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「自殺対策 国の新たな指針」(視点・論点)

NPO自殺対策支援センター ライフリンク代表 清水 康之

WHO世界保健機関は、9月10日を「世界自殺予防デー」に定めており、日本でも、10日から16日までが、自殺対策基本法に基づく「自殺予防週間」となっています。
また本年7月、自殺対策に関する国の指針、「自殺総合対策大綱」が5年ぶりに見直されました。昨年の春に自殺対策基本法が大きく改正されたことを受けてのはじめての改定ということで、日本の自殺対策の枠組みそのものが大きく見直されています。
 
そこで今日は、新しくなった自殺総合対策大綱のポイントと、それに関わる自殺対策の最新動向についてお話したいと思います。

まずは、こちらをご覧ください。

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日本の自殺者数の年次推移です。
1970年代以降、2万人台の前半で推移していた年間の自殺者数は98年に急増し、はじめて3万人を超えました。97年に、山一證券や北海道拓殖銀行などの大手金融機関が相次いで破たんした翌年のことです。
その後も年間自殺者数が「3万人」を超え続けましたが、2006年に社会的な取組として対策を進めようと自殺対策基本法が作られ、それ以降は様々な取り組みが全国に広がる中で、2010年以降は7年連続で減少しています。
しかし、減少といっても、あくまでも年間ベースの話です。一度自殺で亡くなった人が生き返ることはありませんから、ある年に3万人だった年間自殺者数が翌年に2万8千人になったのだとしたら、年間ベースでは2千人減っていても、実際は「2万8千人また増えた」ことになるからです。

他の先進諸国の平均よりもまだ1.5倍ほど自殺死亡率が高い現状にもあり、昨年の自殺者数も21897人ということは、1日平均60人です。毎日60人もの人が、しかもその多くが「もう生きられない」「死ぬしかない」と追い込まれた末に亡くなっていることを考えれば、7年連続減少といっても何ら楽観できる状況にはありません。

本年7月に大きく見直された自殺総合対策大綱においても、自殺の現状について、『年間自殺者数は減少傾向にあるが、非常事態はいまだ続いている』との基本認識が示されています。またそうした認識を踏まえて、新しい大綱においては自殺対策の枠組みが強化されています。

特に注目すべきポイントは、3つあります。

1つ目は、国による市町村への支援の強化です。
自殺対策基本法の改正によって、都道府県だけでなく市町村にも自殺対策計画の策定が義務付けられました。これを受けて、国が市町村に対して、単純に言えば、「ひと・もの・かね」において支援を強化することにしています。

「もの」というのは、優れた情報です。
これまではそれぞれの自治体で、各地域の自殺の実態を分析する必要がありましたが、今後は国がこれを一括して、全国すべての自治体分について行うことになりました。自治体にとっては作業の手間が省けるだけでなく、より詳細な地域のデータを得られるというメリットがあります。
あわせて、それぞれの地域の自殺実態に即してどういった対策を行えばいいか、国が、全国の先駆的な取組を集約して「地域自殺対策のための政策パッケージ」を作り、これを自治体に提供します。全国すべての市町村において、最新最善の自殺対策を参考にした取組が行えるようになるのです。

また「ひと」という意味では、国が市町村に対して、言わば「自殺対策の家庭教師役」をつけることになりました。「地域自殺対策推進センター」といって、市町村の計画づくりをバックアップする組織が、すべての都道府県に設置されます。
もうひとつ、「ひと」への支援として、全国の市町村長を対象とした「地域自殺対策トップセミナー」が行われています。行政トップの市町村長に対して、計画の策定には市町村長のリーダーシップが欠かせないと伝える目的の研修会です。国が中心となり、いま都道府県単位で、全国で順次開催されています。

さらに「かね」ということでは、自治体が計画に基づいて行う地域の自殺対策事業に対して、国が交付金を交付するということになっています。

大綱の2つめのポイントは、関連施策との有機的な連携の強化です。
自殺で亡くなった人たちに関する調査から、自殺は平均4つの阻害要因、生きることを困難にさせる要因が連鎖する中で起きていることが分かっています。

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景気の悪化などの経済的な問題が、暮らしや仕事の問題に連鎖し、さらに家庭や心の健康の問題に連鎖するといった流れです。
そうした現状を踏まえて、新しい大綱では、それぞれの要因ごとに対策をバラバラに行うのではなく、要因の連鎖に合わせる形で対策を連動させていく。川の流れに例えれば、上流における対策と下流における対策との連動性を高めていく、そうやって切れ目のない包括的な支援として総合的に行っていくとの方針が示されています。

また、孤立を防ぐための居場所活動や、子どもたちに対して命や暮らしの危機に直面したときに誰にどう助けを求めればいいかを教えるSOSの出し方教育、自殺対策に関わる支援者への支援といった、より幅広い意味での『生きることを支えるための取組』とも、連動させることで、『生きることの包括的な支援』として自殺対策を推進していくとしています。

3つ目のポイントは、各事業における責任省庁の明確化です。
自殺総合対策は、幅広い分野に及ぶため、ともすると責任の所在が曖昧になりがちですが、今回の大綱の見直しにおいて、大綱の重点施策のそれぞれの取り組みについて担当する省庁名が明記されるようになりました。
例えば、『自殺の多発場所における安全確保の徹底や支援情報等の掲示、鉄道駅におけるホームドアの整備の促進等を図る』取組は厚生労働省と国土交通省が、『インターネット上の自殺関連情報についてサイト管理者等への削除依頼を行う』取組は警察庁が、また『社会において直面する可能性のある様々な困難・ストレスへの対処方法を身につけるための教育、いわゆるSOSの出し方に関する教育』の推進は文部科学省が、それぞれ担当するといった形です。

これは、新しく予算が確保されるような取り組みではありませんから一見すると地味に映りますが、すべての事業について担当省庁が明記されたことで、今後、国会が大綱の進捗状況をチェックしやすくなります。立法者の視点から、大綱の各事業が、どう予算要求に反映されたか、自治体にどんな通知が出されたか、などを的確にチェックできるようになるわけで、これにより自殺対策のPDCAサイクルを回しやすくなります。

こうした自殺対策の枠組みに関する3つのポイント以外にも、個々の事業を見ても、新しい大綱において国の自殺対策は大幅に強化されています。
しかし、これはあくまでも枠組みであって国の指針に過ぎませんので、実際にこれをどう実行に移すかが何よりも重要です。

新しい大綱において国は、最終的に目指すべきは「誰も自殺に追い込まれることのない社会」であるとしつつ、当面の目標として、今後10年間で自殺死亡率を30%以上減少させる、という目標を掲げています。これは、他の先進諸国の水準にまで減少させることを意味します。
2007年に最初の大綱が作られてからこの10年間の減少率が約24%ですので、この30%というのは決して不可能な目標ではありません。ただ今回の大綱において、国が、達成しやすい目標ではなく、達成すべき目標をあえて掲げたことは評価すべきことだと思います。
同時に、私たち自身も、多くの命が毎日、この社会で自殺によって失われている現実から目をそむけることなく、新しい大綱における新しい自殺対策の枠組みにおいて、私たちが住む自治体でどのような対策が行われているのか、
自治体としての責務を果たしているのか、それぞれがこれをしっかりチェックしていく必要があると思います。

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