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「赤い椅子のある街」(視点・論点)

公益財団法人 共用品推進機構 専務理事 星川 安之
 
私の所属する共用品推進機構では、障害の有無、年齢の高低にかかわらず共に使える製品やサービスを普及させるために、現状の把握を、不便さや良かったこと調査という形で行っています。

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最近行った旅行、医療機関におけるよかった調査では、休憩のための椅子に関してのコメントがありました。リウマチの方々からは、医療機関で「一律のパイプ椅子が並んでいるのではなく柔らかいソファや硬い椅子など種類があるので、その日の体調によって選べて助かった」、「高い椅子も置いてあり、立ち座りが楽でした」とあります。 パーキンソン病の方からは、宿泊施設のエレベーターの中に椅子が備えてあって嬉しかった」とありました。
実は国土交通省の道路に関する法律を実行に移す位置づけの「道路の移動等円滑化整備ガイドライン」の「休憩施設」の条項では、「歩道等には、適当な間隔でベンチ及び上屋を設けるものとする」とあります。

一方、複数の区市町村が平成28年度に実施した障害者、障害児 実態・意向調査によると、「外出の際に困っていること」の問いに「疲れたときの休憩場所がないまたは少ない」ことが一番にあがっています。法律は整備されていても、現実にはそれぞれの人が満足する場所に休むための場所を配置することは不可能なのでしょうか?
今日は、そのための取り組みをひとつご紹介したいと思います。

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JR東日本の吉祥寺駅、ショッピングモールに直結している西改札口には、13脚の椅子が並び、待ち合わせの人、本を読む人、疲れてうとうとする人など、それぞれの人たちが、それぞれの用途で利用し途切れることがありません。13脚の椅子、良く見ると一つとして同じ形の椅子がないことが分かります。けれども、全ての椅子が同じ「赤色」です。

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また、座面には「ごじゆうにおすわりください」のシールと共に、それぞれの椅子ごとに異なる数字と文書が書かれています。実はこの赤い椅子、吉祥寺の街でも見かけることができます。
 この赤い椅子を吉祥寺の街に設置しているのは、吉祥寺で仕事をしたり、住んでいる人たちが集まり4年前に設立された「赤い椅子プロジェクト」です。共同代表の加藤研介さんと、加曽利千草さんは、はじめたきっかけを、「自分たちが関わる街、吉祥寺と、この街に関わる多くの人を今よりもっと優しい気持ちでつなぐにはどうしたら良いかと考えたことが設立のきっかけとなっています。歩き廻るだけでなく、時には立ち止まってその場所からの周りを見ると今までとは違った街が見えてくるかもしれません。更にその時、座ることができたら、もっと多くのことを見たり、聞いたり、触れたり、嗅いだりすることができると思ったんです。メンバーの意見は一致し、辿り着いたのが椅子でした。」と話しています。ただ、実行するまでには多くの壁が待ち受けていました。
・椅子をどうやって入手するか?
・入手した椅子をどこに設置するか?
・設置する場合、座って良いことをどのように知らせるか?などです。
何度も議論を重ね、椅子の入手は、吉祥寺にゆかりのある人たちに声をかけ、不要になった椅子を譲ってもらうことにしました。その時、譲ってくれる人からその椅子にまつわる思い出や思いを書いてもらうことを条件にしました。また、誰でも座って良いことを知らせるために、形の異なる椅子を、同じ色に塗ることにしました。これも議論を重ね目立ち且つ、印象に残ることを考え赤にすることにしたのです。
最初に行ったことは、椅子を譲ってくれる人を探すことでした。「初めのうちは知人に声を掛けて譲ってもらっていましたが、ホームページやポスターの告知を見てご連絡して下さる方が増えてきました。」と二人は、当時を思い出しながら話してくれました。

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椅子が集まると次は椅子たちを赤に塗る作業です。最初は、自分たちで塗っていたのですが、少しでも多くの人にこのプロジェクトに参加してもらうために、色を塗ることもイベント化してみたのです。

そしていよいよ設置となるのですが、吉祥寺界隈の店や施設に趣旨を説明するのですが、初めの1脚を設置してもらえるまでに3か月かかったとのことです。
依頼をしても断られ続け心が折れそうになっていた時、駅近くの商店会の会長さんや、駅に隣接しているショッピングモールの責任者から、問い合わせがあり、主旨を説明するとその場で賛同してくれ設置となったのです。

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駅から降りてすぐの場所に設置された赤い椅子は、多くの人の目にとまりました。それからは、赤い椅子のことを知っている店や施設が増え、依頼に廻っても賛同し実施してくれる人が増えていったとのことです。

私は、「赤い椅子の設置場所」が表示されている地図をたよりに、1軒1軒を尋ねてみました。

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初期の時から店の前に2つの赤い椅子を置いている木製玩具店では、「さまざまな人が利用してくださっています。店内にあるガラス張りのプレイルームで遊ぶお子さんやお孫さんを椅子に座ってみている方、店の斜め前にあるコミュニティバスを待つ間に利用される方、隣のパン屋さんで買ってきたパンを召し上がっている方などさまざまです。椅子に書かれているメッセージを読まれる方、中には『この赤い椅子、駅ビルにある椅子と同じコンセプトですね!』と、自ら発見される方もおられ、会話が弾むこともしばしばです」と、嬉しそうに話してくれました。

宝石店で、宝石主治医を務める久保田智之さんは、赤い椅子プロジェクトに大きな可能性を感じ、自分事としてこの運動に関わっている方です。

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「吉祥寺に置いてある赤い椅子が、誰でも座ってくつろいでいいと知れ渡ることによって、何か支援が必要な人でもこの赤い椅子に座ることができます。そして店側の私は、声をかけることができます。その場合の支援は、教科書に書いてあるようなものばかりではありません。答えは、赤い椅子に座っている人がもっていると思うんです。幸いなことに、椅子は身体を休ませるためにあるので、ちゃんとその人の話を聞くこともできます。私は、この赤い椅子プロジェクトは大きな発展ができると思っています。運動は、吉祥寺から始まりましたが、多くの地域や、果ては世界各国でも広がっていってほしいと思います」と、話されていました。

高齢の人、身体に障害のある人たちに外出時に望むことを尋ねると、「自分の行く動線に椅子がところどころにあったら助かるし、嬉しい」との回答が多く返ってきます。このようなアンケートの行き先は、役所などが通常ですが、企画・予算などの承認、スケジュールなどを議論していくと、すぐに時間がたってしまいます。
 赤い椅子プロジェクトが考えたのは、まずは自分たちでやってみることでした。なかなか集まらなかった椅子も継続していくうちに賛同者が増え、赤い色に塗る際のペンキも最初は自分達で購入していたのが、今では複数の塗料メーカーが賛同して提供してくれるまでになっています。また、設置に関しては商店会の役員をされている方も、自分ごとのように支援してくれるまでになってきました。

同プロジェクトは、他の街に広がる時のルールづくりも始めました。
私はこうした、赤い椅子の形をした優しさが多くの街に広がることを強く願っています。

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