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「増える所有者不明の土地」(視点・論点)

東京財団研究員 吉原祥子

いま、土地の所有者の所在が直ちにはわからない、いわゆる「所有者不明土地」の問題が、日本各地で表面化しています。災害復旧、耕作放棄地の解消、空き家対策などで、土地の所有者の特定に時間がかかり、支障となる例が各地で報告されています。昨年4月に発生した熊本地震の被災地では、所有者や相続人に連絡がつかず、地震で傾いた空き家の解体ができない事例が熊本市だけで50件を超すといいます。

なぜ、代表的な個人の財産であり、公共的な性格をあわせもつ土地が「所有者不明」になるのでしょうか。
土地の所有者の所在わからなくなる大きな要因に、相続登記の問題があります。一般に、土地や家屋の所有者が死亡すると、新たな所有者となった相続人は相続登記を行い、不動産登記簿の名義を先代から自分へ書き換える手続きを行います。しかし、相続登記は義務ではなく、名義変更の手続きを行うかどうか、また、いつ行うかは、相続人の判断にゆだねられています。そのため、もし相続登記が行われなければ、不動産登記簿上の名義は死亡者のまま、実際には相続人の誰かがその土地を利用している、という状態になります。その後、時間の経過とともに世代交代が進めば、法定相続人はねずみ算式に増え、登記簿情報と実態がさらにかけ離れていくことになります。
法務省が全国10地区を対象に行った調査によると、50年以上にわたって登記の変更がなく、相続登記が未了となっているおそれのある土地は、大都市では6・6%、中小都市・中山間地域では26.6%にのぼりました。
相続登記は任意であるため、こうした状態自体は違法ではありません。しかし、その土地を新たに利用する話が持ち上がったり、第三者が所有者に連絡をとろうとする場合に支障となります。登記簿上の何十年も前の情報から、戸籍や住民票を辿って相続人全員を特定し、同意を取り付けるという、膨大な作業が必要になるからです。

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(相続関係説明図の一部)

これは2013年にある地方の小さな自治体で実際に作成された相続関係説明図です。道路を作る際、土地の一角に、長年にわたり相続登記がされていない場所がありました。担当者は、面積わずか58坪のこの土地について約150名に及ぶ相続人を特定しました。
もし、相続人のなかに海外在住などで連絡のつかない人が一人でもいれば、手続きのための時間や費用はさらにかかることになります。
空き家の放置や農地の耕作放棄を、所有者による物理的な「管理の放置」と呼ぶとすれば、相続未登記によって死亡者の名前が何十年も登記簿に残り続けるのは、所有者による「権利の放置」ともいえるでしょう。この問題は普段はなかなか表面化しません。農地を利用する、空き家対策を進める、あるいは災害が起きるなどのきっかけがあって初めて、その実態が見えてくるのです。

では、こうした状況について、制度の面ではどのような課題があるのでしょうか。意外に思われるかもしれませんが、そもそも、日本では、土地の所有・利用実態を把握する情報基盤が十分とはいえません。不動産登記簿、固定資産課税台帳、農地台帳など、目的別に台帳は作成されています。しかし、その内容はさまざまで、情報を一ヵ所で把握できる仕組みもありません。地籍調査と呼ばれる、土地の面積や境界などを確定する調査は、1951年の調査開始以来、いまだ対象面積の5割しか進んでいません。その一方で、個人の所有権は諸外国に比べてきわめて強いという特徴があります。
行政が持っているさまざまな台帳のうち、実質的に主な所有者情報源となっているものが不動産登記簿です。しかし、先に述べたとおり権利の登記は任意です。そもそも不動産登記制度とは、権利の保全と取引の安全を確保するための仕組みであり、土地所有者情報を把握するためのものではありません。登記後に所有者が転居した場合も住所変更の通知義務もありません。
土地を国土というレベルでみたとき、土地の所有についての情報基盤が、こうした任意の制度の上に成り立っているのは、やはり大きな課題でしょう。そして、このことがこれまでほとんど議論されないまま、いまに至ってきたのです。

では、今後、どのような対策が必要でしょうか。3つ挙げたいと思います。第一に、「所有者不明土地」の発生や拡大を防ぐために、まずできることは、いまの制度のなかで相続登記を促進することです。手続きの簡便化や、専門家による手続き支援策を充実させていくことが求められます。さらに、登記記録が古いままの土地が地域の土地利用の支障にならないよう、利用権設定のあり方など、権利に関する法制度の見直しが必要です。
 第二に重要なのは、「受け皿」つくりです。人口が減少するなか、田舎の土地を相続したものの、利用予定がなく、売却の見通しも立たない、という人は今後増えていくでしょう。現在、国や自治体は、行政目的で使用する予定がない限り、原則として土地の寄付は受け付けていません。土地が使われないまま放置され、相続未登記のまま荒地となっていく、ということを防ぐため、適切な「受け皿」を作っていくことが必要です。たとえば、土地の寄付先として、必要最低限の管理を行う非営利組織を各自治体に設置することなどが考えられます。まずはモデル地区を作り、民間の専門家の知恵も活用しながら、実験的な取組みをいくつかの地域でスタートするのはどうでしょうか。
「所有者不明土地」問題への対策として、第三に必要なのが土地情報基盤の整備です。いまの不動産登記制度だけで土地の所有者情報を把握することは困難です。自治体がもっているさまざまな情報や台帳を最大限に活用し、必要な基礎情報を効率的に共有できる仕組みと、ルールが必要です。

いまの日本の土地制度は、明治時代にその基礎が確立し、戦後、右肩上がりの経済成長時代に修正・補完されてきたものです。地価高騰や乱開発などへの対応が中心であり、過疎化や人口減少に伴うさまざまな課題を想定した制度にはなっていません。
「所有者不明土地」とは、こうしたいまの制度と、人口減少・高齢化という社会の変化の狭間で広がってきた問題だといえるでしょう。これは構造的な問題であり万能薬はありません。
今年6月に閣議決定された政府の「骨太の方針2017」では、「所有者を特定することが困難な土地の有効活用に向け、必要となる法案の次期通常国会提出を目指す」ということが明記されました。これから各分野の関係者の英知を集め、実効性のある制度を一つずつ作っていくことが必要です。
そして、私たちも、自分や親族の土地に関心を持ち、日頃から相続のあり方について考えていくことが大切です。土地を次の世代にどう引き継いでいくかは、個人の財産の問題であり、さらには、公共、すなわち地域の皆の問題へと繋がっていきます。その意味で、「所有者不明土地」とは私たち一人ひとりの問題なのだと思います。

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