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「世界を数字で考える」(視点・論点)

一橋大学 名誉教授 野口 悠紀雄

野口悠紀雄です。
今日は数字についてお話しをします。
説明をしたり説得をしたりする場合に数字をどう使えばよいのかという問題です。
それからまた、文系数学というものがあることをお話したいと思います。
これは普通の理系の数学とは別のものであり、こういう数学が経済発展にとって大変重要な役割を果たすということをお話したいと思います。

最初は、説得するために数字をどう使ったらいいのかという問題です。
2013年の4月に日本銀行は異次元金融緩和政策を導入しました。

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この政策は、2年間でマネタリーベースを2倍にする、そして物価上昇率を2%にするということでありました。このように2年、2倍、2%という数字を用いて目標を表したわけです。わかりやすい目標だったので説得力を持った、ということができます。
このため、この政策は大変大きな反響を呼びました。

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普通、公官庁の文章というのは、わかりにくい内容のものが多い。例えば、ここにありますのは今年度の経済財政白書の文章ですが、「持続的な物価下落が続くというデフレ状況にはないものの、デフレを脱却し安定的な物価上昇が見込まれるところまでには至っていない」ということで、デフレなのかそうでないのかハッキリしない表現になっています。
ところが、日本銀行は、このようにわかりにくい目標ではなく、数字を使って目標を表わしました。では、この目標は達成できたでしょうか。
第1番目の目標、つまり2年でマネタリーベースを2倍。これは実現できました。
ところが2番目の目標、つまり物価上昇率を2%。これは現在に至るまで実現できていません。目標を数字で表したために、それに失敗したことが、非常にハッキリわかってしまったわけです。その意味で、数字は諸刃の剣であるということができると思います。

次に歴史を数字で考えてみたいと思います。

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ここに表がありますが、これは、ポツダム宣言が行われた会議室で私がみた第2次大戦における戦死者の数です。かつてのソ連、旧ソ連が作った資料です。
この表を見ますと第2次大戦というものが一体どういうものだったかということが、明確にわかります。まず第一に、日本の数字がありません。なぜ日本の数字がないのでしょうか、それはソ連の人達、あるいはヨーロッパの人達にとっては、第2次大戦はヨーロッパで行われた戦いであったからです。したがって太平洋で行われた戦いについては、あまり関心がない。こういうことではないかと思います。
2番目に気がつく点。それはポーランドの戦死者が非常に多いということです。
なぜこうなっているのでしょうか。それは、ヨーロッパの第2次大戦とはソ連とドイツが正面から衝突した戦いであったからです。ポーランドはその間に挟まれていますので、戦死者が非常に大きな数になったということです。3番目は、フランス、イタリア、アメリカ、イギリス。こうした国の戦死者が比較的少ないことです。これはなぜでしょうか。それは第2次大戦の主たる戦闘がソ連とドイツの間で行われ、西部戦線では、戦闘が行われましたけれども、それほど長い期間行われたわけではない。こういう事情を反映しています。つまり、数字で示してみると、第2次大戦というのが一体どういう戦争であったかということが非常にハッキリわかります。

次に世界経済を数字で見てみたいと思います。

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ここにありますのは各国のGDPの推移です。国内総生産ですね。
一番上にありますのは日本の数字ですが、日本のGDPは、あまり増えていないことがわかります。つまり日本経済は停滞しているわけですね。
ところが2列目の中国の数字、これは非常に顕著な増加を示しています。
中国の経済成長率が高いことは、我々よく知っていますけれども、このような数字、このような図で示すと、そのことが非常にハッキリわかります。
3列目にありますのは、アメリカの数字です。アメリカも堅調な経済成長をしていることがわかります。数字を示す場合に、数字をそのまま示すのでもいいのですけれども、このように図を使ってみる、あるいはグラフを使ってみる、そういう工夫をしますと、数字の持つ意味がハッキリわかります。

次に分散投資ということについてお話をしたいと思います。
今、ある会社が2隻の船を持っている、と想像してみてください。
そして積み荷を日本からアメリカに運び、そしてアメリカから日本に戻ってくる。
この場合、2つの方式があります。左の絵にあるのは集団方式、つまり2隻の船を一緒に動かすということです。それに対して右にありますのは分散方式、つまりバラバラ、別々の航路をとって行くことです。
この場合に何隻の船が日本に帰るのかということを示したのが、この図です。

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今、1隻の船が嵐に遭って沈んでしまう確率を50%だとしますと、集団方式の場合には両方とも嵐に遭うか遭わないかですから、帰ってこない確率が50%、2隻とも帰ってくる確率が50%、こういうことになります。
ところが右側の分散方式では、1隻は帰ってくるけれども1隻は帰ってこない、こういう場合もありますので、帰ってくる船の分布は、この図のようになります。ここで重要なのは、壊滅的な事態、つまり1隻も帰ってこないという事態が、分散方式の場合には、その確率が小さくなるということです。
集団方式ですと50%ですが分散方式ですとそれが25%に低下します。これが分散投資のマジックと言えるものです。分散投資の理論は金融で非常に重要な役割を果たしています。
これは文系数学と言えるものであると思います。
我々が普通想像するのは、物理学やエンジニアリングに使う理系の数学ですけれども、このような数学も重要です。
ヨーロッパは、このような文系数学を発展させることによって、経済発展を実現することができました。

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