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「成年年齢引き下げと消費者保護」(視点・論点)

弁護士 池本 誠司

 昨年の参議院選挙から、選挙権を持つ年齢が18歳に引き下げられました。政府では、これに続いて、単独で契約を結ぶことができる成年の年齢を、20歳から18歳に引き下げることを検討しています。今日はこのことについて考えてみます。

明治時代に作られた民法の中で、20歳以上を成年と定めています。

未成年者は、社会経験が不十分で判断力も未熟なため、ついつい無分別に契約をしてしまいがちです。

そこで、未成年者が契約を結ぶときは親の同意を得ることを原則とし、親の同意なしで結んだ契約は、未成年者であるという理由だけで取消すことができるという、「未成年者取消権」が与えられています。
不利な契約から解放される取消権を与えることによって、将来の社会を担う未成年者を社会全体で保護しようという考え方です。
この成年年齢を現在の20歳から18歳に引き下げることは、一人前の大人として扱われる時期を早めることを意味します。早く大人として扱われたい、と思っている若者からみれば、賛成となりそうですが、未成年者取消権を失うことを果たして理解しているでしょうか。
近年は、大学の進学率が約5割に上り、専門学校への進学を含めると7割以上に上るのが現状です。若年者の社会的自立はむしろ遅くなっているのです。社会経験が不十分で判断力が未熟な若年者が、親の承諾なしで自由に契約できることになれば、悪質業者に狙われるのではないか、という心配があります。

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内閣府が平成20年と25年に実施した世論調査によれば、「契約を一人ですることができる年齢を18歳にすることの賛否」を質問したところ、いずれも賛成は2割弱で、反対が約8割を占める状態です。

18歳・19歳と言えば、高校3年生や大学1年生です。多くの親御さんの眼から見れば、成年となる年齢を引き下げることには不安が強いことが示されています。

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こちらのグラフをご覧ください。全国の消費生活センターに寄せられた消費者トラブルの相談事例を国民生活センターが集計したものですが、平均契約金額が、18歳・19歳では16万円から21万円程度であるのに対し、20歳から22歳の男性が平均39万円、女性が平均27万円と一挙に高額化しています。成年になれば、消費者金融やクレジット契約も親の承諾なしに利用できることになるため、悪質業者にそそのかされて、高額の借金をして不必要な契約を結んでしまうことが、数字に示されていると言えます。
 実際のトラブル事例を見ても、20歳になったばかりの若者が、投資用教材の購入やマルチ商法への入会で儲かると誘われて、消費者金融で数十万円の借金をして契約してしまったというケースなど、まさに若年者の思慮不足に付け込んだ被害が特徴的です。

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次のグラフは、国民生活センターの集計による相談件数の年齢別の比較です。緑色の棒は20歳を表していますが、18歳・19歳に比べ、20歳になると相談件数も一挙に増加しています。つまり、悪質業者は消費者が20歳になって取消権がなくなるのを待ってだましている、ということが読み取れます。
 未成年者取消権は、こうした悪質業者から未成年者を守る役割を果たしている、ということができます。
 
このような実情の中で、政府は、昨年夏、成年年齢を引き下げる方針を発表し、これを受けて、第三者で構成する消費者委員会では本年1月に必要な対応策を報告書として取りまとめました。
報告書では、社会経験が不十分な18歳・19歳の若者がスムーズに社会に参画できるように支援するという観点から、いくつかの対策を提言しました。

まず第1に、被害の未然防止対策として、高校生や大学生・専門学校生などに対する消費者教育の機会を強化することです。「大人」として扱う前提として、契約責任の考え方やローン・クレジットのメリット・デメリットをきちんと理解することが重要です。
第2に、悪質な訪問販売業者やトラブルを引き起こすマルチ商法業者に対しては、国や都道府県による取り締まりを強化することを求めています。
そして第3に、最も重要な対策として、被害に遭ってしまった消費者が救済される制度として、若年者の知識・経験・判断力不足に付け込んで不合理・不必要な契約をさせた場合に取消権を認めるべきである、と提言しました。18歳・19歳の若者は一律に取消権で保護される、という取扱いがなくなる代わりに、事業者が消費者の判断力不足に付け込んで不合理な契約をさせた場合は取消権によって保護しようという提案です。この提案が実現すれば、儲かるからと言って、借金までさせて契約させるようなケースは、取消しによって保護されることになります。

この消費者委員会の提言を受けて、具体的な法制度の検討が行われました。
ちょうど、消費者委員会の下に設置された「消費者契約法」に関する専門調査会において、高齢者の消費者被害やインターネット取引被害などの対策の在り方を議論していましたから、その中で、若年者の保護対策の観点も加えて検討したのです。
そして、本年8月8日には、「消費者契約法」の改正事項を7項目ほど提言しました。
しかし、焦点であった、消費者の判断力不足に付け込んだ契約の取消権については、残念ながら提言に盛り込まれませんでした。それは、取消権が適用される要件が明確でない、という事業者側委員の反対意見が繰り返されたためでした。

 このような経緯を踏まえて、この専門調査会の報告書を受けた消費者委員会では、 “高齢者や若年者等の知識・経験・判断力不足に付け込む契約について取消権を付与すること”は、早急に検討すべき喫緊の課題である、という異例の「付言」を加えて政府に答申を提出しました。

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そもそも、消費者志向経営を目指す大多数の事業者としては、消費者の知識や経験や年齢に配慮して事業活動を展開するという基本姿勢には、異論がないはずです。そうであれば、消費者の弱みに付け込むような不当な営業活動から消費者を守ることは、一般の事業者としては反対する理由はないと思われます。
 国民世論の約8割が一人で契約することができる成年年齢の引き下げに反対している現状で、若年者の保護策をしっかりと講じないままに議論を先行させることは、国民の理解が得られないのではないでしょうか。
政府が成年年齢引下げの法律改正を提案するのであれば、若年者保護の実効性ある法制度を同時に提案することが必要だと思われます。

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