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「スズメバチの生態を知ろう」(視点・論点)

玉川大学教授 小野 正人
 
毎年、夏から晩秋にかけて、人が「スズメバチ」に刺される事故がおき、社会問題化しています。厚生労働省の調査によれば、1980年の初頭から現在に至るまで、毎年平均で約20名もがハチによる刺傷で命を落とされており、そのほとんどがスズメバチによるものと考えられています。今年も多くの方が被害にあわれています。今日は、日本に生息するスズメバチの特徴について紹介し、スズメバチから身を守るためにはどのようにすればよいかを考えていきたいと思います。

スズメバチによる刺傷事故が秋に集中するので、多くの方がスズメバチの発生時期を夏から秋と思われているようですが、スズメバチの巣造りは、4月下旬から5月にかけて、越冬を終えた1匹の女王バチによってひっそりと始められています。

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巣造りの当初は女王バチしかしないので、最初の小さな働きバチが羽化するまで1カ月から1カ月半の間は、巣造り、産卵、育児、外敵防御を1匹で行わなければなりません。この時期、梅雨が訪れます。雨が多く、気温も上がらないと営巣活動、つまり巣造りや子育てが滞り、女王バチによる育児が失敗し、多くの巣が人知れず廃絶します。しかし、今年のように雨が少なく気温も高めの梅雨ですと、多くの巣で、働きバチの成育に成功します。その段階になると、女王バチは巣にとどまって産卵に専念できるので、夏、秋まで生き残る巣の生存率が飛躍的に上がります。

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 7、8月にかけて巣は急成長し、働きバチの数は、数十から数百匹へと跳ね上がります。その頃には、幼虫の育てられる巣盤の数も増加し、マンションのような階層構造になります。 9月にはいると、いよいよ来年女王バチになる新女王と配偶者のオスといった生殖虫の生産が開始されます。その頃にはちょうど、働きバチの数も最大となり、餌集めも巣の防御も万全の状態に整っているのです。巣に刺激を与えるものには容赦なく、多数の働きバチが毒針を使った激しい防衛行動を示します。
 このように、同じ場所につくられた巣でも、巣の発達段階によって、危険性が大きく異なります。大型連休の頃は何も起きなかった所を、秋の行楽の季節に通ったらスズメバチに襲われてしまうという事故は、このような背景から発生するのです。

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 10~11月下旬にかけて新女王バチとオスは次々に巣を離れ、それぞれ異なる巣で育った配偶者と結ばれます。新女王バチはオスから受け取った精子を腹部の中にある受精のうという袋にため込んで、朽木や土の中に入り込んで越冬し、来年の春の到来を待つのです。

 多くのスズメバチの事故で、いちどきに大勢の方が刺されています。それはなぜでしょうか?これには、巣を守る無数の働きバチの間の化学物質による、香りの情報伝達が関係しています。秋になると巣の出入り口には門番がいて、巣に近づくと敵かどうかを見極めるために、身の回りをまとわりつくように近づいてきます。その蜂を、手で払ったりすると、飛びかかって針で刺す行動を起こしたり、毒液を針先から噴射してきます。その毒液に中に、巣の仲間に「敵が来たぞ!」と伝える意味をもつ「警報フェロモン」が、含まれています。警報フェロモンはアルコールやエステルなど揮発性の高い香気成分のブレンドで、それ信号を受けると巣内の多数の働きバチが、周囲の動くもの、黒い部分に集中して攻撃を開始します。

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オオスズメバチの警報フェロモンは3種類の揮発性物質からなることが明らかにされていて、この写真のように、ろ紙にそれらの物質をしみこませてスズメバチの巣門に近づけると瞬く間に中から多数の働きバチが噴出してきました。このようなことが、スズメバチの刺傷事故の現場で起きたことで、多数の被害者がでてしまったと考えられます。

 ところで、なぜ、働きバチは、大きな敵に対して、命を落とすリスクを背負い、勇敢に立ち向かえるのでしょうか?それこそが、スズメバチの特性と怖さにつながります。
働きバチは雌ですが卵をうまず、自分で子孫を残しません。実は、同じ両親に由来する遺伝子のコピーを血縁者を通じて残す存在なのです。ですから、自分の身が犠牲になっても、その代償としてたくさんの兄弟、姉妹が生き残れば、それらの血縁者を通じて、自らの遺伝子を残すことができます。

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ハチの仲間は、オスが無精卵から発生するため母由来のゲノムを1セットしかもっていません。そのため、母子間と姉妹間の遺伝子の共有率を計算したときに、母子間では50%、姉妹間では父親由来の遺伝子を確実に共有しているため平均75%とになります。このため、働きバチにとっては、妹を助けて残したほうが適応的ということになります。このことが、働きバチという自分の身を犠牲にしても血縁個体を助けるという利他的な行動をもつ存在の進化の背景にあると考えられています。クマや毒蛇は、自らの生存のための防御ですが、スズメバチの働きバチは、それこそ命がけで巣内の血縁個体を守ろうとしているのですから、私たちも心していなければなりません。

 そのような属性をもつスズメバチが、近年都市部でも増加傾向にあるといわれています。

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都市化の波を追い風にしたスズメバチが、人がつくった環境のさまざまな場所に柔軟に適応して、巣をつくっています。自然の山の中より、営巣可能な場所が多様で、しかも治水なども行き届いているので自然災害からもまもれるなど、スズメバチの住環境は好転しているようです。

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 食べ物についても、都市部では、空き缶に残ったジュースや生ごみ、庭に植えられた果物など食物として流用し、高栄養化しているかのようです。
 このような「都市適応型スズメバチ」は、実は、現在人の生活スタイルが生み出してしまった存在であるということを忘れてはいけないと感じます。

最後にスズメバチから身を守るための工夫について、お話ししましょう。スズメバチに刺された事故のほとんどが巣の近くで起きています。歩いていて身の回りをまとわりつくようにスズメバチが飛び始めたら、近くに巣がありその方向に近づいていると思って下さい。決して、その蜂を手で払いのけてはいけません。

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万が一、誰かが巣を刺激してしまった時には、黒など色の濃いところに攻撃が集中するので、頭髪を淡い色の帽子などで隠し、着衣も白系のものを着ていると被害を受けるリスクを減らすことができます。
また、スズメバチは香りにとても敏感に反応します。警報フェロモンの成分やそれに近い香りを身につけていると攻撃を受けてしまう可能性があるので、それにも留意するのが賢明です。

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もし、刺されてしまった場合には、その場所から遠くに離れ、刺された部位を指などで押さえて、毒液を体外に絞り出します。その際、きれいな水で洗い流しながら行うと効果的です。体全体に蕁麻疹がでる、血圧が下がる、息苦しいなどの全身症状がでるようであれば、アナフィラキシーショックが発症した可能性があり、命に係わる事態ですので、一刻も早く、皮膚科やアレルギー内科の医師の診断を仰がなければなりません。
人間の生活圏内に大きなスズメバチの巣を造らせないことが、スズメバチの被害を予防し、彼らとの共存を図る、もっとも効果的な方策です。それには、スズメバチの巣の早期発見と駆除が大切です。5月、6月の小さな巣を駆除するのであれば危険もほとんどありません。
 この点、とくに近年では、人の眼の行き届かない盲点となる空き家が増加傾向にあるようなので心配です。管理される方は、大型連休のときなどに見回り、営巣の初期段階で適切な処理を行い安全を保持することも大切です。それには、近隣の住民の間での協力と自治体の支援が有効になるでしょう。

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