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「災害に備える食」(視点・論点)

宮城大学 教授 石川 伸一

私達は、地震は災害や非常時のこと、日常生活とは違うことと考えがちです。しかし、長い年月のスパンで考えれば、私達の住む日本では、どこかで地震や災害は絶えず起こり続けています。今年も各地で豪雨による災害が発生しています。
しかし、こうした災害にそなえる、備蓄に関するアンケートを見ますと、災害に備えて食料品を備蓄していると答える人の割合は決して多くはありません。災害直後の防災意識が高まった時は上昇しますが、平常時は3〜5割程度にとどまります。
「備蓄食」や「非常食」というと、何か特別な食事のように感じる方も多いのではないでしょうか。しかし、私が東日本大震災で被災し、強く感じたことは、非常時だからといって特別なものが食べたくなったりするのではないということです。むしろ非常時だからこそ、当たり前の食事を強く求めるのだということを感じました。
今日は私の経験もふまえて、災害に備える食について、基本的な考え方をお話したいと思います。

まず、なぜ、食を備えなければならないのでしょうか。
理由は、単純に「食べものが手に入りにくくなるから」です。災害や地震によって道路が壊れ、交通網が遮断されると、物流が途絶え、都市部には食料が入ってきません。人間で言えば、身体中を巡っている血管が切れるのと同じで、血液がうまく循環しなくなってしまうのです。
電気が止まると、町の灯りも消え、都市の機能はみるみるうちに停止するという経験をしました。コンビニなどは完全に電源が落ち、レジも動かないのにもかかわらず、人が押し寄せていました。何日か経って、仙台市内の店が1~2時間だけ開いたとき、何百人もの人が並んでいました。このような行列は、町のあちこちで見られた状況でした。流通が途絶え、食料がなくなると、人は食べものを得るために行列をするしかありません。
大勢の人がそうした結果、本当に必要とする体力のない方の手に渡らないということもあったことでしょう。
そういうときに落ち着いてちょっと列から離れて俯瞰して見ることができれば、また違う景色が見えてきます。行列に並ばなくとも、あるもので凌いでいけばいいのではないか、というような心境になるでしょう。心理的余裕を確保するという意味でも食を備えることは非常に大事なことだと感じます。
では具体的にどんな食品を備蓄すればよいのでしょうか。
水や熱源がどれだけ確保されているかによっても、作れる食事に差が出てきます。しかし、基本的には、日常の食事を作るときと同じように、災害時であっても、可能な限り栄養バランスを考えた方がいいでしょう。

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栄養バランスについて、厚生労働省と農林水産省が作成した「食事バランスガイド」というものがあります。これらの栄養を備蓄食で摂る場合を想定して考えていけば、どんな食品を、どのくらい備えておけばいいのか、把握できるでしょう。

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まず、主食となる炭水化物は、お腹を満たすエネルギー源です。
備蓄食としては、アルファ米、水を加えてもむだけでもちになる もち粉、スパゲッティやそうめん、うどん、そばなどの乾めん、パンの缶詰、ビスケット、シリアルなどです。
おかずは、主菜と副菜に分けて考えます。

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主菜はタンパク源となる魚介、肉、大豆製品などです。物流が止まっているときには、新鮮な魚や肉は手に入りにくいので、缶詰を利用するのがいいでしょう。魚介類の缶詰は、水煮缶を始め、味付きやオイル漬けなどさまざまな種類のものが出回っています。肉類もコンビーフのほかに、牛肉の大和煮、焼き鳥など、そのまま食べられる便利な缶詰がいろいろあります。大豆などの豆類の水煮缶もタンパク源になります。高野豆腐や麩からもタンパク質が摂れます。

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副菜は、ビタミン、ミネラル、食物繊維が摂れる野菜やいも類、きのこ、海藻類などです。震災時には、野菜を摂ることが難しいのですが、保存の効く根菜類、野菜の水煮缶や素材缶、野菜ジュースなどを備えましょう。ミネラルや食物繊維を摂るには、乾物が大活躍します。昆布を使うと旨みが出るだけでなく、小さく刻めば昆布ごと食べられ、とろろ昆布はお湯に加えるだけでスープ代わりになります。

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さらに加えたいのが、牛乳・乳製品と果物です。牛乳や乳製品はカルシウムの貴重な供給源になると同時に、良質なタンパク質や脂質も含まれます。成長期にある子どもにとって牛乳・乳製品は不可欠な食品ですが、生鮮食料品が入ってこない間は他のもので上手く補うしかありません。スキムミルクや粉チーズなど、保存の効くもので代用すると良いでしょう。
果物は、ビタミンCやカリウムを多く含み、体の調子を整えます。ドライフルーツや野菜ジュースで補いましょう。

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この「食事バランスガイド」は、全体がコマの形で表されており、中心の軸には、お茶と水が描かれています。水分は、人にとって食事よりもむしろ優先順位が高いものです。体の中で水は生命維持にとても重要な役割を果たしているため、くれぐれも脱水症状にならないように、十分な水分補給を心がけたいものです。
このように、系統立てて食事の組み立て方を考えておくと、どんな食品を備蓄しておけばいいか理解しやすくなります。そして、家族の人数や年齢、嗜好に合わせて、量を考えていきます。試しに、備蓄食だけで一週間分くらいの献立を立てみるのもいいかもしれません。

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備蓄食を日常的に使っていき、定期的にチェックして、少なくなった食品は補充するようにすれば、備蓄食の“新陳代謝”がはかれます。たとえば、引き出しに食品を保存しているとすれば、新しく買ったものを奧に入れて、手前に押し出されたものから食べていくのです。そうすれば、使い忘れて賞味期限が切れるようなことはありません。
これを私は「トコロテン保存」と呼んでいますが、回転食、ローリングストックとも言い表されています。コツは、各食品がやや余分にある状態をキープすることです。ストックしていた食品がすぐになくなるようだったら、数量が足りないということで、逆に、賞味期限内に食べきれないようだったら、量を減らしてもいいのです。
気をつけたいのは、家族のなかに乳児や病気の人、お年寄りなど、いわゆる災害弱者となる可能性のある方がいる場合です。乳児には粉ミルクが必要でしょうし、アレルギーを持っている人は、それに対応する食品、腎臓の悪い人は塩分の少ないもの、飲み込む力の弱いお年寄りには、きざみ食や流動食などを用意する必要があります。
つまり、なるべく日常に近い食をキープするために、家族の一人ひとりに合わせた食品をストックすることが大切です。それには、日常的な食生活を大事にし、自分でおいしいものを創り出す能力を磨いておくことです。
コンビニなどで手軽に手に入る「出来合いの食」ばかりに頼っていると、それが失われたときのショックは大きく、パニックに陥ってしまいます。そのときのダメージを最小限に抑えるのが食の役割です。食を備えることは、命を守り、命をつないでいくことだと、肝に命じておきたいものです。


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