問題として「利用可能エネルギー不足」、「無月経」、「骨粗しょう症」の3つの疾患を挙げ、これらを「女性アスリートの三主徴」、つまり女性アスリートがかかりやすい3つの疾患と定義しています。

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これらの三主徴の疾患のうち、どれか一つでもあてはまる選手は、16歳~17歳頃に多くみられる疲労骨折のリスクが高まることが明らかとなっており、障害予防の点でも三主徴への医学的介入は重要となります。

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図は無月経と月経が規則的にきている選手の腰椎の骨密度を比較したデータです。こちらは381名の選手を対象に行った調査であり、ピンクが月経周期が正常な選手、水色が無月経の選手のデータです。このように無月経の選手では、月経が規則的にきている選手と比較すると骨密度が明らかに低い結果となっています。また、診療で最も問題となることは、このように低骨量や骨粗しょう症と診断された若い選手に対する治療法が少ないことです。

高齢者の骨粗しょう症で使用する薬剤は、若年者での安全性が確立されていないことや、ドーピング禁止物質を含む薬剤であることから、アスリートでは使用できる薬剤が限られます。このため、既に低骨量や骨粗しょう症と診断された選手は、生涯に渡り骨量が低いまま経過し、競技生活を終えた後も骨折のリスクを抱えながら生活している現状にあります。

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一生のうちで骨密度は20歳頃に最大骨量を獲得し、その後は徐々に低下し、50歳頃に閉経をむかえた後は急激に低下していきます。無月経の選手では最大骨量を獲得できずに骨量が低いまま経過します。最大骨量獲得後である20歳以上の選手210名を対象に、低骨量や骨粗しょう症の関連因子について調査を行った結果、①10代で1年以上無月経を経験していることと、②BMIが低いことが骨量を減少させる因子であることが明らかになりました。これらの2つの関連因子の起点は「エネルギー不足」であり、このエネルギー不足を「10代」で早期に発見することが女子選手の健康を守る上で重要となります。

この女性アスリートの三主徴の解決に向けて、今後取り組まなければならない課題は、学校での月経教育の充実と早期発見ができる体制の構築、他職種との連携です。

日々、選手の診療を行っていて感じることは、正常な月経に関する知識がないために異常に気が付いていない、ということです。女子選手に限らず、将来指導者になる可能性のある男子学生も含め、10代から月経についての正しい知識を持つことの重要性を強く感じるとともに、選手自身が自分の身体の異常を周囲の大人にきちんと伝えられるような教育をしていくことも必要です。10代の女性が一人で産婦人科を受診する機会は少なく、なかなか月経に関する問題を指導者や周囲の大人にも言えず、指導者が男性であればその傾向は強いのが現状です。男性指導者からも直接月経に関する問題を選手に聞きづらいし、セクハラと捉えられることに対する懸念があるのも現場から聞かれる意見です。

これらの早期発見は、個々の部活単位に委ねるのではなく、学校全体として低体重や無月経を早期に発見できる体制作りが必要です。その方法として、例えば、定期的に簡単な月経に関する問診票を用いて、小中高等学校に在籍される養護教諭や校医から、婦人科への受診につなげるような体制作りをとることが考えられます。骨粗しょう症は高齢者がかかるイメージがあり10代や20代では骨密度を測ることが少ないのが現状ですが、骨粗しょう症のリスクが高い学生では、今後、10代で骨密度を測定することも必要です。10代からの介入は将来的な骨粗しょう症を予防するという点からも予防医学や医療費削減に大きく貢献する可能性があります。
また、スポーツに精通した栄養士や精神科医との連携も無月経の選手の診療には欠かせません。特に成長・発達期にある10代では、栄養の見直しを行っていくことは無月経の治療の大原則であり、スポーツ栄養士へ紹介可能なシステムがなければ、この三主徴の問題は解決しません。しかし、現在の医療現場では、産婦人科医からスポーツ栄養士に紹介できるシステムがなく、個々のつながりで食事調査や指導についての依頼をしているのが現状です。そのほか、ボランティアベースでの診療であることや診療報酬制度の課題もあります。また、無月経の選手が婦人科を受診した際に既に摂食障害を抱えている選手は珍しくなく、婦人科が摂食障害の発見の場となるケースが多くあります。今後は、スポーツに精通している精神科医との連携も重要な問題であると感じています。
2020年の東京オリンピックに向けての支援体制の充実が期待されるのはもちろんですが、女性アスリートの支援は一時的な活動に終わってはならず継続して支援できる体制作りが必要です。
本来のスポーツの価値を超えて、スポーツによって10代から生涯の健康を害することがないよう、適切な知識と支援体制を構築し、健康で長く競技生活を送れるアスリートが増えることを願っています。

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