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「サウジアラビアで何が起こっているのか」(視点・論点)

国際開発センター 研究顧問 畑中美樹

 サウジアラビアで今月4日以降、王族、政府高官やビジネスマンの汚職容疑での大量拘束が起きています。拘束を指示したのは、サルマン国王の勅令で発足したばかりのムハンマド皇太子の率いる「汚職対策最高委員会」です。この汚職名目での大量拘束には、1)皇太子の権力基盤のさらなる確立、2)補助金の削減による電力料金の上昇など、経済改革の痛みを受ける国民の不満の解消、3)拘束者が汚職で得た資産の没収による財政難の一部解決、の3つの狙いがあるようです。要は、ムハンマド皇太子が進める経済・社会改革を推進しやすい環境の整備に向けた措置です。果たして、王族を含めた有力者の大量拘束が、改革を後押しすることになるのか考えてみたいと思います。

 今回の大量拘束で世界が驚いたのは、王家内でも有力な王子や国際的にも名の知られた王子、或いは経済改革の推進者である閣僚などが含まれていたことです。

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 例えば、アブドゥラ前国王の子息で重要施設の警備や国内治安の維持に当たる国家警備大臣を務めてきたムトイブ王子や首都であり各省庁が立ち並ぶリヤド州の知事であったトゥルキ王子、アメリカのアップルやツイッター、シティグループ、欧州のユーロ・ディズニーなどの株主で国際的投資家としても有名なワリード王子、経済改革を率先して推進してきたファキーハ経済企画大臣、病院経営から不動産開発まで幅広い事業を行っているビジネスマンのサーレハ・カメル氏などが拘束されています。
 しかし、サウジ政府が依然拘束事件について詳しく発表していないため、一体何人が拘束され、どのような取り調べが行われているのか全体像は依然分かりません。このため欧米諸国を初めとする海外からは批判の声も上がっています。汚職の追放に向けた王族や政府高官などの拘束自体は支持するものの、その進め方、具体的には法的根拠や捜査の詳細が明らかにされないまま取り調べの行われていることへの懸念が高まっています。特に欧米諸国は、法律が正しく適用されているのか、拘束者の人権は確保されているのかといった疑問から、公明正大な捜査を基本とする情報の開示や透明性の確保を求めています。

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 こうした動きを気にしたためなのか、ムハンマド皇太子は大量拘束の発生から約3週間経過した先週、アメリカの有力な新聞のインタビューに応じる形で何が起きているのかを多少説明しました。その中で皇太子は主に次の6点を明らかにしています。
第一は、拘束者の多くが自分及び改革への誓約を公にしており、特に王家の大部分は自分を支持していることです。第二は、父親のサルマン国王が2015年1月の就任後、汚職追放を目指して極秘の捜査を命じ必要な資料が揃えられ、約200人の汚職者の名前が判明したので今回の摘発になったことです。第三は、拘束者の約95%が不正に得た資金や株式を国庫に返還する代わりに釈放されるとの解決策に同意したことです。第四は、拘束者の約1%は潔白であることを証明できたので容疑が直ちに取り下げられたことです。第五は、拘束者の約4%は不正を犯していないと主張し弁護士と共に裁判に訴えると言っていることです。最後に第六は、政府が回収できる金額が約11兆円であることです。
 海外では批判もある汚職容疑での今回の突然の拘束事件ですが、興味を惹かれるのは多くのサウジ国民がこの動きを支持していることです。公共料金やガソリン価格の上昇といった経済改革の痛みにさらされている国民は、汚職で巨万の富を築く富裕層をかねてから苦々しく思っていました。そのため国民は、富裕層、特にこれまで何をしても罪に問われることなどないと考えていた王族までもが拘束されたことを、好ましく受け止めているのです。
 今、サウジアラビアではムハンマド皇太子が中心となって、様々な改革が進められています。その中核をなすのが、サウジアラビアを石油に頼らない国家に変えることを目指す「経済改革」です。昨年4月に発表された2030年までの経済計画である「ビジョン2030」では、3つの目標を掲げています。

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 まず目標に掲げているのが石油に依存する経済からの脱却で、現在約4.8兆円の石油以外の収入を2030年には約29.4兆円に引き上げるとしています。また雇用を創出するなか就業者に占める女性の比率を現在の22%から2030年に30%に引き上げることや、国営企業を改革して現在40%である民間部門が経済に占める比率を2030年には65%に引き上げることも目指しています。
 経済改革と並行して取り組まれているのが社会・文化改革です。すでに女性の運転の解禁、一部競技場での女性のサッカー観戦の解禁や音楽コンサートの開催などが明らかにされたほか、これまで全くなかった映画館の開設も計画されています。
 実はサウジ国民の65%は30歳以下の若者であり、言うまでもなく国民の約半数は女性です。ムハンマド皇太子が進める各種の改革は、こうした若者や女性から圧倒的な支持を得ています。ムハンマド皇太子が今回汚職容疑で王族や政府高官などの大量拘束に踏み切れたのも、自分は若者や女性から圧倒的に支持されているとの自信が背景にあったからでしょう。
 このようにサウジ国内では若者や女性を初めとする多くの国民の支持を得ている汚職容疑者の大量拘束事件ですが、ムハンマド皇太子の目指す改革をさらに進めるためには、今回の動きについて国際的な理解を十分得ておくことが不可欠です。何故ならば、サウジアラビアが石油への依存から抜け出し民間部門が中心となる経済に変わって行くためには、必要なとなる資金や技術、知識、経験などをまだまだ海外に頼らなければならないからです。
 しかし、仮に海外の投資家やビジネスマンが、サウジアラビアの法律の適用の状況や経済に関する各種政策の継続性、或いは事業提携者の安全性に疑問を感じるとすれば、サウジアラビアへの投資やサウジアラビアでの事業展開を考え直すことは明らかです。サウジアラビアで投資をしても、或いは事業を行っても安心であると確信しない限り、海外の投資家やビジネスマンが進出することはありません。彼らを納得させる上でも、サウジ政府が今回の事件の全容を近い将来に公開することが望まれます。
 サウジアラビが多くの必要な改革に余りに長く手をつけないまま今日を迎えていたこともあり、ムハンマド皇太子の進める今回の汚職追放の動きや各種の改革は多くの国民に希望を与えています。32歳と若いムハンマド皇太子には、今、改革しなければサウジアラビアが21世紀に取り残されるとの強い思いがあるようです。ムハンマド皇太子の進める汚職追放を含む各種の改革は、サウジアラビアとの政治・経済関係の強化を望む日本をはじめとする海外諸国にとっても本来望ましいものです。それだけにムハンマド皇太子が各種改革を、日本を含む国際社会の理解しやすい方法で進めることを期待したいと思います。

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