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「モンテッソーリ教育の可能性」(視点・論点)

日本モンテッソーリ協会(学会) 会長(理事長) 前之園 幸一郎

14歳2か月でプロ棋士四段としてデビューした中学生棋士、藤井聡太さんの活躍が注目されています。抜群の能力に加えて、冷静ですがすがしい態度が話題となり、それは藤井さんが幼児期に受けたモンテッソーリ教育と深いかかわりがあるのではないかと取りざたされています。もちろん、それだけではないと思いますが、本日はいま注目を集めているモンテッソーリ教育の基本的な考え方と教育方法の特質について考えてみたいと思います。

モンテッソーリ教育は、幼児の心身の内部的な発達要求に応じつつ、「準備された環境」の中で一人ひとりの子どもが独自の創造性と喜びに満ちた活動を展開出来るように援助を行うものです。その誕生の背景には、実は、障害のある子どもたち、貧困に苦しむ子どもたちの存在がありました。

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マリア・モンテッソーリは、1870年にイタリアに生まれました。1896年にローマ大学医学部を卒業した彼女は、大学付属精神病院に助手として勤務します。当時、知的障害児は大人の精神病棟の一室に集団的に隔離されていました。この現実に対してモンテッソーリは、知的障害児は医療の対象ではなく教育の対象とされなければならないと奮闘します。
1907年にローマに「子どもの家」が開設されます。それは都市再生計画によって改修されたスラム街のアパートの一画に設けられました。その地区は当時最下層の労働者たちが居住する劣悪な環境の地域でした。モンテッソーリは親たちによって昼間は放置される子どもたちのために特別に設けられた一室の責任者に任じられました。彼女はその施設を「子どもの家」と命名します。その場所に集められた子どもたちは、栄養失調でおびえてうつろな表情をした3歳から7歳の50名ほどの子どもたちでした。そのような子どもたちとの人間的接触を通してモンテッソーリ教育が誕生することになります。
モンテッソーリが「子どもの家」で最初に行ったのは障害児のために考案された教具の健常児への適用の試みや日常生活の練習の実施でした。彼女は、通常の家庭生活の基本的な体験を欠いた子どもたちのために「着替えをする」「髪をとかす」「手を洗う」などの日常生活の基本訓練が大切だと考えました。そこで子どもたちが「清潔」「秩序」「落ち着き」「会話」を自然に身につけるような環境を整えました。自立心、自尊心、社会性などの意識の発展も配慮されました。あのスラム街の子どもたちは、一年足らずのうちに人が変わったような発達を遂げ、誰も教えないのに年長児は読み書きができるような激変ぶりも示しました。
では、どうしてそのような大きな変化が子どもたちに生じたのでしょうか。そのきっかけは子どもたちの観察からモンテッソーリが学んだ一つの発見でした。

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3歳の女児が教具「はめこみ円柱」の練習に熱中していました。それは角柱にあけられている穴に同じ大きさの円柱をはめこむ教具です。その小さな女の子は強い興味を示して練習を何回も繰り返しています。周囲の物音に集中を乱されることもありません。42回目が終わって、やっと夢から覚めたように練習を終え、ほほ笑んで周りを見まわしました。
これは、「集中現象」と呼ばれるモンテッソーリの教育法の基本原理とされています。自由な環境の中で、子どもはその発達段階に応じた敏感期の興味に従って活動を始めます。自分の意志で自由に選択した活動が大人に干渉されることなく満足するまで行われます。子どもは「わたしが一人でできるように手伝ってね!」と絶えず大人にメッセージを発しています。子どもの内部には自然が与えたそれぞれに個性的な発達のプログラムが存在しているからです。その内部からの自然の発達を援助するのが教師の役割だとされています。三歳くらいまでに子どもはことばや生活習慣や身の周りにある事物をそのまま吸収します。この「吸収するこころ」にもモンテッソーリは着目しました。モンテッソーリ教育では整えられた秩序ある環境の整備が強調されています。
モンテッソーリは子どもの発達に合わせた教具を、子どもの手の届くところに用意して、自由に選択できるようにしました。子どもは自分のペースで落ち着いて動ける自由な環境の中で、心身を使って自らを発達させます。

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「子どもの家」開設から100年以上の年月が流れ、時代も大きな変貌を遂げました。しかしながらモンテッソーリ教育は、今日でも世界各地で広く普及しています。モンテッソーリ教育が二つの普遍的な原理に支えられているからです。
その一つは人間の自然本性に従う教育の原理です。人間は人種、民族、国籍にかかわりなく身体的にも精神的にも基本的要素は同一です。成長発達のプロセスも同じです。その共通する普遍的要素の一つが人間の傾向性と呼ばれます。例えば、自己完成へ向かう向上心は傾向性の一つです。向上心は自発的活動を通してさらなる正確さを追求します。モンテッソーリ教育は、自然がそれぞれに与えた発達のプロセスに従い傾向性にもとづいて成長を遂げることを援助します。藤井聡太さんの活躍がモンテッソーリ教育と関連があるとすれば、幼児期にその興味をとことん追求して集中力を培う環境が整えられていたことによるものと思われます。
第二は宇宙的自然観にもとづく原理です。夜空の星たちの運行が季節の推移に規則的に従うように、教育も自然界を支配している法則性にもとづくべきだとする原理です。それによるとハチや蝶が花から蜜を吸ってお返しに花の受粉を行うように、地球上のすべての存在は相互に依存しながら全体としての世界を構成しています。人間も労働を通じて他者のために相互に活動し合う調和的依存関係の中に組み込まれています。モンテッソーリはこれを「無意識の奉仕」と呼びました。彼女によると、人類の共生と平和は原理的にはすでに実現しています。かたくなな伝統的偏見と差別がこの真実の直視を妨害しているのです。
モンテッソーリは「人類の未来の希望であり約束である子どもたちが宇宙的ヴィジョンの獲得によって平和を実現することを願っている」と述べています。「教育と平和」という著書の中で、モンテッソーリは「兵器による平和の実現は不可能だ。平和を建設するのは教育の仕事である。」と述べています。モンテッソーリ教育は、一人ひとりの子どもの可能性を拡げるとともに、平和な社会の建設をめざすものでもあるのです。

 

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