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「南海トラフの地震にどう対応するか」(視点・論点)

静岡大学教授 岩田 孝仁

この11月1日から 気象庁では「南海トラフ地震に関連する情報」を発表することになりました。この情報がどのような意味を持つのか、さらにどのように活用するのかなどは、まだあまり理解されていないと思います。
そこで本日は、想定される南海トラフの地震に、私たちはどう対応していくのかについてお話ししたいと思います。

まず前提として、いわゆる東海地震の防災対策の仕組みを理解しておく必要があります。
これまで、東海地域を中心に「地震防災対策強化地域」が指定され、大規模地震に備えて、学校や病院などの耐震化、津波対策として水門や防潮堤の整備など、様々な地震対策が行われてきました。
一方で、地震の直前予知に基づき、内閣総理大臣が「警戒宣言」を出し、津波や山崩れ危険地域からの避難、新幹線など、鉄道やバスの運行停止、高速道路の閉鎖など、地震発生に備え、一斉に直前の警戒措置を執ることとしてきました。
こうした対応で、少なくとも犠牲者は最小限に、さらに、社会生活に大きな支障となる重大な事故を極力避けようとするものです。地震の発生は避けられません。しかし、科学技術の総力を挙げて被害の軽減、特に人的被害を最小限にすることを目指したものです。
従来のこのような体制は、1978年に制定された「大規模地震対策特別措置法」に基づいています。地震予知という、未熟ではあっても地震学の一定の知見を社会にうまく適用させようということでスタートしました。
しかし、最近の地震学では、地震のように不均質な地下の岩盤が破壊する現象を、事前の予兆だけで、その時期や規模を予測する、いわゆる地震予知は不可能であるとの意見が多くあります。その一方で、2011年の東日本大震災の直前には、地震活動などに様々な異常変化が出現していたとの報告もあり、この点では、まだまだ研究を進めなければならない分野です。

今年の9月に、政府の検討会が、ある報告を出しました。南海トラフ沿いの地震観測・評価に基づく防災対応のあり方について、という報告です。
従来の、東海地震が単独で発生することを想定した対応から、対象を南海トラフ全域に拡大し、防災対応をどう考えるかという検討です。地震の直前予知は困難であるとの前提ですが、状況によっては、相対的に地震発生の可能性が高くなったということは科学的にも言えるとのことです。ただし、問題はその状況がいつまで続くのか、現在の科学ではなかなか言及できません。

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この図をご覧ください。南海トラフでは、このプレート境界で大規模地震が繰り返し発生してきました。しかし、その発生パターンは様々で、例えば1707年の宝永地震では、南海トラフ全域がほぼ同時に破壊する巨大地震が発生しました。
1854年の安政地震では、初めに東側の領域で東海地震が発生し、その32時間後に西側の領域で南海地震が発生しました。第2次世界大戦末期の1944年には、東海沖で東南海地震が発生し、2年後の1946年に四国沖で南海地震が発生しています。
このように、東側又は西側で地震が起きてしまった場合、残された地域ではどのように警戒すれば良いのか、またそれはいつまで続けるのかが課題になります。こうしたケースの他にも、震源域で大地震の前触れとなる大きな前震が発生するとか、様々な異常現象が観測される場合もあります。
このように自然現象は複雑で、その多様性に合わせて、的確な防災対応を執る必要があります。

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地震発生前に出される地震情報について少し考えてみたいと思います。この図の左側は、これまでの東海地震を対象として、観測データに異常が発見されてからの情報の流れです。
まず、観測データに有意な変化が出ると、気象庁は「東海地震に関連する情報」を発表し、変化の状況に応じて注意を喚起します。その変化が大地震発生につながると判断すると、「地震予知情報」を出し、それを受けて内閣総理大臣から「警戒宣言」が出されます。警戒宣言が出ると、強化地域では、危険地域からの避難などの措置が一斉にとられます。
従来のこのような対応に対して、この11月1日からは、南海トラフ地震として、特に、東海から西日本の太平洋沿岸地域全体に対し、気象庁が新たな情報を出すこととなりました。これがこの図の右側の流れです。
南海トラフ沿いで異常な現象が観測され、地震発生の可能性が相対的に高まったと判断した場合には、気象庁が「南海トラフ地震に関連する臨時情報」を発表するというものです。
こうした情報を受けて、公共機関だけでなく、私たち住民も、それぞれの地域の特性に応じた対応をとることになります。沿岸住民は津波からの避難を開始するのか、そのまま留まるのか、高速道路や鉄道の運行はどうするのかなど、改めて具体的な検討が必要となってきました。
従来は「警戒宣言」に基づいて、住民避難や鉄道の運行停止など、防災対応が定まっていましたが、これからはそれに代わって、気象庁が出すこの「地震関連情報」によって、各機関や住民が、状況に応じた防災対応をとることになります。言ってみれば、政府のトップとして、内閣総理大臣が発した警戒宣言を、地震予知が不確かであるということから、代わって気象庁が解説的な情報を出し、対応することになります。

私自身は、国民の間に大きな混乱が生じることを危惧しています。基本は、従来の警戒宣言の枠組みの中で、対象を南海トラフ全域に拡大し、状況に合わせた防災対応を検討することで、新たな枠組みにも対応できるのでは、と考えています。
こう考える背景には、社会の予防対策のレベルが確実に進化してきていることが挙げられます。東海地震説が出された1976年当時は、建築物などの耐震性は現在に比べて格段に低く、震度6程度の揺れで倒壊する建物が多く存在していました。
現在、例えば静岡県内では、直下で発生する東海地震に備え、1980年頃から耐震設計基準も震度7を目標に耐震化を進め、その結果、公共施設の耐震化がほぼ完了するなど、耐震性の観点でも大きく様変わりしました。
また、地域によっても被害の状況は大きく異なります。地震発生の数分後に大津波が襲来する、静岡や和歌山、高知などの沿岸地域と、伊勢湾や大阪湾のように、ある程度、時間的余裕のある地域では対応が異なっても当然です。
耐震性の十分な建物と、そうでない建物では当然、対応は異なるでしょう。さらに、居住者の状況によっても、対応は変わってくるはずです。高齢者や体の不自由な方が、すぐに津波が襲来する地域に居住している場合には、一定の期間は一時的に安全な場所まで退避しておくことも十分考えられます。
一方、このような事態になっても、混乱を極力軽減することは社会全体の使命であります。このため、高速道路や鉄道、商工業などの社会インフラを、安全の確保を図りながら、維持させておくことも重要となります。
安全にどこまで配慮し、稼働するかについては、それぞれの管理者が、抱えるリスクと対応措置を真剣に検討しなければ、なかなか答えは出てきません。
昭和の東南海地震、南海地震から既に70年以上が経過しました。ひとたび発生すれば、国難といえる南海トラフの地震です。次の地震発生の可能性が高まってきたことから、日本の総力を結集して、改めてしっかりとした防災体制の構築を図っておく必要があります。

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