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「『不便』をデザインする」(視点・論点)

京都大学デザイン学ユニット特定教授 川上 浩司

京都大学デザイン学ユニットの川上と申します。
京都大学でデザイン教育と言うと驚かれることが多いのですが、いわゆる意匠やグラフィックデザインではなく、元々の英語の意味でのデザインです。様々な専攻の学生や教員が集い、たとえば機械工学の専攻ならインタフェースデザインを通して人と機械との相互作用をデザインする。
建築工学なら街並みのデザインを通してコミュニティをデザインする。
教育学ならカリキュラムのデザイン、経営管理ならビジネスデザインやサービスデザインなど、モノだけではなくコトのデザインを対象としています。

このモノとコトの両方に通じる視点として、本日は私たちが不便益と呼んでいることのお話をします。

耳慣れない言葉だとは思いますが、漢字ではこのように書きます。不の便益ではなく、不便の益です。英語にすると benefit of inconvenience です。やはり、よくわからないので、いくつかの例で説明します。

まず初めに、「不便」とは何でしょうか?
いつも何の気なしに使っている言葉を、いざ、定義しようとするとなかなかに難しいものです。むかし、「幸せ」ってなんだっけというテレビコマーシャルがありましたが、それと同じぐらい難問です。腕組みしてもはじまらないので、ここでは、とりあえず不便とは手間がかかり、頭を使わねばならぬこととしましょう。そうして、私が工学を学んでいた時、工学の使命とは「便利で豊かな社会を作ること」だと感じていました。

ところで、登山やトレッキングが趣味の人がいらっしゃいます。先の不便の定義からすると、手間がかかるわけですから登山は不便なことになります。そして、工学の使命を果たすためには、例えば「富士山エスカレーター」を作らねばなりません。

もちろん、これは冗談半分の「無批判な便利追求への皮肉」です。「富士山エスカレーター」は現実にはありませんし、もしそのようなものができたら、大きなお世話というか、本質を外しています。しかし、現実に、起こっていることもあります。

北京オリンピックの時に競泳でたくさんの記録を塗り替えた水着がありました。これを着るだけでタイムが縮まるという、便利な水着が開発されたのです。しかしこれは、競泳の本質を外しているのではないでしょうか?

現在、プロ棋士に勝つ人工知能が開発されました。もし、これの指示通り指して碁に勝つことを目的とするような人が出てきたら、それは碁の本質を外しているのではないでしょうか?
このように、「人の手間を省き、考えなくても済ませられれば、それで豊かな生活になる」と単純に思い込んでいてよいのか、もう一度考え直す必要があるのではないでしょうか?

それを考え直すきっかけとして、逆に「不便だからこその益を活用している事例」を集めています。今から少し紹介します。

まず、バリアアリーという考えがあります。

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これは、バリアフリーの逆の発想で、山口にあるデイサービスセンターには、意図的に階段や長い廊下などのバリアが施設内に配置されています。バリアは移動などの日常生活には不便な存在です。しかしそれを配置し、日常的にそこで訓練を行うことで、社会のバリア、家庭のバリアを克服する能力を獲得することを目的としています。

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次の事例は、足こぎ車椅子です。
本来は、歩行が難しい人でも、どちらかの足が動かせれば、両足でペダルをこげる可能性がある、というリハビリを目的に開発された車椅子ですが、現在では行動範囲を広げるために使用する人が増えているそうです。

私は工学畑におりましたので、新しい車椅子をデザインせよと言われれば、動力アシストを付けるとか、自動車の衝突回避装置をつけて、ぶつかりそうになると自動的にブレーキがかかるとか、便利な方向に改良したくなるのですが、足こぎ車椅子は、逆の発想です。「自分で、漕げ」という車椅子です。電動などと比べれば身体に負担がかかり、不便ではあります。しかし、自分の力で移動できるということは、ユーザにとってはとても嬉しいことなのだそうです。あえて不便にすることによって、クオリティーオブライフ=生活の質を向上させる事例ではないでしょうか?

次の例は、幼稚園の凸凹園庭です。10数年前、新聞記事で、園庭を凸凹にして園児をコケさせようとする園長が居るという話を読みました。凸凹にすると、移動しづらいですし、転んで怪我をする危険も増えるので、不便なような気がします。ところが、その不便によって園児が活き活きとしてきたというのです。その時は、凸凹と活き活きの因果関係がわかりませんでしたし、幼稚園の名前も覚えていなかったのですが、ふと気になって、ウェブで検索してみると、近年は園庭を凸凹にする幼稚園が増えているようです。

ここまでは、施設、車椅子、園庭といった、不便な「モノ」の益の例を見てきました。一方、「モノ」だけでなく「コト」にも不便の益が見つかりました。

メーカーの工場でモノを組み立てる方式として、ベルトコンベアに乗って組み立て対象のほうから流れてきてくれるライン生産方式と、セルという場所で少人数のチーム、あるいは一人だけで複雑な製品を組み立てるセル生産方式とを比べると、作業が難しく覚えねばならないことが多いという点で、セル生産方式の方が不便です。それなのに、多くのメーカーがセル生産方式を導入しています。なぜでしょうか?

表面的には、多品種少量生産への柔軟性を向上させるためと説明されます。しかし、私は、あの複雑な複合機や軽自動車を一人で組み上げることができる多能工に見られる益、つまりスキルとモチベーションがお互いに高め合うことに注目しています。作業が、楽ではないけど楽しいのです。このような益が、不便な生産方式によって人側に形成されます。そして多能工が増えることは組織にとっても財産であり、有形無形の益をもたらすのです。

ところで、これらは後付け的に「不便益がある」と解釈できる事例です。逆に、意図的に不便益を実現する新たなデザインはできないものでしょうか?一つの例として、ものさしを不便にしてみました。

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目盛りが歯抜けで、素数のところにしかない素数ものさしです。素数しかはかれないようにも思えますが、例えば「4」は「7-3」というように、素数の組み合わせで測れるたりします。
一見すれば面白グッズでしかないように見えますが、実は「不便益」のシンプルなデモンストレーションにもなっているのです。今では定番の京大土産となりました。

さて、そろそろまとめますと、様々な分野で、あえて不便を導入することで「益」をもたらすデザインが見られます。デザイン対象は、モノだけではなく、生産方式のようなコトである場合もあります。さて、それらのデザインが求める益には、どのような種類があるのでしょうか?また、単純に不便にすれば必ず益が得られるとは限りません。単に不便になるだけのことも、もちろんあります。

どのようなことに気をつけて「不便」にすれば、「益」が得られるのでしょうか?現在、不便益システムデザインの研究は、このようなことに注目しています。

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