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「長期化するカタール危機」(視点・論点)

日本エネルギー経済研究所 研究員 堀拔功二

 中東では小国のカタールをめぐり、外交的な対立が長期化しています。今年6月にサウジアラビア、アラブ首長国連邦、バーレーン、エジプトなど10カ国を超える中東・イスラーム諸国が、相次いでカタールに対する国交断絶や外交関係の引き下げの措置をとりました。「カタール危機」と名付けられるこの外交問題は、発生から100日が経過しましたが、依然として解決の見通しがたっていません。本日は、カタール危機の原因とその影響、そして今後の見通しについて考えていきます。

はじめに、カタール危機とは何かということについて見ていきましょう。事の発端は、今年5月24日のカタール国営通信の報道でした。カタール国営通信は前日に行われたタミム首長の演説を報じたのですが、その演説内容が非常に物議を醸すものであり、周辺諸国がこれを一斉に非難したのでした。しかし、カタール側は国営通信サイトがサイバー攻撃を受けて、「フェイクニュース」が掲載されたと説明しています。この説明にもかかわらず、サウジアラビアやUAEのメディアはカタールを「テロ支援国」として非難し、この国が地域情勢を不安定化させたと一方的に主張しました。

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そして6月5日には、バーレーンがカタールとの外交関係断絶を宣言し、いくつもの国がこの後に続きました。そしてサウジアラビア、アラブ首長国連邦、バーレーン、エジプトの4カ国が中心となって、今日に至るまでカタールに外交的な圧力をかけ続けています。4カ国はカタールの外交団を追放し、カタール国民に国外退去を求めました。また、陸・海・空すべての国境を封鎖したことにより、カタールと周辺諸国の交通や物流は遮断されることになりました。
 今回、4カ国がカタールに対して断交措置をとった背景には、長年カタールがこれらの国々とのあいだで抱えていた外交政策をめぐる問題があります。なかでも、ムスリム同胞団と呼ばれる宗教組織との関係について、意見の衝突が絶えませんでした。カタールとムスリム同胞団のあいだには歴史的に長い協力関係がありましたが、他方で4カ国はこの組織を国家や現体制の安定にとって脅威となる「テロ組織」と見なしています。4カ国はカタールに対して、何度もムスリム同胞団をテロ組織と認定し、関係を断つよう要求しましたが、カタールはこれを拒否しました。このほか、4カ国はカタールがほかのテロ組織にも資金を提供したり、同国の衛星放送局アルジャジーラの報道内容が地域の対立を煽っていると訴えました。そして、4カ国は6月下旬に、イランとの外交関係縮小やムスリム同胞団との関係断絶、アルジャジーラの閉鎖など13項目にわたる要求をカタール側に突き付けたのでした。

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もちろんカタールはテロ支援や内政干渉の疑惑を全面的に否定しています。また、カタール国営通信へのサイバー攻撃はアラブ首長国連邦によって行われたものだとする調査結果を明らかにし、今回の危機が仕組まれたものだと主張しています。いずれにせよ、カタール危機とは本質的に、地域の安全保障環境が変化するなかで、国家や体制にとっての脅威をどのように捉えるかという、各国の政策や方針の違いによって生み出されたものということができます。
 カタール危機は、この国の地政学的・経済的な脆弱性を浮き彫りにしました。カタールは秋田県ほどの大きさで、人口も250万人ほどの小さな国です。しかしながら、天然ガスの埋蔵量は世界第三位の規模を誇っている国で、一人当たりのGDPは10万ドルを超える経済的にも豊かな国です。カタールは断交前までは、隣国のサウジアラビアやUAEを通じて食料品や生活雑貨、建築資材、機械などを輸入していました。断交の結果、4カ国はカタールに経済封鎖を敷くことになったため、カタール国内のスーパーマーケットでは食料品が一時的に品薄になる事態もおこりました。ただちに代わりとなる輸入ルートが整備されたこともあり、品薄問題は解消されましたが、これまでより輸入コストがかかるため、カタール国内の物価も上がっています。カタール政府は国内の経済・金融システムを安定化させるために、在外資産を売却するなどして、大量の資金を地元金融機関などへ供給してきました。国際的な格付け会社のムーディーズによりますと、その額はGDPの23%に相当する385億ドルにのぼるとのことです。仮に断交が長期化するとなると、カタールの経済的な損失はさらに大きくなります。
 さて、カタール危機の解決にむけては、これまでクウェートとアメリカを中心とする国際的な仲介作業が行われてきました。クウェートのサバハ首長やアメリカのティラーソン国務長官がシャトル外交を行い、関係国の調整にあたっています。ところが、カタール側も4カ国側も態度を硬化させたままで、建設的な議論は行われていません。それどころか、双方とも国内外のメディアや広告、SNSなどを通じて、自らの正当性を訴えながら相手を非難するネガティブ・キャンペーンを展開しています。また4カ国のなかでは、問題解決のためには新しい指導者が必要であるとして、暗にカタールの政権交代を求める声も出てきています。9月にはロンドンでカタールの反体制派が主催する国際会議が開かれるなど、事態はより一層複雑化しているのです。
 それでは、カタール危機は日本にとってどのような意味をもつのでしょうか。日本は中東から大量のエネルギー資源を輸入していることで知られています。カタールからは2015年度に1300万トンを超える液化天然ガス(LNG)を輸入しており、オーストラリア、マレーシアに次ぐ第3位の輸入元として、我が国のエネルギー需要を支えています。今回のカタール危機は、幸いなことにエネルギー供給に悪影響を与えませんでした。しかしながら、中東・湾岸諸国の地政学的な安定は我が国にとっても重要であることには変わりありません。カタール危機の発生後、安倍総理大臣は当事国であるサウジアラビアのムハンマド皇太子やカタールのタミム首長と電話会談を行い、日本がカタール危機を注視しており、クウェートの仲介を支持することを伝えました。また関係各国に外務大臣や副大臣を派遣し、湾岸情勢について協議するなど、問題に積極的に関与しようとする姿勢が伺えます。

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もちろん、日本が今回の危機で果たすことができる役割は極めて限定的ですが、当事国に自制を促し、また湾岸諸国にとって重要なエネルギー市場である我が国の立場を伝えることには、一定の意義があったと考えます。
 最後に、今後の見通しについて見ていきましょう。カタール危機が長期化するなかで、9月8日には断交後初となる電話会談が、サウジアラビアのムハンマド皇太子とカタールのタミム首長のあいだで行われました。ところが、その直後に交渉は決裂しています。日本を含む国際社会は、仲介を通じた問題の政治的解決を引き続き支持しています。関係国の地道な働きかけを通じて、当事国のあいだで建設的な対話が始まることを期待するしかありません。しかしながら、仮にこの問題が最終的に決着したとしても、双方に残る不信感を払しょくすることは簡単なことではありません。それだけに、カタール危機の深刻さと、将来にわたって地域に残る影響が懸念されます。

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