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「気象病とは何か」(視点・論点)

愛知医科大学 学際的痛みセンター 客員教授 佐藤 純

雨が降りそうになると頭痛がする。梅雨時になると決まって古傷が痛む。季節の変わり目には体がだるくなったり、めまいが出る。あなたの周りにも、そんな人がいるのではないでしょうか?あるいは、あなた自身がそんな症状を抱えているかもしれません。このように、気象や天気が変化すると発症したり症状が悪化したりする病気は「気象病」と呼ばれています。

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気象病には、痛み、めまい、狭心症、低血圧、ぜんそく、うつ病など、さまざまなものが含まれます。特に痛みは、昔から「古傷が痛むと雨が降る」などの言い伝えがあり、天気との関係が知られてきました。一方で、天気と痛みに本当に関係があるかというと、その仕組みが明らかでなかったために、「気のせいだとか」とか、「こじつけだ」とか言われてきたのも事実です。このような痛みに苦しんでいる人たちは、家族や友人にさえわかってもらえず、なかには職場や学校の理解が得られず、休職や不登校になったり、辞職や退学をせざるをえなくなる人もいます。私は、天気の影響を受ける痛みを「天気痛」と名付けて、そのメカニズムを明らかにするための研究を続けてきました。そこで今日は、「気象病」のなかでもこの「天気痛」に焦点をあて、そのメカニズムと対応策についてお話ししたいと思います。

まずはじめに、天気の影響を受ける痛みとはどういうものなのか、お話ししたいと思います。天気痛として知られているのは、頭痛、肩こり、膝の痛み、リウマチの痛み、ケガのあとの痛み、線維筋痛症の痛みなどがありますが、実はどのような痛みでも天気の影響を受ける可能性があります。

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これは、愛知県のある地方都市に住む20歳以上の住民6,000人を対象に行った大規模アンケート調査の結果です。この調査によれば、身体のどこかに3か月以上続く慢性の痛みがある人は、全体の39パーセント程度ですが、その人たちの約25パーセントの人が「天気が悪いとき、崩れるときに痛みが悪化する」と答えています。つまり、天気痛がある人は全体の約1割にあたります。これを仮に20歳以上の人口約1億500万人に当てはめると、その数はなんと1000万人以上となります。この数字から、天気痛はけっして珍しいものではないと言えます。天気痛は、気圧、温度、湿度などの気象要素が変化することで発症するのですが、そのなかでも特に、気圧が重要だということがわかってきました。主に不調を訴えるのは気圧が低下するときですが、なかには気圧が上昇するときに不調を訴える人もいます。また、症状が出やすい季節としては、低気圧が定期的に通過する春や秋、梅雨時、そして台風が日本付近に接近する晩夏から秋にかけてです。一方、比較的気圧が安定している冬は体調が良い日が多いことも特徴としてあげられます。
このように、痛みが天気の影響を受ける人は多いのですが、天気痛の人は「なぜ具合が悪いのか」「どれほど痛いのか」を周囲にわかってもらうのは、とても難しいと感じています。そもそも痛みは他人には分かりにくい上に、天気という、あいまいなものに左右されるからです。

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この図にありますように、慢性痛の人が、痛みを繰り返し感じると、脳に強いストレスがかかり、扁桃体と呼ばれるところが過敏になったり、前頭前野や海馬が萎縮するなど脳が変化して、 不安やうつなどの精神症状が現れて、痛みがさらに強くなってしまうのです。そうすると、痛みだけでなく、気分が落ち込んだり、体全体が痛くなったりして、他人には「大げさ」に見えてしまい、ますます理解されにくくなってしまうのです。
このような状態に陥ってしまった負の連鎖から抜け出すためには、どうすればいいのでしょうか?まずは、天気痛のメカニズムを正しく知ること。そして、自分の症状を客観的に把握し、適切な対処法を知ること。その上で、必要以上に怖がることなく、前向きに治療に取り組むことが大事です。
それでは、治療の決め手となる、天気痛のメカニズムはどういうものなのでしょうか。

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この図をごらんください。私は、天気痛は「耳が敏感な人がなりやすいのではないか」と考えています。この「耳」とは「内耳」のことで、鼓膜の奥にある器官を指します。私は、これまでの実験から、内耳には気圧の変化を感じるセンサーがあるのではないかと考えています。そして、内耳で気圧の変化を感じると、センサーでキャッチした気圧の変化の情報が脳へと入り、自律神経系を活性化させます。自律神経系には、交感神経と副交感神経がありますが、天気痛を持つ人は、何らかの原因で、内耳が気圧の変化に敏感なため、少し気圧が変化しただけでも、過剰に脳に情報が伝わり、交感神経と副交感神経のバランスが崩れてしまいます。交感神経が活発になれば痛みを感じますし、副交感神経が活発になればだるくなったり眠くなったりするのです。天気痛で痛みがひどくなるのは、交感神経が活発になりすぎて痛みの神経を直接刺激したり、血管が過剰に収縮してけいれんし、血管の周囲の神経を興奮させるからだと考えられます。
では、そのような仕組みで起こる天気痛の予防法はどういうものでしょうか?

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まずは、自律神経系のバランスを整える生活を心がけることが大切です。
適度に体を動かし、起床時刻はなるべく毎日同じにして、朝食はしっかり食べることなどが重要になります。最近ではエアコンで夏は涼しく、冬でも温かく過ごすことができます。こういう体にとってやさしい環境は、自律神経系の働きを弱めることにつながり、気象の変化で自律神経のバランスが崩れやすくなって、天気痛に悩む人が増えている原因のひとつと考えられます。軽く汗をかくぐらいの運動を続けたり、湯船にゆっくり入ったりしたり、意識して汗をかくほうがよいでしょう。
また、天気痛の人は内耳の血流が悪い傾向があることが分かってきました。ですから、血流を改善する効果のある「めまい薬」は天気痛の予防に役立ちます。また、内耳のリンパ液の流れをよくするような漢方薬と組み合わせるのも効果が期待できますので、かかりつけの医師や薬剤師と相談してみてください。また、私が患者さんにお勧めしているストレッチは、くびや耳周りの血流をよくするものですが、これらを日常的に行ってゆけば、天気痛の予防にも役立ちます。

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天気や気圧の変化を見ながら、自分の症状がいつ出たのかを記録することも重要です。自分の体調がどのような天気や気圧変化があるときに悪化するのかを把握しておけば、むやみに不安な気持ちにならず、体調の変化に対する心構えや薬を飲むタイミングもわかります。気象庁のホームページには気圧の変化を閲覧できるページもあります。また、天気や気圧の変化を予報するアプリもありますので、体調管理に活用してみるとよいでしょう。
きょうは、最近注目されている「天気痛」のメカニズムと対処法についてお話ししました。気象病も天気痛のメカニズムと共通する部分が多いと考えられますので、ここでお示しした対処法は、痛み以外の病気についても応用できます。近年は台風、ゲリラ豪雨、猛暑などの異常気象がますます激しくなってきています。気象が私たちの健康に及ぼす影響に対し、社会全体で適切に対応していかなければならないと思います。

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