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「科学者の役割」(視点・論点)

東京大学 名誉教授 吉川 弘之

科学者は、研究で新しい知識を作り続けています。その作り方は独特で、一人一人の知的好奇心に基づいて研究課題を決めて研究している。自分で課題を決めて研究し、そして得られた結果を論文にまとめて発表する権利を持っています。その論文に全責任を負うのが大きな特徴で、そこに大きな誤り、あるいは不正があれば、研究者をやめなければいけないという厳しいお互いの約束があります。

この自分で責任を持って研究するというのが研究の自治といわれ、科学者の大きな特徴です。

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科学者は図のような関係を社会に対して持っていて、いろいろな役割を果たしています。その中で特徴的なのが研究成果を自由に科学論文として発表することが許されている点です。それは論文として発表したことは、社会の誰でもが使ってよいという第二の特徴です。

知的好奇心の研究の結果得られる科学的知識は中立で、誰でもが使えるという原則に立っているために、特定の国や思想、あるいは集団などの区別なしに、あまねく恩恵が届き、それを使用した社会が豊かさと安全を手に入れる、これが科学の特徴です。

しかし科学的知識が誰にでも使えるという素晴らしい性質についての問題を考えるとき、それは単純ではない問題を持っていることを忘れてはなりません。物理学研究の成果が原子爆弾として使われた歴史は科学的知識の使用です。水爆へと拡大することの状況を前にして、

科学者たちはRussell/Einstein 宣言を出します。これを受けてPagwash会議が始まり、核兵器の廃棄問題を議論してきたが、戦争抑止論にとどまっており、廃棄への道は遠いといわなければなりません。

戦争中、科学は兵器開発のために使われましたが、戦後は変わります。終戦を契機に、科学を人々の繁栄のために使おうという機運が世界的に広がり、その中で日本の経済成長は目覚ましく、科学研究、技術開発、その産業への応用を通じて、科学的知識を使うことにより豊かで快適な社会を実現できることを世界に示しました。

しかし今、科学的知識の使用による人々の活動の拡大が、地球環境に深刻な影響を与え始めていることが分かってきました。1956年に発見された水俣病をはじめ、多様な公害が発生し、産業の発達を喜ぶと同時に、健康への影響に苦しむ状況を生みました。そして同じころ、世界の科学者たちは公害のような個別原因でおこるものでなく、人間活動の全体が排出する温室効果ガス、特に二酸化炭素の排出により、地球温暖化という世界的な問題が起きることを指摘したのです。

日本では、きれいな空ときれいな川を回復したが、地球温暖化は、日本だけで対応できない、しかもこの問題は何が直接の原因でだれが責任者かを問うことがほとんどできないという新しい問題だったのです。1970年代に、科学者などが温暖化の危険について警告を発していました。この論文は何百篇にもなるといわれます。しかし社会はその重大さを理解しませんでした。科学者は個々の警告では力にならないことを理解し、集まって議論します。それは1985年、オーストリアのVillachという町に集まった会議で、科学者の合意した声として温暖化が危険であることを発表します。これが1992年の国連の会議、リオの地球サミットに届き、地球温暖化問題が地球の持続性問題の中心的な課題として取り上げられることになりました。

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その結果、このような社会的ループができます。これは分野を超えて協力する科学者が入っていて、そこから国連に情報が伝わる。そして各国政府、現実に行動する産業などに伝わり大きな役割をもって社会に影響を与える。影響の結果は科学者が改めて評価する。このループを流れる情報が、温暖化が危険であることの世界的な共通理解を進め、防止の方向に進み始めたのです。

核廃絶も、温暖化防止も、はじめは科学者が警告を発し、その方法を提案しています。しかし、Pagwash会議は一部の物理学者と軍縮の専門家だけの集まりであったので世界の動きになかなかならないのに対し、温暖化は多くの分野の科学者が一致した声を上げ、その後あらゆる社会の人が参加していったことにより、世界の合意で温暖化防止へと動いています。

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異なる学説を持つ科学者が協力することは、確かに難しいのですが、協力は現代の科学者に課せられた重要な仕事なのです。研究をして自分の学説を主張するだけではなく、必要な政策を作るために役立つ点を異なる学説の間から掘り起こし、それを科学者の共通の意見として提言することが科学者の第三の使命として必要なものとなりました。いま世界で意欲的で助言能力のある科学者が増えており、その人たちの世界会議の3回目が、来年、日本で開催が求められ計画中です。

今起こっている世界の問題の多く、温暖化をはじめ、地球的には生物多様性の喪失、森林の喪失、砂漠化など、そして社会的には地域紛争、難民、格差、など、これらは豊かさをもたらす恩恵である科学的知識に実に深く関係しています。

このように科学的知識の中に、これらの現代の問題を起こす原因が潜んでいるとしたら、科学者自身が現在の科学研究課題として取り上げられていない、まだ足りない点があることを認め、それを発見する責任を負っていることになります。問題が起こったらその都度それを解決する新しい研究をするという今のやり方でなく、問題を起こさない科学的知識を作り出す努力をしなければ、未来の社会は次々に起こる問題解決のための研究に追われ続ける社会になってしまうのではないか。基礎科学には、謎を解く科学と、知識の使い方に関する科学の二つの分類があり、現状を見ると、謎解きの研究が圧倒的に多く、使い方の研究はマイノリテイです。

現在は使い方の科学なしに、科学者から専門家へ直接科学知識が受け渡され、そこで直ちに特定の技術目的のために使われます。言い換えれば、使い方によって悪いことが起こるかどうかを知る科学による検証なしに科学的知識が使われているのです。

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このことは今広く話題になっているSDGsの問題意識でもあります。これは国連から提案されている目標で、地球の持続性を守りながらすべての人が幸せになれる基本条件を満たすようになる運動の提案であり、これも科学知識の使用にかかわる大きな事業で、以上に述べたことを深く考えたうえでの科学者の参加が求められています。

私はこの問題が、近代以降の科学が持つ欠点だと考え、長い間作ることの科学、「設計学」という分野で研究を続けていますが、それが科学研究の流れに影響を与えるまでに至っていません。

この新しい分野、これは理系、文系を超えた新しい分野ですが、これについて、社会も、また若い科学者たちも関心を持つことをぜひ願っています。

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