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「命を救うAEDと心肺蘇生」(視点・論点)

京都大学 教授 石見 拓

今年7月、新潟県の高校で、野球部のマネジャーをしていた女子生徒が練習直後に心停止となって倒れ、学校にあったAED(自動体外式除細動器)が使われることなく、亡くなるという事故が起こりました。平成23年9月には、さいたま市の小学校6年生、桐田明日香さんが駅伝の練習中に心停止となり、同様にAEDが使用されることなく亡くなっています。これらは、決して特別な事例ではありません。
日本では毎年約7万人、一日に平均すると200人もの方が心臓突然死で亡くなっています。この心臓突然死はいつでも、どこでも、誰にでも起こりうるのです。

突然の心停止の多くは心室細動と呼ばれる不整脈で引き起こされます。心室細動になると心臓は細かく震えるのみでポンプとして血液を送り出せなくなります。いわゆる心停止の状態です。心停止になると数秒で意識を失い、数分で脳や心臓をはじめとした全身の細胞が死んでしまいます。

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突然の心停止からの救命には迅速な心肺蘇生と電気ショックが必要です。心停止となってから電気ショックまでの時間と救命率を示します。電気ショックが1分遅れるごとに救命率はおよそ10パーセントずつ低下します。
119番通報をしてから救急車が到着するまでの平均時間は8.6分。
救急隊や医師を待っていては命を救うことはできません。 突然の心停止を救うことができるのは、その場に居合わせた「あなた」しかいないのです。

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突然の心停止から救命するためにできること(救命処置)は3つあります。
119番通報とAEDの要請、胸骨圧迫(心臓マッサージ)、AEDによる電気ショックです。
まず、倒れるのを目撃したり、倒れている人を発見したら、反応を確認し、119番通報とAEDを要請します。
反応がなく、普段通りの呼吸がない場合は心停止です。胸骨圧迫(心臓マッサージ)をただちに開始します。
心肺蘇生は、胸骨圧迫と、口を合わせて息を吹き込む人工呼吸から成りますが、胸骨圧迫だけでも十分に効果があることが分かっています。口をつけることにためらいがあったり、人工呼吸に自信がない場合は、胸骨圧迫だけでいいので行って下さい。
AEDが到着したら電源を入れます。AEDの指示に従い、電極パッドを倒れている人の素肌に貼り付け、誰も触れていないことを確認して電気ショックボタンを押します。
後は、胸骨圧迫を、救急隊が来るまで、あるいは本人が動き出すまで続けます。この間もAEDが話す指示に耳を傾け、従ってください。
心停止の現場に居合わせた人が胸骨圧迫を行うことで約2倍、AEDを用いた電気ショックでさらに2倍、救命率が高まります。
心停止の現場で、胸骨圧迫とAEDを用いた電気ショックを行うと半数以上の人を救命できます。あなたが行なう心肺蘇生は完璧ではないかもしれませんが、時間がたってから医療者が行う治療よりも、はるかに効果が大きいのです。
心肺蘇生、AEDによる電気ショックを受ける人の数は年々増加していますが、未だに、半数近くは心肺蘇生を受けることができていません。AEDによる電気ショックが行われたのはたった4.5パーセントです。
冒頭で触れた明日香さんの事故では、ご両親とさいたま市教育委員会が協力し、詳細な事故の検証、原因究明が行われました。その結果、死戦期呼吸と呼ばれるゆっくりとあえぐような異常な呼吸の存在が教員たちの心停止の判断を迷わせたこと、判断に迷ったときに救命処置を開始することの難しさが浮き彫りとなりました。
突然の緊迫する場面で、「心停止の判断や心肺蘇生の技能に自信がない」「自分が手を出したら症状を悪化させるのではないか」など不安になるのは当然です。でも、119番通報をすれば、電話越しに指令員が心肺蘇生のやり方を教えてくれます。胸骨圧迫を心臓が動いている人に行っても大きな合併症はありません。AEDは電気ショックの必要性を自動的に判断して教えてくれますし、心臓が動いている人に電気ショックをしてしまうことはありません。
明日香さんの事故検証で生まれたASUKAモデル、そしてそれを引用した最新の心肺蘇生ガイドラインでは、心停止かどうか判断に迷った場合に、胸骨圧迫やAEDの使用を開始することの重要性が強調されています。

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我々は、AEDの使用と心肺蘇生を更に広げるための仕組み、仕掛けとして、3つの「S」が重要だと考えています。
一つ目のSはスクールです。
先述のような知識と技能を全ての国民に知ってもらうために、小学校、中学校、高等学校において、心肺蘇生とAEDについて実技を交えて繰り返し学べるようにすること、そのために学習指導要領における位置づけを強化することを求めています。

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小学生に心肺蘇生やAEDは早すぎるとの意見もありますが、命の大切さを感じ、助け合いの心をはぐくむにはむしろ小学生が最適です。実際に小学6年生が心停止になった父親に胸骨圧迫をして救命できた事例もあります。小学生から子どもたちの「発達段階に応じて」繰り返し学ぶことで、心肺蘇生とAEDに関わる知識が定着し、いざというときに行動を起こすことが当たり前の社会が実現すると思います。
教職員への教育・研修の強化も不可欠です。若い子どもたちの心停止は運動中に多く、目撃されやすく、救命の可能性が高いという特徴があります。学校における突然死対策、心肺蘇生・AEDの教育を強化することで、学校における心臓突然死はゼロを目指せると考えています。
日本AED財団では、小学生に心肺蘇生・AEDを指導する際に役立つ副読本を無償で提供しています。このほか、学校における心肺蘇生・AEDの教育を促進するためのノウハウやコンテンツも蓄積されてきました。こうした情報が教育の現場に伝わり、全国の学校に心肺蘇生・AEDの教育が広がることを願っています。
二つ目のSはスポーツです。
東京マラソンや大阪マラソンに代表される市民参加型マラソンでは、数万人に1件の割合で心停止が発生していますが、そのほとんどが救命されています。学校同様、AEDと救命の体制をきちんと備えておくことでスポーツ中の心臓突然死もゼロを目指せるのです。2020年の東京オリンピック・パラリンピックまでにスポーツ現場におけるAEDを用いた救命体制、訓練のあり方を確立し、「スポーツ中の心臓突然死ゼロ」「安心・安全なスポーツ環境の整備」をレガシーの一つにしていくべきだと思います。
三つ目のSはソーシャルネットワーク、スマートフォンの活用です。
心臓突然死対策が難しい最大の理由は、いつどこで誰が倒れるか分からないこと、救命の意思と技能を持った人の前で倒れるわけではないことです。そこで、スマートフォンの活用が進む現代社会で、心停止の現場と救命の意思を持った市民救助者、現場付近にあるAEDの情報をスマートフォンでつなぐ試みが始まっています。
一昔前は、一旦心停止になった人を救うことは困難で、救命は奇跡でした。しかし、AEDが普及してきた現在、こうした取り組みを通じ、突然の心停止の大半が救命できる社会の実現は夢ではなくなりつつあります。
最後に、救命の現場は想像以上にストレスのかかるものです。救命処置の結果ではなく、大きなストレスがかかる現場で人を助けようと行動を起こす勇気をたたえる社会、文化が大切です。
誰もが人が倒れたときに勇気をもって119番通報と胸骨圧迫を実施し、AEDを使用すること、そして現場に遭遇した人を思いやることが当たり前の世の中が実現すれば、心停止からの救命率が高まるだけでなく、現場に居合わせた救助者1人1人の負担も軽くなります。そして、思いやりのある暖かい社会になるのではないかと思います。

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